4.使者


 ドンドンドン!


 もう一度、ドアが叩かれた。

 妻と視線を交わし、顎先で自宅へと続く光の前への移動をうながす。

 止めていた手をゆっくりドアの取手にかけ、ドアの外へ声をかける。


「どちら様でしょうか」

「……………………………!」


 何か喋っているようだが、よく聞き取れない。止むを得ず、


「ドアを開けるから、危ないと思ったら、すぐ部屋の中に入れ。どうしようもなくなったら、余計な抵抗は無しで」

「わかった」


 さすがにこの状況では妻も真剣になる。若干青ざめた顔で応えた。


「よし、いくぞ……3、2、1」


 ドアを思いきって押し開ける。


 ゴン!

「うわつ」


 ドアに何かがぶつかり、ドアが半開きで止まり、向こうからは叫び声が聞こえた。隙間から覗くと、そこにはフルフェイスの西洋の甲冑と思しきものを身にまとった人がうずくまっていた。見る限り、帯剣はしていないようだ。


「あ、すみません。大丈夫でしょうか?」

「あ、こちらこそ申し訳ありません」


 フルフェイスなので、少しこもった感じの声ではあったが、聞き取れた。完全に日本語だ。言葉の問題は無さそうだ。


 甲冑の人物は姿勢を正し、俺の前に跪く。


「改めて口上を述べさせていただきます。私は……」


 そこから、顔を下げたため、また声がこもって聞き取れなくなる。


「あー、途中で申し訳ないにですが、出来れば兜を外してから、もう一度お話しいただけないでしょうか。兜の中で声がこもってしまっているようなので、よくが聞き取れません」


 この言葉に甲冑さんは顔を上げ、


「あ、はい。失礼しました。すぐに外します……あれ……すぐに……すぐに……あれ……?」


 何か首元を触って、ブツブツ言っている。


「…………………………」

「え、何ですか」


「…………です」

「ん? もう一回お願いします」


「…………です」


「あのー、はっきりと喋ってください。兜に音がこもって聞き取れません!」

「す、すみません! 兜の留め具がさっきぶつかった衝撃でおかしくなったみたいで……と、取れません! すぐ出直してきます!」


 そこまで一気に言い残すと、こちらに一礼し、石畳の階段を駆け下りていった。

 ありゃー、全速力で走っているよな。下りだし、転ぶなよー。

 そんな事を考えながら、階段に沿って左にカーブし、見えなくなるまで見送った。


 ガッシャーン!!


 という盛大な音が聞こえたが、そこは忘れておこう。

 すぐ出直すというなら、小屋の中で待っておこうか。


「とりあえず、武器は持っていなかったみたいだし、すぐすぐの危険は無さそうだな」


 甲冑を着込んだ人がいるという事は中世のヨーロッパ的な世界なのだろうか。ファンタジー色が強い社会という事だろうか。魔王、魔族、魔物あたりが出ないといいんだが……。


「そうね。また戻ってくるといっていたので、ここままゆっくりしてましょう」


----------


 適当にリビングに戻ったりしながら2時間ほど時間を潰していた。さすがに、もう放っておいて寝ようかななんて考え始めていた時、



 ドンドンドン!


 やっときたな……


 先ほどの反省から今度はゆっくりドアを開けると、そこにはゼーゼーと息を切らしたロングスカート姿の金髪の女性が立っていた。20歳にはまだなっていないくらいだろうか。背は高め。美人だ。スタイルも細身で出る所は出ている。サイズは妻を上回るか。


「ゼーゼー……お、おま、おまた……さ……ゼーゼー……」


 汗が顔から滝のように落ちている。きっと、あの長い階段を駆け上ったんだろうな……妻がその様子を見て、台所から水をコップに入れ、金髪の美人に渡した。水を渡す際、一瞬動きを止めたが、両手で恭しく受け取り、その水を一息に飲み干した。


