第12話:進め! 頭のおかしい子



 ――なあ、おい、あの子。

 ――ひっ、紅魔族……!


 あの、お水……。


 ――駄目だ駄目だ! お前が口をつけたら、水源が胞子にやられちまうだろうが!

 ――ここはアクア様がお守りになられている貴重な水場なんだよ!? 化け物の子に分けられる水なんて無いよ!


 ……紅魔族は、モンスターじゃ無い……。


 ――地獄に帰れ! この悪魔め!

 ――そうやって、皆マタンゴにしちまうつもりなんだろう!?


 ……。


 ――おやおや、何の騒ぎですかな。

 ――うぉぁあぁッ! ……し、神官長様……。

 ――自然な動きで旦那の尻を撫でた!? 全く見えなかった……。

 ――アクア様は誰彼に水を分けてはならないとおっしゃいましたかな? ましてや、こんなロリボディ……すじ……もとい、幼いお嬢さんに嫌がらせをしろなど。

 ――し、しかし!

 ――良いですか、カワイイは正義。カワイイは正義なのです。こちらのお嬢さんをよくご覧なさい。こんなにぷにっとしていて、可愛らしい……ああカワイイ……しかし14歳未満はアウト……。


 え、あの……?


 ――おっと失礼。さぁ、お嬢さんお水ですよ。ゆっくりとお飲みなさい……!?


 きゃっ!


 ――し、ししし神官長! マタンゴたちの襲撃です! 奴ら、『テレポート』を使ってバリケードの中に!

 ――む、いかん! 紅魔族のマタンゴも出てきましたか。見張りを下がらせなさい、彼らには生半可なレベルでは太刀打ち出来ません。

 ――はっ!


 あのう! あ、ありがとうございました!


 ――なに、アクシズ教徒として当然の行いをしたまでです。お嬢さん、この戦いが無事に終わったら、私のミルクなど如何かな?


 は、はぁ……?


 ――いや、冗談、冗談です。それでは、私も防衛に参加せねば。


 ……。


 ――水を少しでも多く貰う為にアクシズ教団に入ったけど、神官は変態だし、悪魔は平然と歩いてるし……あの女神、本当に大丈夫なんだろうな?

 ――私が知るわけないじゃない、そんなこと。いいから逃げるよ!


 …………。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 泣いて、泣いて、たっぷりと泣きはらして。

めありすが気が付いた頃には、外はもう日が暮れる頃になっていた。

ここ数刻ほど、何をしていたかの記憶が殆ど無い。

そもそも、何故ギルドを飛び出してしまったのだろう。

カズマなら、父親であれば、無条件で味方になってくれると信じてたのか。


「……どこまで、子供に戻ったつもりなのやら」


 少し冷静になった頭で、自分の馬鹿馬鹿しさに苦笑する。

私が知っている両親ではない。いや、私「を」知っている両親ではない。

すでに分かっていた筈だというのに。

どうにも、彼らと一緒に居ると覚悟が鈍らになってしまいそうで。


「明日には……街を、出よう。情報を集めるなら王都でもできる」


 本当は、もう少し資金に余裕を持たせたかった所だけど。

アクセルの街にきてからというもの、随分と甘ったれてしまっている。

これ以上故郷にとどまるのは、多分、私の心の方が危険だ。


 ――それにしても、ここはフィールドのどの辺りなのだろうか。

ぐるりと周囲を見回した時、ふと視界の端を過ぎるものがあった。

ジャイアントトードの口の端から、何か枝のようなものが二本突き出ている。


「だーれかー……だれかたすけてー……」


 そして、助けを求めるくぐもった声。


「って、あれ人の足だ!」


 流石に見逃すわけにもいかず、私は即座に跳躍し、カエルを背中から切り伏せた。

リッチーの血に浸して鍛えた妖刀、みらいちゃんブレードに染み込んだ不死王の毒が身体の内部に回り、ショック死させる。

ビクンビクンと震えるカエルから引きずり出した顔を見て、私は表情をしかめた。


「ふぃぃ~、助かりました。危うくこのままカエルの腹の中で一泊を過ごすことになるのかと……おや?」

「……何をやっているんですか、オリジナル」


 おおかた、爆裂後に力を使い果たしていた所を襲われたのだろうけれど。

我が母ながら、この人は時折無防備過ぎることが有ると思う。

これでよく、男に襲われた経験無しで生きてこれたものだ。

やはり「彼女たち」のお陰なんだろうか。

アクセルの街からあまり動かなかったらしいし、その可能性は高そうである。


「いやー、カズマもアクアも居ませんし、ダクネスは忙しそうなのでちょっと下見だけするつもりだったんですけど……やはり、カエルが群がっている所を見るとついムラムラとアークウィザードの血が騒ぎ出しまして……」

