第359話『顔のない男』

 混沌の闇の中を少年は走り続ける。

 朝もなく、夜もなく、ただ逃げる為だけに、彼は闇の中を走り続ける。

 少年の背後で、蠢く闇の中から怪物の気配がした。

 大きな大きな怪物の気配が……。

 その気配が迫ってくるから彼は走り、逃げ続けていた。

 だがそこに恐怖はない。ただ逃げねばならぬという焦燥感に従い、彼は走り続けていたのだ。

 どれほど走った事だろう。

 もう何年もこうして、怪物から逃げ続けている気がする。

 少年は知らない。

 怪物の正体も、追われる理由すらも。

 彼が知るのは怪物が己を喰らおうとしているという事実だけ。

 それ以外は何も知らずに、ただ走り続けていた。

 彼には記憶がない。

 自分が何者であるかすらもわからずに走り続けてきた。

 ひたすら走り続けてきたのだ。

 ずっと、ずっと、ずっと。

 どこにいるかも、どこへ行くかもわからずにただ逃げ続けていた。

「こっちだ」

 ふと声がした。

 闇の中で確かに聞こえるその声は、自分を呼んでいる。

 彼は直感した。

 声の主が自分を追いかける怪物とは異なる事を。

「こっちだ」

 誘われるように、少年はその声がする方へと向かい駆け出す。

 そしてその先で、彼は出会う。

「やぁ、よかったよ。間に合って」

 そこには顔のない男が立っていた。

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