第82話『声の主』

――オモイダシナサイ、ヤクソクノコトバヲ。

 指輪の声。

 それに従うかのようにレグスは呪文を唱える。かつて母から教わった呪文。過去一度だけレグスも口にした呪文。三節を三度繰り返すだけの短い呪文。

 それを唱え終えた時、よりいちだんと強い光りが指輪から走り、悪霊によって荒廃した黒い大地を青が覆った。

 やがて青の光りが消えると、黒き大地にはレグスと悪霊達、そして新たに一人、少女がそこに立っていた。

 少女が背後のレグスの方を振り返り見る。

 その瞳は青く透き通っており、瞳だけでなく彼女の肉体全てが青白く澄んでいた。

 いや、これは明らかに肉体ではない。霊体だ。

「やっと出られた。言いたい事は山ほどあるけど、とりあえずは彼らを何とかしないとね」

 そう言うと少女は悪霊達の方へと向き直り、さらには聞きなれぬ言語で彼らに何やら話し始める。

 その口調は時に穏やかで優しく、時に静かで冷たい。

 少女の言葉に耳を傾ける悪霊達。やがて禍々しい悪意を曝け出していた彼らに変化が表れ、その表情は柔らかく、発せられていた敵意は萎縮し消えていく。

 まるで親に怒られた子供のように悪霊達は消沈し、やがて彼らはレグスの前からすうっと姿を消していった。

 彼らも他の魂と同じく天へと帰ったのだろう。

「お前はいったい……」

 命の恩人らしい少女に懐疑的な視線を浴びせるレグス。

 少女の正体が指輪の声の主である事ぐらいは想像つく事だが、いったいそれが何であるかは長年指輪を身につけていた彼にすらわからないのだ。

 人ではない。

 大戦を終えたフリアの地にあって外壁に守られ安寧に暮らす者達とは違う世界を生きてきたレグス、多くの不可思議を目にしてきた彼であっても言い切れるのはそれだけだ。

 少女から感じる力は指輪から感じた力がそうであったようにボウル村のフェスタ・アウラが発していた霊力に似ている、という事はいわゆる精霊の類いなのだろうか。

 わからない。

「命の恩人に対する第一声がそれ?」

 呆れたと言わんばかりのうんざりとした少女の表情。それは一瞬レグスが戸惑ってしまうほど、外見の幼さとは不釣合な重ねてきた長い時を感じさせるものだった。

 それが余計に、少女が人ならざる者である事を鮮明にした。

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