「……魔道士なら、ヘイト管理はきっちりしましょうよ」

「全滅はさせたんですよ? 新手を考えてなかっただけで」


 その時点で、少しは躊躇ったりするべきなのだと思う。

 

「死んだらどうするんですか!」

「まぁ、カズマが助けてくれますから。そういえば、今、私やカズマが死んじゃったら未来はどうなるんですかね?」

「大筋は変わらないと思いますよ。厳密に言えば、私は"あなたたちの流れを汲む"めありすでは有りませんから。その辺の辻褄は、悪魔の力で合わせられているので」

「ふぅん、世の中というのも複雑ですね」


 まあ、これも推論でしか無いので出来る限り気をつけて欲しい。

家族の骨がカエルの腹の中から見つかった、なんてニュースの中でも最悪の部類だ。

……マタンゴになるのとどっちがマシかは、甲乙つけがたい所があるだろうけれど。


「ところで、良ければこのまま街までおぶって行ってくれませんか……実は爆裂魔法を撃った後なので、力が出ないんですが……」

「……はあ。オリジナルは相変わらず……そのまま寝てて下さい、今回復しますから」


 ぐったりと倒れ伏す母親の首に手を置き、『ドレインタッチ』を発動。

吸い取る方では無く、流しこむ方だ。

満タンと言うわけには行かないが、立って歩ける程度には回復させる。


「あー、きてますきてます……そう言えば、冒険者なんですね。アークウィザードではなく」

「ステータス的にはどんな職業にもなれましたが、父さんを見てると色々なスキルを扱えるのが魅力的だったので。実際、冒険者でなければ地獄の踏破は不可能だったでしょうし」


 シーフの潜伏・罠探知スキル。

 クルセイダーの状態異常耐性に、属性耐性。

 アークウィザードの上級魔法と爆裂魔法。

 アークプリーストの解呪・回復・補助。


 他にも色々と覚えているが、どのスキルが欠けていても、私はあの異界でくたばっていたに違いない。

問題となるスキルポイントは、生きてさえいれば勝手に上がる。

そう、生き延びることさえできれば。。


「ふんふん、サトウ・めありす。冒険者レベル85……はちじゅうごっ!?」


 私の冒険者カードを眺めたオリジナルが、素っ頓狂な声を上げる。

確かに、まともな世界では見るはずのないレベルだろう。

普通、魔王城を真正面から攻略できるレベルが50から60ちょい。

レベル90ともなれば人類の限界点一歩手前である。つまり私は、二歩ばかり前か。


「……ほんの一年前まで20程度でした。パワーレベリングと……一年ほどかけて地獄に潜っていれば、そのくらいには。バニルとの契約あってのものですけどね」


 それだけのレベルになっても、本気の爵位持ち悪魔には叶う気がしない。

ましてや、地獄は相手のホーム。地上に顕現した存在を追い返すのとは訳が違う。

"公爵"バニルミルドの名は、そんな世界で非常に有効に働いた。

そんな見通す悪魔ですら、私という存在を値踏みしきれていないようで。


 「はじめまして」なんだな、と、改めて噛み締める。


「……めありす。泣いていたんですか?」

「あ……いえ、これは……」

「カズマにやられたのですね。あの男は無闇に言葉の攻撃力がありますから。やれやれ、相変わらず素直になれないようで」


 母が笑う。

子供じみた魂胆が見透かされた気がして、私はそっと目をそらした。

私と殆ど変わらない見た目なのに、我が母はどことなく大人びて見える。


「当たり前なんですよ。私が一方的にあなたたちを知っているからと言って、あなたたちにそれに答える義務はない。皆『知らない人』なんだって、最初から分かってたのに」


 未来でもなく、過去でもなく。

自分が依って立つ『現在』を変えることはそういうことだ、と。

嫌と言うほど忠告を受けて……それでも、覚悟を決めてきていた筈なのに。


 やはり、このアクセルの街という環境が悪いのだろうか。

地獄の悪魔に誑かされぬよう頑なだった信念が、随分と緩んでしまった気がする。


「……なんだかんだ言っても、カズマはきっとめありすの助けになりたいと考えていると思いますけど」


 私の言い分が不満だったのか、オリジナルは唇を尖らせながら私の目を覗き込んだ。

我らが象徴たる、夕日のように真っ赤な瞳だ。黄昏の紅色。


「ダメなんです。父さんは私を助けようとはしても、世界を救おうとはしてくれませんから」


 

