第五話:サミット制圧五分前!

サミット制圧五分前!5-1

「我が国は、貴国政府に対し情報の全面開示を要求する!」

 居丈高にそう言い放ったのは、東アジアの大国・中華人民共和国から派遣された全権大使だった。

 興奮気味に机を叩きながら、やや肥満気味のその男は傲慢極まる舌鋒を眼前の相手めがけて突き付けた。

 激しい口調で彼は言う。

「この映像を見る限り、貴国が未知の機動兵器を密かに開発し、それをもってふたたびアジアへの侵略を目論んでいることはもはや明白である! そして世界平和を誰よりも希求する我が人民共和国政府と国民とは、そのような日本軍国主義の復活を容認することなど断じてできない!

 よって、本職は本国政府の全権大使として貴国に命ずる!

 貴国政府はその責任をもって、日本国、並びに日本国に存在するすべての企業・個人の保有するあらゆる情報を、いかなる制限も付与することなく、まったくの無条件で我が政府と国民とに公開し、その閲覧と活用の自由とを保障しなければならない。

 さもなくば、貴国政府と国民とは、我らアジア人民三十億の怒りによって必ずや破滅への道を転がり落ちることとなるだろう!

 その際に起きるであろうすべての悲劇の責任が、これことごとく貴国の側にあることを、本職はこの場にて明言しておく!」

 その内容は、とてもではないが近代国家が口にしていい台詞ではなかった。

 その矛先を向けられた相手もまた、いみじくも国連加盟の独立国、その政府から正式に派遣された大使なのである。

 立場的には、発言者とまったくの同等であると言っていい。

 にもかかわらず、中国大使の物言いには、あたかも家臣に対しその意思を下達する皇帝のごとき趣があった。

 少なくとも対等の者に向かっての言いようではない。

 あまりにも無礼に過ぎた。

 外交儀礼どうこうを評する以前の問題だった。

 その発言を聞いた中国大使以外の者が一斉に鼻白んだ。

 むろん、矢面に立たされた極東の経済大国・日本国の大使も例外ではない。

 高度な教育を受け、優れた教養と自制心とを身に着けた先進国の大使たちにとって、中国大使の言動は到底受け入れられるものでなどなかったからだ。

「中国大使。いまのあなたの発言は不穏当に過ぎるのではないか?」

 そう言って中国大使に釘を刺したのは、かつての世界帝国・英国が送り込んできた大使であった。

 小綺麗な口髭を蓄えた紳士である彼は、あえて不快感を前面に押し立てながら中国大使を睨め付けた。

「日本は貴国の属国ではない。過去数十年に渡って国際社会に貢献してきた、誰から見ても恥ずかしくない立派な我々の友人フレンドだ。その点においてわずかな曇りも存在していないのは、この場に大使を派遣しているすべての政府が等しく認めている事実である。もっとも貴国政府を除けば、の話だがな。

 中国大使に確認しておきたい。貴国政府は、いったいいかなる権限をもって日本国政府に対し自らへの絶対服従を求めているのかね? 少なくとも国際法は、いち独立国に対するそのような不当圧力を認めてはいない。ましてや、強権を用いての内政干渉、一般市民や私企業の持つ思想・財産権への介入となればなおさらのことだ。

 貴国は、我々人類社会がこれまで営々と積み重ねてきた国際秩序に真っ向から戦いを挑む意思でもお持ちなのかね?」

「汚らわしい戦犯国に権利などない!」

 怒気をまとって大使は応えた。

「そもそも日本人などという人類の出来損ないに政府を持たせたこと自体が根本的な間違いなのだ。あれらがかつての我が国に対し何をしでかしたのか、あなたがたはもう忘れてしまったのか? 

 数十年前、あの細長い島に住む類人猿どもは我が国を侵略し、罪のない民衆八千万人を虐殺したにもかかわらず、そのことを反省し跪いて許しを得るどころか、臆面もなく他国から国富を奪い、いまなお経済大国・文化大国だなどという身の程知らずな栄光をむさぼっておるではないか!

 ただこの一項をもってするだけで、唾棄され、駆除されるべき立場がいずこにあるかはもはや自明の理で──」

 バンッ、という大音量が狭い会議室の中に響き渡った。

 現在唯一の覇権国家たる米国の代表が、机上に掌を叩き付けたのだ。

「我々は貴国の人種的偏見を拝聴するためこの場に集まっているわけではない!」

 眉根をしかめて彼は言った。

「貴国政府があくまでもこの場において日本の過去を追求したいというのであれば──よろしい。代表たるあなたは速やかにその席を立ち、まっすぐこの部屋から出て行くべきだ。我々は誰ひとりとしてそれを止めはしない。

 いいかね、大使。我々はここで、今日と、それに続く明日についての話し合いをしているのだ。貴国が断固としてそれを拒み、半世紀以上もむかしの恨み辛みをただ繰り返したいというのなら、もはやこの場にいること自体が完全に無意味だ!

