前半で はしゃぎすぎると燃え尽きる③

 あかねがそんな二人の背後に眼をやり手を振ってみせる。


「お、来た来た。アサギー、こっちこっち!」


 新たにやって来たのは、物腰も表情も柔らかな少女だった。セイギの姿を認めて微笑み、悠馬達にはそっと目礼をする。地味な体操服にこそ身を包んでいるが、一見、どこぞのお嬢様のようだ。


「はじめまして。“一般科”2年生の深谷アサギです」

「どうも。1年の悠馬です。こいつのクラスメイトで」

「らん丸です。おれも、せ――セイギのクラスメイトです」

「あら。やっぱり彼セイギって名前だったのね。こんにちは、セイギさん。私の事は覚えてないかしら?」

「うぅ〜ん……悪ぃな、全然わっかんねぇや」


 朗らかに答えるセイギ。


「相変わらず大きなたんこぶなのね。また自分の記憶がないと聞いたけど」


 口元に手を添えてクスクスと上品に笑うアサギ。横に並んだあかねが困ったように頭を掻いた。


「そうそう。セイギの奴また記憶喪失やってるんだってよ? まったく、それ病気かなんかなの?」

「いえいえ、馬鹿なだけです。救い難き」

「馬鹿につける薬はないって言うものね」


 悠馬とアサギ二人がかりでの扱き下ろしだ。二人とも実ににこやかな表情である。この二人が揃っていると、ある意味怖い。


「え〜と、あかねにアサギに悠馬にらん丸な! 覚えた覚えた! で、ところでここってどこなんだ? なんか魔法少女っぽいのとか科学戦隊っぽいのがいるような……?」


 無邪気な顔をして尋ねてくるセイギを見て苦いため息をつくあかね。現状を教えるにはこの学園がヒーローを育てる為の機関だという所から話さねばならないが、彼にこの説明をするのは二回目である。

 口を開こうとするあかねを止めて、アサギが代わりに答えた。


「ここはあくひろ学園で、あなたも学園の生徒なのよ」

「おおっ。あくひろ学園か! 知ってる知ってる! ……あれ、なんで知ってんだっけ俺?」

「前回も学園の事は覚えていたわ」

「ちなみに、変身ポーズとってもアンタは変身できないからね……?」


 あかねが先手を取って釘を刺す。


「何!! なんでだ!?」

「変身後の〈個体名〉が分からないと変身は出来ないんだっての!」


 これまた前回同様の反応である。

 それを聞いたセイギはとっても名残惜しそうにしょげた後、何かを期待する視線を悠馬達に向けた。


「いくら友達でも、お前の〈個体名〉までは知らねーよ?」


 これも悠馬にバッサリと切り捨てられるセイギである。

 実のところ悠馬は答えるその裏で、違和感のありすぎるセイギの表情に人知れず寒気を覚えていたりするのだが、表情には一切出すことは無い。


「それにしてもさ、セイギの奴にもう一度会えて良かったよ! また記憶喪失ってのがアレだけど、アタシらもずっと安否が気になってたからさ!」

「ええ。今度はお友達の方もいるし、安心できるわね」


 あかねとアサギはセイギに再会を果たしてとても満足そうだった。これでこの少女達と後腐れもなく別れる事が出来そうだとらん丸は内心安堵の息を吐く。


 ――……あれ? でも、何か一つ忘れてるような……?


