6. 初めての魔物
目の前には長い下りの階段。中年太りの運動不足な体には堪えるだろうな。せめて平地にある聖地に召喚して欲しかった……
「さて、行きましょう」
リリィが元気そうに先導してくれる。そういえば、この子はこの短時間で1往復半を全力ダッシュで走破しているはずなのに、なんでこんなに元気なんだ? 思わずスカートに隠された足を想像する……上半身は細身に見えるけど、そういう事かな……
「パパさん、ママさんに言いつけるよ」
「後で肉をあげるので、許してください」
飼い犬に土下座。
「あ、あのタナカ様、何を……」
「気にしないで。我が国に伝わる伝統的な挨拶をしているだけです」
「わ、わかりました。勉強になります」
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階段の2/3あたりまで進んだ所でミントがギブアップ。所詮、喋れるようになったとはいえ室内犬の体力では乗り切れなかったようだ。まぁ、人間に換算したら俺と同い年くらいだしな。俺? 俺の膝はとうに笑っているよ。
仕方がないので、ミントを抱き抱える。抱き心地は最高だ。うーん、可愛い奴。
「パパさん、ありがとう。ママさんにはさっきの事黙っておくよ」
「それは忘れてくれ。あと、帰りは自分で登れよ。さすがに抱えて登るのは無理な気がする」
そうこう言っているうちに階段が終わった。
両側の崖は、やがて平坦な地面に変わり、やがて階段は終わった。ここからは先は林の中を抜ける平坦な石畳の道になっている。振り返るとまだ小屋が見えているが、この先は木に視界を遮られそうだ。
数歩進んだ所で、リリィが振り返る。
「この先から結界の外に出ますので、魔物が出る可能性があります。ご注意ください」
「は? 魔物?」
ちょっと待て……本当に魔物が出るのか?
「はい、聖地は神の加護もあり、周辺を結界で覆っています。なので安全なのですが、ここから先は、魔物に恐れる可能性があります。タナカ様の世界では魔物はいないのでしょうか?」
「いません、全くいません。エンカウント率0%です」
「そうなんですか。さすが勇者の国。魔物が駆逐されているのですね」
いや、最初からいないのですが……
「まぁ、大丈夫ですよ。この道を1日何回も往復していますが、これまで一度も魔物の影すら見た事はありません。結界の外と言っても、どこでも魔物に襲われるというものでは無いんですよ」
嫌な予感しかしませんが……
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「ちなみに、結界は村にもあるの?」
「いえ、村には聖地がありませんので、神の加護が届きません」
「え、じゃぁ、村の中でも魔物に襲われたりするのか?」
「大丈夫ですよ。石塀で囲ってますので入ってこれません」
物理的な結界って事かな。さすがに「はじめての村」の周辺に強力な魔物がいるとは思えないが、必要が無い限り、自宅から出ないのが正解かもしれない。
3、40分は進んだだろうか。少し林が深くなったのか道の上にも枝が振り出している。そろそろミントを抱えた腕が痛くなった。おとなしいと思ったら、お前、寝てるだろう……
「リリィさん、そろそろ少し休憩を……」
「ウゥゥゥ」
弱音を吐きかけた瞬間にミントが唸りだす。おい、そのくらい許せよ。
「タナカ様、上です!」
その時、50cmほど前に何かが落ちてきた。
「ボタっ」
それは、楕円形に広がった半透明のゼリー状の大きな塊だった。道からはみでるくらいに広がってい、上下に伸び縮みしている。高さは俺の腰くらいまである。
「スライム?」
「そうです。タナカ様、スライムです。できるだけ大きく下がってください。道を塞がれました。」
「え、雑魚キャラでリリィさんが瞬殺するんじゃないの」
「無理です。確かに魔物としては最低ランクですし、小さいですが、それでも私一人では……」
「弱点とか……? 火に弱いとか?」
「いえ、水分の塊ですので、燃えないと思います」
「武器があれば……」
「今日はお迎えに上がるという事で帯剣していませんし、甲冑も脱いでしまっているので、攻撃力防御力ともに虫けら並です。あ、スライムの場合、剣で切っても倒せませんので、フル装備でもどっちにしろ何のダメージも与えられずに死ねますね」
「何人くらいいれば大丈夫なの? 」
「以前、大型のスライムが出没した時は、完全武装した約40名の討伐隊で罠へ誘いこんで駆除しました。その時でも数名重傷者が出ています。多分、それより少ない場合は死者が……」
ちょっと待て。人類弱すぎ?
とりあえず、ここは「逃げる」コマンド一択だな。家へ帰ろう。
「パパさん、後ろも」
ミントの警告で後ろを振り向く。そこにはいつの間にか、もう1体のスライムが道を塞いでいる。
はい、詰みました。異世界召喚、初戦で詰みです。
死んだら教会で復活できるのかなぁ。スライムで一撃死とか、ゲームだったらお笑い種なのにな。ひとえ、ユイカ、浩太、お前たちだけでやっていけるか? お父さんが守護霊になって家族を守るぞ……スライムに殺されるくらいの雑魚キャラだけどなぁ。
「タナカ様、少々危険ですが横から林に入りましょう。スライムの移動速度は、微々たるものです。この大きさであれば、攻撃を加えてきませんので、脇に迂回してから、また道に戻れば、安全に村に入れます」
「それだ!」
涙目になっていたが、まだ助かる方法があった。
「ただ、林の中ですと、別のスライムに襲われる可能性があります。襲われても即死はしないと思いますが、身動きは取れません。その後は消化されるだけですので、場合によっては即死した方がマシな……」
「うんうん」
涙が止まりません。
「ですので、林の中を抜けるのは最短時間でいきます」
そうだよね。
「では行きましょう。全速でスライムの横ギリギリを抜けます」
「う、うわーーーーー!」
叫び声をあげながら、石畳を逸れ、全速でスライムの横を駆け抜ける。
スライムは特に反応する事も無い。だが、木の上からいつ、新手が襲ってくるかという恐怖で、パニックになりそうだ。
「大丈夫、林は抜けました。このあと、念のため村まで走りましょう。歩いても後30分くらいの距離ですので、余裕です!」
「ひぃぃぃーーーー」
「パパさん、ファイト!! 絶対、置いていかないでねー」
トイプードルを抱え、リュックを背負い、恐怖で涙と鼻水にまみれている中年が、モデル級の美女を、奇声を上げながら、必死に追いかけている。
この姿、家族には絶対見せられない……
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