幕間 1

 扉の開く音がして、文字から目を浮かせた。イゴルの出迎えにもう一つの低い声が応えている。部屋の扉を少し開けてのぞいてみると、男とイゴルが話し、二人から数歩離れたところにダーシャも顔を見せていた。

 男の眼差しが伸びてくる。部屋から顔を出し、頬をゆるめてみせた。男はうなずいたのかと思うほど小さく頭を下げ、再びイゴルに向き合う。

 自分がここに来るより前から出入りしていた男だ。数日おきにイゴルを訪ねてくる。多い時には毎日顔を出すこともあった。イゴルが男のもとに赴き、夕食時に帰ってくることも少なくない。友人と考えるのは少し難しい。和やかな顔を交わすことがあまりに少ない――いや、皆無に等しい。それでは仕事の付き合いなのだろうか。近い気がするけれど、それでもどことなく合点がいかない。優しく控えめな性分だからか、それとも事情を知っているからか、ダーシャが不満を述べたり問いただしたりすることはない。

 自分が口を出す立場にないことは充分に理解している。杞憂の可能性もある。けれど鐘の音は、遠くから迫る火を知らせるように、頭の奥で鳴り続けていた。

 と、突然、思わぬ方から名前を呼ばれた。振り向くと、階段を降りてきた少女が顔を小さく傾けていた。

「どうしたの? 何かあった?」

「いいえ。少しぼんやりしていました」

 微笑して首を振った。重苦しい装幀の本を抱え、少女が小走りに寄ってくる。

「魔術論の本で納得のいかないところがあるの。聞いてもいい?」

「ええ。もちろんです」

「それが終わったら――」

 声をひそめ、少女が見上げてくる。

「またお話を聞かせてくれる?」

「いいですとも」

 髪をそっとなでてうなずいた。

「何にしましょうか。海の中の城、宝石好きの竜、――」

「狼人間」

 少し大人びた顔が無邪気に輝いた。

「本当に会ったなんてすごいもの」

「分かりました。まだお話ししていないことがたくさんありますからね。――さあ、まずは教本を片付けてしまいましょう」

 少女の背中を部屋へと促しつつ、こちらを向いたダーシャと微笑を交わす。玄関を一瞥すると、イゴルと男の姿はなく、すでに書斎に入ったようだった。

 ニオヴェ。イゴルはそう呼んでいた。

 ちらつく男の顔を追い出し、静かに扉を閉めた。

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