第240話

 その男の風貌は人に近いものであった。

 二フィートル近い背丈に細身の体型、壁の民ではなく、どちらかと言えば壁の西に住まう者達に近い。

 だが、彼は人間ではない。

 ルル達はそれを一目見て理解した。男の持つ特徴的な尖り耳が何者であるかを知らせていたからだ。

『エルフ』。

 神々の恩寵を受けし者。祝福されし民。選ばれし種。

 聡明にして長命、美麗なれど精強。

 彼の種族を称える言葉は数知れず、大陸中の国々で、その希少な数に反して広く知られている者達。

 されど、目の前の男はそんな伝聞の中で語られるエルフ達とは大きく異なっていた。

『絹のように滑らかな白い肌』からは程遠い、黒ずみ荒れ果てた肌。

『宝石のような美しき瞳』と呼べぬ、濁った瞳。

 縮れた髪の毛に、黄ばんだ歯。

 美と情熱の神ビレイウスにも認められたという、美しき種の面影がほとんど失われてしまっている。

 エルフの特徴的な耳を備えど、エルフの美しさを微塵も感じさせる事のない者達。

 そんな者達を、ルル達、壁の民はよく知っている。

 壁を東に越えた先、春になっても決して芽吹くことのない病み木に囲まれながら暮らす者達。

 枯れ森に住まうエルフ、神々に見放されたダークエルフの一族だ。


「枯れ森の住人が、こんな所で何をしている」

 同胞の骸に少しばかり目をやりながら、憤りを隠さず睨みつけ、ルルは男に問う。

「何を?」

 すると、愚問だなといった表情でダークエルフはルルを見た。

 そして彼は真っ直ぐと、静かに冷酷な瞳で彼女を見据えながら、単純明快な答えを口にする。

「……戦争だ」

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