第3話

「昨日は、ずいぶんと盛り上がったみたいだね」と、鈴木さんは言った。

 参加しなかったことを悪びれた様子もない。昨日の、悲しげな雰囲気もない。鈴木さんの手には、昨日の歓迎会の領収書があった。

「このような疑惑の交際費を処理するのも、営業事務の仕事だよ」

 と言葉を重ねた鈴木さんは、すこしも顔色を変えなかった。

 怒っているのか、どうなのか、うまくつかむことができない。

 わたしは「は、はい!」と言い、メモを取り出した。

 ぷるるるるるるると、電話が鳴った。

「ちょっと、見てて」と言い、鈴木さんは電話を取った。

 名前と会社名を名乗り、丁寧に受け答えをしながら、鈴木さんはすらすらとメモを書いていく。

 電話が終わると、隣の机にそのメモを置いた。

「相手の会社名と名前、電話番号、要件をメモして。あと、緊急かどうかも大事だから」

 そう鈴木さんが言い終わると、またすぐに、ぷるるるるるるると電話が鳴った。

「じゃあ、やってみて」と鈴木さんは言った。

 え? もう? わたしの心臓が飛び上がった。

 頭が真っ白になりながら電話を取ると、ダンディな外国人だった。

 何を言っているのか、全然聞き取れない。聞き取れないが、理解している振りをしながら相槌を打ち、そして、ちょっとお待ちくださいと英語で伝え、鈴木さんを見上げた。

「なに?」

「がいこくじんです」

「外国語学部出身、だよね?」

「はい……」

「……、代わるよ」と鈴木さんは言い、流暢な英語で応対を始めた。

 心臓が、どくどくと音をたてている。

 海外輸入食品を取り扱っているため、海外からの国際電話も多いとは聞いていた。それが、この会社を選んだ理由でもあったのに。電話が終わると、わたしは鈴木さんに間髪入れずに謝った。

「別に謝らなくていいよ」

「いえ、すみません」

「電話はかなり聞き取りにくいからね」

 そう言い終わると、また、ぷるるるるるるると電話が鳴った。

 鈴木さんと目が合う。わたしの身体は動かない。すると鈴木さんは受話器を取り、はいと、その受話器をわたしに渡してきた。

 受話器がこんなにも大きくみえるのは初めてだった。

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