 さあ、答えたまえ中国大使。あなたは、意に反する場には参加できぬとその椅子を蹴るのか? それとも、先ほどの非礼極まる発言を撤回し、改めて我々の輪の中に加わるのをよしとするのか? いったいどちらにするのかね?」

「……前言を撤回し、日本国大使に謝罪する」

 そう言ったきり、中国大使は押し黙った。

 むすっと口をへの字に曲げ、腕組みをしながら上体を反らす。

 露骨な悪感情を示すことで威嚇の意をあらわにしているのだ。

 だが、米国大使はそのような不作法を文字どおり一顧だにしなかった。

 彼は落ち着いた口調で「続けてくれたまえ」と、日本国大使に説明の継続を促す。

 それを受けた日本国大使は、「わかりました」という了解の言葉を発すると同時に手元の資料に目を落とした。

 「先ほどの映像にもあったように──」と彼は続ける。

 それは、アメリカ合衆国ニューヨーク市にある国際連合本部ビル、その一角にて行われている非公式の会合だった。

 参加しているのは、いわゆるG8・主要八カ国首脳会議の出席国に安保理常任理事国である中国を加えた、計九つの国から派遣されている全権大使たちだ。

 非公式会合ゆえ、その議題は公になどされていない。

 というより、公にするわけにはいかない議題だからこその非公式会合であった。

 彼らが真剣な眼差しで見入っていた映像は、過日、日本国内某所において撮影されたものだった。

 ある意味、それは衝撃的に過ぎる代物でもあった。

 身の丈数十メートルに達する鋼の巨人が、これまたそれを上回る巨体を持つ化け物と激しい近接戦闘を演じているのである。

 知らない者がそれを提供されたなら、それを見た彼または彼女は、SF映画か特撮ドラマの一場面としてその映像を認識してしまったことだろう。

 だがしかし、それは紛れもなく現実に起こった情景にほかならないものであった。

 決して夢幻の類いではない。

 そしてそれこそが、彼ら世界のビッグパワーが密かに集まらねばならない根本的な理由だった。

 一国の力で抱え込んでしまうには、その問題は重大に過ぎた。

「改めて言うまでもありませんが」

 会議の開催主張国である日本の大使が、感情を押し殺しつつ淡々と述べた。

「現在の我々が保有する技術レベルでは、この映像にあるような大型のロボットをこれほど滑らかに動かすことはできません。動力や予測運動制御、機体管制の手段、それぞれに越えねばならないハードルがあまりにも多すぎます」

「やはり、『異星人の乗り物エイリアンヴィークル』ですか」

「我が防衛省ではそのように判断しております」

 ドイツ大使の発言に、日本国大使は短く答えた。

「貴国が密かにブレイクスルーを果たしていないと言い切れるのかね?」

 中国大使がふたたび口を挟んだ。

「二足歩行ロボットの分野では、日本が一歩も二歩も進んだ技術を持っているではないか。それを軍事面に活用していないという証拠はどこにあるのだね?」

「我が国がもしそれほどの技術を保有していたら、いまごろ世界にもっと違った風景を見せていることでしょう。貴国は我が国の技術を買いかぶりすぎですよ」

 日本国大使は、その因縁を皮肉で返した。

 中国大使が沈黙する。

「そこまでにしておきたまえ!」

 会話を受け継いだのは米国大使だった。

「諸君。改めて言うまでもないが、これは極めてゆゆしき事態だ。

 諸君らもご存じのとおり、これまでの我々が知る異星人国家エイリアンネーションは、可能な限りの慎重さをもって我々人類を放置、言い方をよくすれば監視し続けてきたように思える。少なくとも、自らの都合に我々を巻き込むことを避けてきたのは事実だ。そのおかげで、我々は件の勢力がいったいどれほどの力を持つものか、それを知る機会すら失われてきたのだが、それはこの際どうでもいい。

 いま問題となっているのは、そのような態度を取ってきた異星人国家が、今回、自分たちの争い事を我々の星へと持ち込んできたことだ!

 あの映像を見てもわかるように、彼らは互いに敵対しているふたつの勢力、その片方に属している存在だ。そんな彼らに対し今後どのように接していくか。もしくは、彼らのどちらかと今後どのように関係していくか。その決断によって、我々の未来も大きく変わってくることだろう。

 栄光か衰亡か。人類の明日が、いまを生きる我々の手によって選択されようとしているのだ!

 しかし諸君。随分と皮肉なものだとは思わないかね?

 この一件について、我々はいまのところ当事者にすらなれていない。

 歴史のいかなる場面においても、必ずやその一方の主役、あるいは主役である者を影響下に従えていた我々『国家』が、いま単なる傍観者へと成り果てている。

 いや、もしかしたら傍観者にも成り得ていないのかもしれない。

 1962年10月。キューバ沖で『彼ら』と遭遇した我々といまの我々との間に大差はないのだ」

「だが、だからといって何も行動を起こさないというわけにはいかない」

 そう言って米国大使に続けたのは、北の大国・ロシア連邦の大使だった。

 氷のごとく冷たい口調で彼は言った。

「この惑星は我らのものだ。どこの誰とも知れぬ異邦人に好き勝手させるわけにはいかない。『彼ら』が我々を当事者として認めないのであれば、実力をもってその顔をこちらに向かせるよりほか道はない。緩やかな隷従への道など、我がロシアの民は断じて認めぬ。認めるわけにはいかぬ」

「それは我らも同じ意見だ」

 フランス大使が頷きながらそれに応じた。

「やはり本件は、さらなる上のステージにて話し合わなくてはならないようですな」

「サミット、ですね」

「いかにも」

 洒落た口振りで彼は言った。

「幸いにして議題を調整するだけの時間的余裕はまだある。早速この情報を本国に持ち帰り、国際的な話し合いの場において統一された対応策を打ち立てるよう各々が働きかけるべきだ。さもなくば──」

「さもなくば?」

「さもなくば、我々は『彼ら』からその存在の継続をすら認められないかもしれない。いざという時、おのれの誇りをすら守ろうとしない相手に対し貴重な敬意を払ってくれるほど酔狂な者など、おそらくこの宇宙には存在していないだろうからね」

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