 らん丸がふと感じた疑問を代弁するかのように、あかねがその名前を口にした。


「ここに葵の奴もいれば良かったのにねー」

「――!!――」


 そう。今この場には、天敵三人娘の最後の一人、水戸葵の姿がなかったのだ。

 彼女こそ、『赤虎ひのえとら』の真の目的。リメタイルを持ち去った“守護科”の少女。

 あかねとアサギは言わばこの少女を守る為に『赤虎』と敵対しているのである。

 彼女も前回セイギと出会い、行動を共にしている。通常ならアサギを呼び出した時に同時に連絡を取っていてもおかしくないはずだ。いや、まず連絡を取っていなければおかしい相手なのである。


「アオイ? むむ……その名前には一飯の恩があるような気が……」

「へぇ? 葵の事は覚えてんだ。そうそ、アンタ葵には『どんぶり亭』焼肉定食一人前の恩があるんだからね? ――そうだ! 次の週末葵に会いに町に遊びに行くんだけど、アンタも来なよ!」

「町――?」


 首を傾げるセイギの前に、アサギがとんでもない事実を突きつけた。


「先週、葵が学園を転校しちゃったのよ」

「へぇ、そうだったのかぁ。いいぜ、恩人だもんな! 焼肉定食一人前の!」

「一応、アタシらもアンタの素性を調べる為に協力してたんだけど……?」

「それなら私達の連絡先を教えておくわ。またすっぽかされたら困るから、そこのお友達に番号を預けておくわね」

「あたま治ってもちゃんと来んだよ?」


 セイギとあかね達の間で和気あいあいと話が進められていく中で、悠馬とらん丸は、受けた衝撃を顔に出さないでいるのが精一杯だった。

 とても頭が処理しきれなかったのだ。


 『赤虎』の真の目的。

 “守護科”の少女。

 ――その水戸葵は、もう学園にはいないという事実を。



◇◇◇



 悠馬達が立ち直るより前に、時間が来てしまった。後半三組による合戦が終わったのだ。勝敗は一位・白団、二位・赤団、三位・紫団という結果だった。次の合戦までしばらくの休憩時間となるが、青団は第二試合が始まる20分前に召集が掛けられている。


「じゃ~またな~セイギ~! アンタ達も援団がんばんなよー!」


 週末に会う約束を、阻止もフォローも出来ないままあかね達と別れる事になってしまった。


 ――うぐぐ、しまった……。オレとしたことが、動揺して何も出来なかった……


 悠馬がそんな事を悔やんでいると、セイギがまたまた呑気な声を上げる。


「なぁ悠馬、援団って? 俺達今なにやってんだ?」


 悠馬は深く重いため息を吐き出し、沈痛な顔で振り返った。


「今は体育祭の真っ最中で! オレ達は青団の応援団員で! 今から合戦の最終順位を決める大事な試合で! これから青団の皆と合流しにいくの! わかったか!?」

「ナルホド」


 えらく投げやりな説明である。

 悠馬の隣を歩きながららん丸が不安そうに呟く。


「ねぇ……リーダぁはどうするの? 合戦の時にリーダぁの“目”がないと、きっと痛手になるよ」

「しかし、荒治療してる暇はもうないからな……このまま出るしかないだろ」

「それに――……」


 らん丸はセイギを憚ってその先を言わなかったが、言わんとした事は十分伝わった。これから向かう先は、当然ではあるが彼等の知り合いばかりなのだ。今、セイギという名前が本来の自分のものではないと気付かれると非常にやりにくいものがある。


「まあ、それについてはとりあえず大丈夫だろ」


 悠馬がそんな事を言った折も折、


「おっ。秘密兵器、こんなトコにいたのかよ。召集かかってんの聞こえただろ? 早く行こうぜ!」

「おっ、おぉう?」


 事情を知らない応援団の先輩がセイギの襟首を掴み、引きずっていってしまう。

 それを目で追いつつ、悠馬は言葉を続ける。


「今の青団にあいつを名前で呼ぶような奴は、ほぼいない」


 あんな状態でも一応重要な戦力だからな――諦めた様に呟いて、組織の頭脳(兼セイジの御守り係)たる悠馬は、最終判断を通告したのだった。


「とにかく、葵の転校について考えるのは体育祭を終えてからだ。馬鹿リーダーの治療は合戦後、隙を見て決行する。オレが指示を出したら迷わずぶっ叩け」


 らん丸は『赤虎』の一構成員として、下された重大な任務に神妙に返答したのだった。


「ラジャー!」



◇◇◇


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