第9話 ヤンキー
一週間が経過しても、
相方を探して人間観察を続けた結果わかったことといえば、モテたくて仕方なさそうなヤツは、そもそも面白くない。そして面白いヤツは、モテでは釣れない――という無情な事実だけだった。
また、
そのかわり、漫才の勉強はそこそこはかどった。年末年始のネタ番組録画は、幸運にも姉たちに消されていなかった。さらにタイミング良くレンタルDVDの半額キャンペーンをやっていたので、落語を借りて観賞もできた。
これら努力の甲斐あってか、一週間前に書き始めたネタがついに完成したのである。
そうなると今度は、早くやってみたくて仕方がない。
ただ悲しいかな、漫才は一人ではできないのだ。どうやっても。
放課後。
八王子、今日はバスケ部の助っ人に入る。高身長が集結しているこの部の中では、不本意ながら最小メンバーだった。しかし、圧倒的な機動力を生かしたドリブルやパスカット、ジャンプ力を見せつけるシュートでもって、逆に大いに目立つことに成功する。
そしてありがたいことに、「やっぱり八王子がいてくれないと」との再評価を得た。
転校から丸一週間。和泉の部活が決まったかどうかが気がかりだった。もし運動部なら、グラウンドなり体育館なり、今後はかち合いそうな部活へ優先的に参加しようとゲスなことを企む。
助っ人として引く手数多という、完全なる売り手市場。八王子も増長するというものだ。
最終下校時刻近くになってもまだ十分明るい道を、最寄り駅に向かって歩く。
ショルダーバッグを肩に掛け、両手はポケット。顔は九十度近くうつむけて、誰とも目を合わせない。それどころか表情さえ見せない他人完全拒絶の構えが、八王子のスタンダードだ。
駅まで続く商店街で祭か何かの準備をしているらしく、やたら人が多くてわずらわしかったので、一本奥の道に入る。
すると前方から、野良犬の吠え声のような若い男の声が聞こえてきて、八王子は己の判断を呪った。思わず舌打ち。
今さら思い出す。ここはまさに、かつてカツアゲされかけた裏道ではないか。
ほんの少しだけ顔を上げて見れば、いつかと同じく
ただあのときと違うのは、三人の声がすでにかなりヒートアップしていることだった。
「おいてめぇ、シカトしてんじゃねえよ! 聞けって、止まれって」
「なんとか言えよ、マジふざけんな。おい!」
「余裕こいてんじゃねぇぞ、マジでおまえ、次は腹とか殴るぞ」
ボキャブラリーの少なさと言ったらない。腹「とか」って何だ。ほかに候補があるなら具体例を二つ三つ挙げるべきだと八王子は思う。
それはそれとして――。
妙におかしかったのと、何より当事者ではない気楽さから、八王子は絡まれている相手に興味がわいた。本当なら回れ右をして人通りのおびただしい商店街に戻るのが、
それなのに、今度は自分が標的にされるかもしれないリスクを冒し、足音を忍ばせてカツアゲ一行の前に回り込んでみる。「おヤクソクだなー」などと内心で思いつつ、電柱の陰から様子をうかがった。
「おらぁ!」
ひときわ強い調子の気合いと共に、美倉三高生のミドルキックが放たれた。
(ヤベーぞ、あれガチの蹴りだ)
恐怖で反射的に体が硬直し、顔を背けられなかった。その視線の先で――。
猫背で図体がデカく、このクソ暑いのに学ランを襟までとめて着用したヒバ高生の腹部に、キックがヒット。そいつはたまらず体を「く」の字に折り曲げ――たりはしなかった。それどころか、わずかに口角を上げて見せさえした。
(アイツ……アレだ、えーと、
美倉三高生残りの二人も一緒になって殴る蹴るに参加するが、相模は一向に堪えない。というよりむしろ、気にしていないように見える。
どういう体の構造をしているのやら、三人がかりの攻撃をものともせず、ユラユラと大儀そうな足取りで前進を続けるさまは、まさに本物のゾンビのようだった。頭をふっ飛ばされるまで、何発の銃弾を食らおうが意に介さず向かってくるという、ホラー映画にありがちなシチュエーション。
そんなゾン――相模に対し、殴っているほうが必死なので、だんだん滑稽に見えてくる。
一人の右ストレートが真横から、左頬を正確に捉えた。しかし相模の顔は、正面に対してわずか二十度、向きがズレたにとどまった。逆に、殴ったほうがこぶしを痛めたようで、顔を歪めて手を引いている。
「げはははははははは!」
ついに八王子はこらえきれず、声に出して笑ってしまった。
カツアゲ三人衆が手を止めて、一斉に切羽詰まった表情を向けてくる。
来るか? でも逃げるのは簡単だ。革靴をスリッパみたいにしているヤツラに、足で負ける理由がない。
ただ、この妙におかしい場を去り難く感じた。そこで、カツアゲ隊も退き際を見失って困っているのだと踏み、ハッタリをかましてやることにする。
「おう相模、なにやってんだー? 今から先輩たちとカラオケ行くんだけど、オマエも来る?」
電柱の横から顔をのぞかせ、ゾンビとそれに群がる者共へ、八王子は手を大きく振ってみせた。もちろん金髪に赤シャツ、ボンタンという姿である。その先輩というなら、さぞヤンチャな人たちだろう――そう連想するとと計算しての行動だ。
八王子の読みは当たった。後から先輩とやらが現れて揉めるのを恐れてか、美倉三高生三人は走り去ったようにはギリギリ見えないくらいの早歩きで現場を後にした。
残ったのは、学ランの何カ所かに足跡をつけたまま、前髪の奥からどうも八王子を見ているらしいゾンビ野郎――相模だけだった。
「オマエ、スゲーな」
一応辺りをうかがってから、八王子はクラスメートの前まで行って声を掛けた。
一方、相手の反応は鈍い。もしかして本当にゾンビなのか。
ややあって、ようやく例の、無駄に低い声が言葉を紡いだ。
「……八王子くん」
「〝八王子くん〟じゃねーよ、気持ちワリーな。八王子先輩って呼べ」
「じゃあ……八王子先輩」
「ちょっとは拒絶しろよ! 変なヤツだな」
ここまで他人にグイグイいった経験のない八王子だったが、相手がまるで無抵抗なので調子が狂う。暖簾に腕押しどころか、暖簾の手応えすら感じられないため、どこまでも突き進んでしまいかねない。そんなイメージだ。
相模は学ランを払いながら、訥々と話す。八王子は生まれて初めて、自分以上のコミュ障に出会ったような気がした。
「俺は三月生まれだから、同級生でも大抵の人は先輩みたいなもんだよ」
「え、そんなデカいのに? オレ、四月二日生まれだから、オマエ、マジで後輩みてーなモンじゃねーか」
「そうだな」
素直に頷かれても、困る。そして会話が途切れた。
人通りが少ないとはいえ、道に二人して突っ立っているのもおかしいので、八王子は移動を促すことにした。
夕暮れの裏通りを、縦一列になって進む。ヤンキー風の赤シャツがふんぞり返って歩く後ろを、それより二回りほど図体の大きな学ラン姿が猫背でユラユラついていく。
「南ひばりヶ丘?」
「そう」
「へー、同じだ。じゃー行こうぜ」
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