第232話

 バラーラの伝説とは、傲慢の気質を供えど、武に優れたる王メンテウス二世が巻き起こした悲劇について、教会が今日も伝え続ける教訓めいた物語である。


 一介の小国であったバラーラの王にすぎなかったメンテウス二世は、彼の持つ傑出した武才を存分に活かし、周辺国を侵略せしめ、七国を治めるまでとなる。

 人々に武神とまで呼ばれ、畏れ敬われたメンテウス二世であったが、ある日の遠征の折に、辺境に住まう美しき村娘に見惚れてしまう。

 そして、無理にでも連れ去り娶ろうとするメンテウス二世に、先日この村娘と祝言を挙げたばかりだという夫ロメスが申す、『神々に誓い、夫婦と認められた私達の仲を引き裂くなど、たとえ七国の王とて、天はお許しになられはしないでしょう』と。

 メンテウス二世はその申し出を受けて男に言う、『お前の誓いなど、天に御座す神々の耳に届きなどしてはいないだろう。私がここでこの村娘と出会った事こそが、天のお導きに他ならないのだ』と。

 王の言葉を受けて、なおもロメスは食い下がる、『貴方様が自分の行いを、本当に天のお導きによるものだと信じておられるのならば、私との決闘をお受けになられよ。公正なる神がどちらの言い分が正しいのか、ご判断してくれるに違いない』と。


 辺境の農民風情が王に決闘を申し込むなど言語道断極まりなき事、無視どころか、無礼打にされてもおかしくはない。

 しかし、メンテウス二世は彼の決闘の申し出を嘲笑しながらも、受ける事にした。

 王には小さな算段があったのだ。神々の審判の結果となれば、美しき村娘の夫ロメスに対する思いにも、いくらか諦めがつくであろうというものだ。

 それに加え、軍略のみならず個人の武功としても百戦練磨の己が、一度か二度、雑兵として戦場に立ったかどうかの男に敗れるなど、考えにも及ばぬ事だった。


 だが、その慢心はメンテウス二世が予想だにしない結果を生む事となる。

 大いなる幸運に助けられながらも、なんとロメスが決闘に勝利したのである。

 美しき新妻と村の者達はロメスの勝利を喜んだが、己の誇りを傷つけられたメンテウス二世は激しく憤慨した。

 彼は神聖な決闘の結果を素直に受け入れず、村娘の眼前で夫ロメスと村人達を惨殺し、最後には娘をも、その手に掛けようとしたのだ。

 しかし丁度その時、空に暗雲が立ち込め、天から雷がメンテウス二世目掛けて落ちたという。

 全身を雷に打たれた王は一命を取りとめたものの、視力を失ってしまう。

 盲目の身となった事を嘆く王と、慌てふためく王の兵達を前に、村で唯一の生き残りとなった美しき娘が超常の声を発する。


『天を軽む者に、天の恩寵は与えられん。傲慢な七国の王とその子らよ、我らが父と主は、お前達をお見放しになったぞ。これより多くの苦難と災いがその身に降りかかる事となろう。盲目としたのは、お前の築いた王国が崩れ去る様を見ずに済むようにとの、天よりのせめてもの慈悲である』。


 それだけを告げると娘は白い翼を生やし、何処へと飛び去ってしまう。

 それからというもの、彼女の言葉通り、ありとあらゆる災厄が、王と七国の地に暮らす人々に降りかかった。

 干ばつ、大地震、流行り病、やがて困窮極めた人々は、ついに盲目の王を無人の荒野へと追放してしまう。

 すると、それまでの災厄が嘘のようにぴたりと止まり、人々は荒廃した地でわずかばかりの安寧を得たという。

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