第92話

「ファバ」

 レグスが暗にこの部屋からの退室を要求する。

「あっ、ああ、わかってるよ。しばらく村をぶらついてくるよ」

 少年とてそれぐらい理解出来た。

 精霊がこれからどのような話をするのか気にはなるが、ここで出しゃばるわけにもいかないだろう。

 彼は部屋にレグスとセセリナを残し、外の空気を吸いに行く。

「では、聞かせてもらおうか」

 自分と精霊以外、誰もいなくなった部屋でレグスは彼女の言葉を待った。

 静かに、重く、セセリナが口を開く。

「私の目を見なさいレグス」

 小さな少女の瞳が、真っ直ぐに自分の顔を見つめている。

 と、同時にレグスは奇妙な感覚に襲われた。

 何かが、変わった。

 空気、雑音、そうではない。もっと根源的な何かが変化していた。

――これは……。

 少しだけ覚えがある。魔術師が自分の精神に干渉してこようとする時の感覚だ。

 だが、あれよりはもっと優雅で落ち着いてる。

 不安や不快とはかけ離れた感覚。

 だからこそ、彼は彼女のそれに対して無防備だった。

――聞こえるわね。

 頭の中にセセリナの声が響く。

「念話、か」

――ええ、これなら少なくとも私の話が誰かに盗み聞きされる事はないわ。

「ずいぶんと警戒するな。よほどの話らしい」

――そうね……。はっきり言って、まだ迷っているわ。こんな話、あなたに聞かせたところで、不安を煽るだけにしかならないでしょうから。

「今さら止めはなしだ、セセリナ。覚悟は出来ている。お前にもわかるはずだ」

 セセリナは今、レグスの精神の深みに触れている。

 不安、緊張、動揺、恐怖。あらゆる負の感情を彼女は今、敏感に感じ取る事が出来る状態にある。

 レグスに、心の震えはない。

――わかったわ。……まずは私と指輪の役目から教えてあげる。

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