「あ、ありがとうございます。落ち着きました。お見苦しいところをお見せしました」


「いえいえ。えーと、さっきの甲冑の中身の人ですか?」

「はい。先ほどはお恥ずかしい所をお見せし申し訳ありませんでした。兜の留め具と甲冑が壊れてしまったので、慌てて着替えて参りました」


 あー、駆け下りた先で盛大に転んでいたしな……怪我がなさそうで良かった。


「で、どう言ったご用件でしょうか?」


 そこで、美人は改めて跪く。


「此度はこの世界に勇者の国から救世主様が降臨されるとの神託を受け、聖地の入り口にて待機しておりました」


「聖地?」

「はい、この聖地は勇者の国へ繋がっているという伝承がございます。先ほど、入り口から見上げた際にドアが開いて皆様のお姿が見えたので、駆け登って参りました。この地に救世主様ご一行が降臨されるという、まさしく神託の通りの出来事が。これで私の苦労が報われ……いや我が国……そして、世界の全ての人々は救われるはずです!」


 うわー。重いよ。

 目をキラキラさせ、興奮している姿にドン引きする。そしてテーブルに座っている子供たちを見ると、なぜか、この美人と同じ顔をしている娘が……


「あ、あ、あ……アイドルの原石、きたーーーーーーーー!!」


----------


 娘の大きな叫び声で俺の時間が止まる。

 金髪の美人は、何を言われたのか解っていないようで、娘を見ている。


 娘は、椅子から飛び跳ねるように立ち上がり、美人に駆け寄り……


「ね、ね、芸能人? 違うわよね? 名前を教えてください!!! どっかのグループに入ってるの? アイドルになりたいって願望ある? あるわよね。任せて! 何色担当? きゃー、どうしよう。パパ、パパ。本当にこの人、芸能人みたいな顔している。スタイルがいいからモデルかな? アイドル路線でいけるかな? うん、アイドルがいいと思うよ。うちがプロデュースしていい?? 憧れてたんだよね。アイドルグループのプロデューサーになるの! あー、神様ありがとー!」


 美人の周りを、娘がピョンピョン跳ねながら大喜びしている。

 そういや、アイドルの隣に住みたいみたいなお願いをしていたのか……


「え、あ、わ、わ……」

「ユイカ、ちょっと待て。落ち着け。お父さんと彼女の話がまだ終わっていないわ」

「えー、もういいじゃん。パパの話、どうせ長いし、こっちの方が大事な話だよ」


「ユイカっ!」


 ひとえが、さすがに見かねて怒鳴りつけた。シュンとなるユイカ。


「あー、娘が失礼しました。話を戻してもいいかな」

「い、いえ、大丈夫です……ちょっとびっくりしましたが……娘という事は皆さんはご家族という事でよろしいでしょうか?」


「ええ、妻と娘に、そこでウトウトしているのが息子になります」

「凄い、4人も勇者の国から……」


 いちいちの反応がちょっと怖い。


「一旦、そこの椅子に座って」


 用意してあった椅子に座ってもらった。

 妻は俺の後ろに立つ。


「で、幾つか確認したいんだけど、いいかな?」

「あ、はい、すみません。どうぞ、何でも聞いてください」


「まず、お名前を教えてください。何とお呼びすればいいのでしょうか?」

「こ、これは申し遅れました。私、リリアナ・ヒメノと申します。聖ダビド王国のシエラ男爵家の従士をしております。リリアナとお呼びください」

「リリアナ、可愛い名前!! リリィって呼んでいい? 背が高いし、スラッとしているから青色担当かな……私はユイカ! 仲良くしてね」


 こちらが名乗るより先に、娘が名乗ってしまったよ。一生懸命、リリアナと名乗った女に自分をアピールしている。


「ユイカ様ですね。はい、お気軽にリリィと呼んでくださって大丈夫ですよ。その……色を担当するというのはよく解りませんが、私が仕えているシエラ家の旗印は青ですので、青担当というのは光栄な話です」

「オッケー、決定ね。契約成立! よろしくリリィ。私が立派なアイドルに……」


「ユイカ、そこまで。契約も駄目。お父さんが話している所に割り込まないって、いつも言ってるだろ」

「はーい」


 娘の動きを警戒しつつ、改めて自己紹介をする。


「重ね重ね、娘が失礼しました。とりあえず、私の家族を紹介させてください。私は田中と言います。田中和夫です。そして、こちらが妻のひとえ、娘のユイカ、息子の浩太です」

「パパさん、僕を忘れているよ」

「……飼い犬のミントです」


 リリィの足元に移動してきたミントを紹介する。

 あ、そういえば、この世界、犬が喋るのは大丈夫なのか?


「え……ひっ……い、犬が喋った……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る