放つ炎 2

 村に着いたのは日の入りを少し過ぎた頃だった。宿で荷物を整理していると、青年がおずおずと口を開いた。

「リセアさん」

「なんだ」

「俺、こんなちゃんとしたところにいていいんですか?」

「どういうことだ」

「だって俺……」

 リセアは青年を見つめた。青年の顔に苦い影が差し、山吹色の瞳が力なく揺らいでいた。

「お前を奴隷として扱うつもりはない」

「え?」

「それから、私のことは呼び捨てにしろ。気を遣った話し方もするな。分かったか?」

 青年は噛みしめるように何度かうなずき、人懐っこい笑顔を浮かべた。

「分かった。リセア、でいいんだな!」

 ほどなく女将が食事の時間を知らせた。廊下から香草の匂いがただよっている。一階に下りると、女将が卓に鍋を運んでいるところだった。

「ああ、来たね。たくさんお食べ」

 女将が鍋の蓋を開ける。こま切れの肉と玉ねぎの煮込みだった。薄く切られた黒パンの皿も置かれている。

 椅子に座るが早いか青年がフォークを引っつかみ、肉ばかりを選んで次々と食べてゆく。なくならないうちにとリセアも口に運んだ。玉ねぎの甘みと香草、それに歯ごたえのある肉が合っていた。

 瞬く間に平らげて茶を飲んでいると、女将が二人の向かい側に座った。

「どこに行く予定なんだい?」

「トルドノの方へ」

「だったら気をつけな」

 女将がリセアと青年の顔を指差した。

「あっちの街道は昔から盗賊が多いんだ。ちょっと時間はかかるけど南を回るのも手だよ」

「分かりました」

 リセアは口元を和らげてみせた。

「ご忠告ありがとうございます」



   ×   ×   ×



 翌朝、二人は村を出た。賊を恐れてか、昨日通った道よりも明らかに往来が少ない。東の輝く空に背を向け、流れ来る雲を迎えるように進む。おぼろげな影が乾いた土に落ちていた。

「ちょっと聞いてもいいか?」

 青年が石を草むらへ蹴飛ばした。

「リセアはなんで旅してるんだ?」

「人を探している」

「俺と一緒だな! で、誰を?」

「――親の仇だ」

 青年の笑顔が強張る。リセアは朝日を照り返す雲に目を伏せて話した。七年前、家を襲われ、両親が怪物の餌食になったこと。燃える家から逃げ、気づくと伯父のベノシュに保護されていたこと。

「大変だったんだな。一人で必死に逃げて……」

 青年が声を沈ませる。一人で、という響きに、リセアは違和感の糸が弾かれるような気がした。焼け崩れてゆく家を飛び出し、恐怖に喘ぎながら夜の森をさまよった。火傷も負わず、追っ手にも見つからず、どうやって伯父のもとにたどり着いたのか。今に始まった疑問ではなかった。記憶は手繰り寄せるたびあっけなく切れている。

「それからはベノシュ伯父さんと一緒に住んでたのか?」

「ああ」

 リセアは視線を前に戻した。

「魔術も伯父に習った。去年伯父が死んで、それから旅に出た」

「そうなのか……なんか、色々話しにくいこと聞いちゃったな」

「いや、いずれ話すつもりだった」

「そうか? ならいい――」

 言葉を切った青年の肩がぴくりと動く。リセアの耳元を鋭い音がかすめた。青年がリセアの腕をつかみ、道の脇の草むらへ飛び込む。今までいた場所に矢が数本刺さっていた。森から怒号が響き、矢が立て続けに土を穿つ。リセアは杖を握り直した。

「あ、あれが盗賊か?」

 青年が顔を引きつらせる。

「ほんとにいるなんて……」

「静かにしろ」

 リセアは声を押し殺す。

「動けば的になる。収まるのを待って反撃する」

「反撃?!」

 鼻のすぐ先に矢が突き刺さり、青年が首を縮こめた。

「動かなければ死んだと思ってこちらに来るだろう。そこを狙う。逃げれば追ってくるはずだ。お前はともかく私の足では逃げ切れない」

 青年はただ耳を傾ける。

「奴らが一歩でも道に入ったら呼べ。いいな」

 リセアが鋭く囁くと、青年は気圧されたような顔で了解した。

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