第80話

――逃がしたか……。

 そうレグスが思った瞬間、天から数多の邪悪が降り注ぐ。

 それはドラゴンの炎の形をした黒い力。悪霊の宿す破壊の力。

 地を抉り、裂き、岩を砕く。命ある草木を燃やし、鳥や兎、虫すらも灰に変えた。

 爆風に舞った砂塵の中、剣の力に守られたレグスと天空を残し、彼の目に映るほとんど全てが黒と灰の世界へと変貌していた。

――凄まじい破壊力だが、空に逃げられては手がだせん。どうする……。

 このまま上空からの攻撃が続けば翼を持たぬ彼には手も足も出せはしない。黒い炎が降り注ぐ範囲は広大で、このまま攻撃を受け続ければいらぬ被害、村へ帰還中であろうファバやボルマンの身にも危険が及ぶやもしれない。

 思考するレグスの視野の角に異質な物が映る。それを見て彼はひらめく。

――これは使えるか。

 黒と灰に変えられた世界の異質。意図的に避けられたかのようにあったその空間にレグスは立ち、天に向け叫んだ。

「ドラゴン!! お前が臆病風に吹かれ天へと逃げる間に、神殿は俺がいただいたぞ!! さぁ何処ぞへとでも行け、臆病な竜よ、もはやこの地でお前が守るべきはものは何もない!!」

 何もない。常人にとっては言葉通りであった。レグスの立つ場所にあったのは神殿の残骸。人の目には壊れたそれがいったい何を意味するのか理解し難いに違いない。

 だが天に昇ったドラゴンの悪霊にとってここは特別である。彼の竜の使命は神殿を守る事にあるのだから、例え崩れ去った神殿の跡地だろうと望まれぬ者が立つ事を許しはしないのだ。

 天がドラゴンの咆哮に震える。

 そして突き破るようにして空から彼は帰ってくる、巨大な頭部を再び生やして。

――頭が復活してやがる。核となる魂を潰せばと思っていたが、どうやらそれも限がなさそうだ。ならば!!

 レグスを覆っていた力、剣の力が足の底や剣を握る両手といった一部分を除き消える。

 その分、いや消えた力の量を超えて、剣は黒き輝きを増していく。

 レグスの剣と竜の悪霊、二つの黒い力に違いはあれど、その禍々しき力強さは拮抗していた。

 天より戻り、地を這うように飛び、ドラゴンの巨大な口が開かれる。

 竜の悪霊に呑まれれば、例え肉無き体の中であろうと、その邪悪な魂の力によって人の身は持たないだろう。

――一撃で決める!!

 守りを捨て、この交差、この瞬間、この攻撃に、レグスは全てをかけた。

――天高く飛ぶ雲に届かずとも、地を飛ぶ竜ならば斬れぬはずがない!!

 レグスの剣が黒き竜を斬る。灰と化した大地を割り、空をも揺るがす必殺の一撃。

 その威力は天より降り注いだ数多の黒き竜の炎よりもまさっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る