不穏な空気?

かくして、悩んだものの、桜侑は対処法を思いつけないままランチに挑んだ。

食べることも大好きだったから。

葛西がランチに選んだ場所は、開放感のあるオシャレなカフェレストラン。

日差しよけの真っ白なレースパラソルが品よく、テーブルごとに立っている。

中ではアンティーク調のランプが昼間なので光を落としている感じが落ち着いた雰囲気を出していた。

木目調の濃い茶色い丸いアンティークテーブルがランプと映えてすごくきれい。

対してガーデン側は、木目調は同じものの、白を基調とした丸いアンティークテーブル。

冬が近いせいか、早咲きのスノードロップが可愛く中央に飾られている。

中と外で雰囲気の違う、桜侑にはものすごくオシャレなカフェレストラン。


「午前のお仕事お疲れさま。アイツには丁寧に牽制しておいたから問題ないよ。桜侑にも私語で話しかけないと思う。俺の客が嫌な思いさせてごめんね」


会社に影響のない程度に何か言ったのだろう。言い方にトゲを感じた。

桜侑のこととなるとこうだ。

そういうところが苦手でもあった。


「お疲れさま。ううん、考える前に玲士が連れて行ってくれたから大丈夫だよ」


桜侑の思考回路が考えや感覚に到達するまでは少し時間を要する。

先回りして早く現れたことは容易にわかるはずだ。

しかし桜侑が考えるより先に行動してしまうので、そんな人いたなぁ程度にしか記憶に残らない。

おもんばかってのことだろうが、考える時間を奪ってしまっていた。

エスコートされるのは悪い気はしないし、嬉しい。

大人だな、カッコいいなと思う。

けれど深く考える暇がなく、肝心なことまで頭が及ばなくなってしまう。


「ならよかった。桜侑には笑っていて欲しいから」


そう言いながら手馴れた感じでガーデンに向かい、桜侑のイスを引いてくれる。

自分も向かいに座り、店員を呼び止め注文していく。


「今日のオススメはスペアリブの香草焼きみたいだよ。骨つきだから気をつけて食べようね」

「え、うん」


時折子ども扱いされているような気がするのは気の所為、だろうか。


「あ、玲士。ごめん、時短があるからやらせてね」


一瞬、眉間にシワがよる。


「……仕方ないなぁ。食べてる時は食べることに集中するんだよ? 」

「うん、ありがとう! 」


趣味を話しても困った顔をしながら、『桜侑が好きならいいよ』と否定しないでくれる。

本当に優しすぎるくらい優しい人だ。


今回のイベントは一周クリアしたらオートがつくので、周回オートが可能だった。

AP回復もオートにしたら大丈夫。

食事が来るまでに一周クリアをし、オート設定をした。

それでも映像が気になり、チラチラ見てしまう。


「……ほら、ソースついてるよ」


ナプキンで吹いてくれる。

怒らない。怒っているはずなのに。


「ご馳走様でした。すごく美味しかった!

「お粗末さまでした。桜侑の食べてる時の顔、幸せそうで可愛いよ。……すぐ気が散っていたようだけど」

「……ごめんなさい」


やっぱり怒っていた。


「じゃ、また終業後にね」

「うん」


頭ごなしに怒らない。やっぱり大人だなぁと思う。


「あ、桜侑ねぇ」


分かれた瞬間、聞き慣れた声に呼ばれた。


「え……? いたっ」


キョロキョロと首を巡らせると、手刀を食らう。


「もう! どうしたの? 」


声の主、毬也に唇を尖らせて抗議しながら疑問を口にする。


「今日、職業体験の日なの。たまたまここがリストにあったから来てみた。アポは取ってるんだけど、桜侑ねぇに聞いた方が早いかな? 《葛西玲士》さんっている? 」


意外な指名に目を丸くした瞬間、グイッと後ろから抱きしめられるように引き寄せられた。


「私が葛西玲士です。君が《斎賀毬也》くんかな? ……《その顔》」


睨みつけるように毬也を値踏みし始める。


「会議室を取ってあるから、まずは説明からね。……悪いけど、桜侑も来て」


声が冷たい。何が何だかわからず、怖い。

だがうなづくしかなく、うなづく。


「白鳥さん、体験の子、綾瀬さんの知り合いみたいだから少し借りるね」

「え? はい、わかりました」


桜侑は白鳥にまで睨まれ、めまいを感じた。



「……桜侑、どういうことか説明がほしいな」

「え? なに? え? 」


何を説明しろというのか。


「わかった。なんでがここにいるの? 所詮は作り物だからって許容していたけれど───」

「待ってください」


桜侑よりも先に現状を理解した毬也が葛西の言葉を遮った。


「まさかと思うけど、桜侑ねぇは葛西さんと付き合ってる? 」

「……うん」

「そういうこと。説明とか面倒なんではっきり言いますけど、桜侑ねぇと僕は付き合ってる浮気相手だと思ったなら勘違いですよ」


まだ疑いの目は向けられていた。


「僕は近所の幼馴染。桜侑ねぇの世話をしている弟みたいなもんです」

「ちょ、毬也ちゃん! 」

「桜侑ねぇは黙ってて。……そのは僕じゃないです」

「たまたまにしては───

「まぁ、そうですよね……。でも、桜侑ねぇに聞いてもから無駄ですよ」


桜侑はふたりの空気についていけず、おろおろしていた。


「……どういうこと? 」


柔らかさなどなかったかのようにトゲを含んだ口調。

桜侑は怖くて小さく震えていた。


「そのキャラクターはが演じてます。その人は僕の───なんで」

「毬也ちゃんの……

夏角くんが? 」


ますます混乱した。


「桜侑ねぇのってだけですよ。もう十年以上会ってないんだ。今あんたと付き合ってるってことは、危惧することでもないのでは? 面倒臭い。僕と桜侑ねぇとの関係勘ぐる前に距離縮める方が先でしょ」


一拍後。


「あっはははは! 年下にたしなめられるとは思わなかったよ。俺と桜侑は調さ! 」


桜侑の胸にチクリと痛みが走る。


「……にしては、ついてけてないみたいですけど? 桜侑ねぇを普通の女子みたいに扱えると思ってます? 」

「俺のやり方に不満があるみたいじゃないか」

「定石じゃ舵取りできないって言ってんですよ。らしさ押し殺した桜侑ねぇ連れ回してるだけじゃないですか? 本来の桜侑ねぇは手に負えないじゃじゃ馬ですよ」

「食べてる時が一番可愛い」

「豪快に食いますよね」


何だろう。ふたりが仲良くなったような、そんな空気に変わっていた。


「……ちょっとかま掛けじゃないですけど、桜侑ねぇ託せる人か話したいことできたんで」


チラりと桜侑を見遣る。


「ああ。ごめん、桜侑。勘違いして困らせたね。仕事に戻って大丈夫だよ。説明会もしなければならないから」


いつもの優しい口調。でも、有無言わせない言い方。


「うん。玲士、毬也ちゃんをよろしくね」

「了解。もう噛み付いたりしない。ごめんね」


一抹の不安と気になることを聞けないモヤモヤ。

帰ったら聞けばいい、そう切り替えて会議室をあとにした。


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