第84話

 少女の言葉はこの場を支配していた。レグスはただそれに耳を貸すしかなく、言葉を失っていた。

 そんな彼をじっと見据え、やがて顔を伏せる少女。

 そして彼女は笑った。

 それもけらけらと、まるで幼子のように屈託のない笑い。

「あははは、もう駄目。久しぶりすぎて気合入っちゃったのよねぇ、あはは、我だって、あはは、駄目だ、変なツボ入った。あはははは」

 さきほどまで少女から感じられたあの厳威は何だったか、まるで狐に化かされたような気分になるレグス。

「お前はいったい何なのだ」

「あははは、ごめんごめん。……ってかお前、お前って人間の癖にほんと偉そうね。さっき友名を教えてあげたんだから、ちゃんとセセリナ様って呼びなさいよ」

 少女の調子についていけず渋い顔を作るレグス。

「何よ不満があるわけ。仕方がないわね、セセリナで良いわよ。感謝しなさいよ、私ほど寛容で親しみやすいスティアなんて他にいないんだから」

「セセリナ、お前には聞きたい事が山ほどある」

「あぁ、またお前って。もうその口の悪さは病気レベルね。それに質問されるのは嫌いって言ったっはずでしょ、レグスちゃん」

「だが、くっ……」

 言葉を続けようとするレグスの体内で激痛が走る。そう、彼の体は剣の力の反動でとっくに限界を超え、ぼろぼろの状態なのだ。

 急な出来事、話の連続、またはセセリナの霊力もあってか、その事を彼自身も忘れていた。

「話よりまずはその体を何とかしないと。じっとしてなさい」

 レグスのそばに寄り、その小さな手を彼の体へとかざすセセリナ。彼女の手から温かく優しい光りが発せられレグスを包む。

 すると、みるみると痛みが引いていく。

「すごい力だな」

 外傷のみならず、あれほど感じていた精神的疲労までもが回復していくのをレグスは実感していた。

「この程度、セセリナ様にかかればお茶の子さいさいよ、と言いたいところだけど」

 そこで区切りため息をつくセセリナ。

「どうした」

「どうしたもこうしたもないわよ、この大馬鹿者。あなたもわかってるでしょ、肉体的、精神的ダメージの多くはその剣の力がもたらしたもの」

 レグスの剣を指してセセリナは言う。

「それはただの傷とは違う。あなたの魂をも傷付け兼ねない間違った力よ。人が曲げてしまった禁忌の力」

 セセリナの表情は真剣そのものである。

「レグス、あなたの質問を聞く前に、言っておかなければならない事があるわ。心して聞きなさい」

 それからセセリナの説教が始まった。

 レグスの剣の事、その使い方から始まり、もっとはやく呪文を唱え彼女を指輪の外に出せやら、そもそもキングメーカー、選王石を求めるような不毛な旅などやめてしまえとまで言う。

 時に人の無知を小馬鹿にし、時に人の非力を警告し、ほとんど一方的に喋り続けるセセリナ。

 レグスがうんざりするほどの説教の嵐。その嵐に呑み込まれそうになるレグスであったが、その途中、聞きなれた声が彼の耳に飛び込んできた。

「レグス!!」

 ファバの声だった。声のする方を見れば、ボルマンの姿もある。

「大丈夫か!?」

 少し遠目からレグスに声をかけるファバ。武器こそ構えてないものの、どうやら異質な存在であるセセリナを警戒しているらしい。その後ろに見えるボルマンの方は警戒というよりも明らかに動揺している。

「まさか、いや、そんな事が……」

 無理もないだろう。魔術師の目の前に佇む少女の発する強い霊力は、彼が長年研究していきたあのフェスタ・アウラのそれと同じ質のものなのだ。そこから導かれる可能性に、この老魔術師が辿り着かぬはずがない。

 そんな二人の出現に、レグスはその無事を内心安堵し、セセリナの方はというとひどく煩わしそうにため息をついた。

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