それだけ告げると母は何かを得心したようで、訳知り顔で頷く。




「――では、カズマの代わりにお母さんがめありすの味方となってあげましょう!」

「……はい?」




 むしろ、直後の発言に驚かされたのは私の方であった。

話の展開に理解が追いつかず、思わず間の抜けた顔のまま急に立ち上がったオリジナルを見上げてしまう。


「なんですか、その顔は。まさか世界で一番の爆裂魔法の使い手である我が力、不足しているとでも言うのですか」

「いえ、不足しているというか……むしろ有り余り過ぎてるというか……あの、仮に味方をするとして、いったい何をする気なんですか?」

「無論、爆裂魔法を撃ちます!」

「……ええと、火力は足りてるんですけど」


 我が眷属である魔銃オルトロスは、元を辿れば神が勇者に与えた神器である。

魔法を収束し、増幅し、高速で撃ち出すこの銃は、効果範囲が絞られる代わりに初級魔法でも上級魔法に負けず劣らずの破壊力にしてくれる。

それに爆裂魔法を装填すれば、理論上は魔王城の結界であっても打ち破れるようになる筈だ。

もっとも、冒険者である私の爆裂ではそこまでの威力は出せないが、充分過ぎる。


「そもそも、父さんの仲間であるオリジナルは、そちらの味方をするのが道理だと思いますが……」

「なんですかもう、頭の硬い所ばっかりカズマに似て。少しは母親らしいことをしたっていいじゃないですか!」


 この人の頭の中では母親らしいことイコール爆裂魔法なんだろうか。

薄々と気づいては居たが、やはり我が家の母は少々頭がおかしいらしい。


「めありすは、世界を救ったら元の時代に帰るのでしょう?」

「……ええ、まぁ」

「だったら、できる所まで一緒に居たいんです。幼い頃に母が居ない寂しさは、私だって知っているつもりですから」


 聞く所によると、母の家は昔から貧乏で、両親共に行商でよく家を開けていたそうだ。

こめっこおばさんと一緒に姉妹で強かに暮らしていたそうだが、やはり家族一緒に居たい気持ちはあったのだろうか。


「分かりました。分かりましたよ。私はもう、幼い子供では無いんですけど」

「そう言ってる内は皆子供なんです。いえ当然、私ももう子供じゃないですけどね」

「カズマと敵対することになるかも知れませんよ?」

「ふむ。そう言われると、アクアやダクネスのようにカズマと殴り合いをした記憶があまり有りませんね。爆裂魔法は向こうもどうにかして対策してくるでしょうし、何か考えて置くべきでしょうか……」


 どうやら母は、父と戦うことをむしろ楽しみにしているようだ。

頼もしいことである。なんだか途端におかしくなって、私はくすりと笑みを漏らす。


「……なんだかこうして、オリジナルと悪巧みをしていると昔を思い出しますね」

「昔から、こういうことをしてたんですか?」

「ええ、まぁ。ただの子供だったころは、こうして周囲の人と一緒にイタズラをして遊んでいましたよ。標的は大抵父さんかダクネスさんで。まだ覚えられるスキルポイントも無いのに、色んなスキルを教えてもらって……」


 父さん自身、子供相手に容赦するタイプでは無いので、毎度カンカンに怒られて。

昔からそういう時に味方になってくれるのが、大抵は母だった。

ああ、何も変わってないのだと、妙に安心する。


「では、とりあえずぶっ飛ばすとしましょうか!」

「……は?」

「紅魔族の喧嘩は先手必勝です。ぐっと行ってどかーんとした方が勝つんです! 世の中は火力ですよ、めありす! カズマがなんぼのもんじゃいという証を、早々に立ててくるとしましょう!」

「あ、あの。せめてオリジナルの精神力が癒えてからでも良いのでは……」

「善は急げですよ。この母が、改めて真の爆裂と言うものを教えてあげようじゃないですか」

「父の爆殺は善ですか!?」


 そしてよく考えたら、援護射撃のふりで後方から無闇に混乱を広げるのも母だった。

どこまでも変わっていない母に一抹の不安を抱きながら、私は両肩をグルグルと回す母の背中を追った。



「いざ行かん! おかーさんに続けー!」

「……大丈夫かなぁ」

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