第2話 同僚の評価


 当然、アトリエについてもスタッフ全員が大爆笑である。

 そりゃもう、憲治がそういうものを考えている時の悪人面に慣れているわけで。憲治の後輩にあたるスタッフは、その考案中に邪魔をして、それこそ殺されるんじゃないかという目にあった者もいるのだ。

「驫木君、お疲れ様」

「いつもすみません」

「いいのよ。私たちも慣れたし」

 そう言ってパタンナーのチーフがミルクココアを憲治に渡す。

 憲治が好むミルクココアは、このチーフでないと淹れれない。それはもう、甘いココアである。残ったのを誰しもが一度「味見」して挫折した。砂糖を飲んでいる方がましなくらい甘いのだ。


 そんな中、憲治は手を休めることなくレース編をしている。

「……しっかし、そのごつい手でそんだけ繊細なレースを編むんだからなぁ」

 しみじみと縫製チームのチーフが言う。

「俺の趣味です」

「分かってるけどさぁ。これで料理と片づけが出来たら、内面的に理想の旦那像だよね」

「それ、俺の外見は理想じゃないと」

「うん。毎度職質される旦那を迎えに行く奥様も大変だと思うの」

 それぞれが言いたい放題である。


 憲治は恐ろしいほどに片付けと料理が苦手である。

 他のスタッフは「片付けという名の散らかし」と称するほどだ。なので、憲治がこうやって大人しくレース編などに没頭している間に、片付けていたりする。

「こんなんでどうでしょう?」

 編み始めから三十分もかからずに、サンプル代わりのレース模様を憲治は編み終えた。


 神業である。

 片づけが出来なくても、この能力を買ったのがクリスティナだ。


 どんなドレスにも合うように、憲治はレースを編む。そういったものを機械編みで注文するような量になる場合もあるが、憲治が一着分のレースを編み終える時間は他のスタッフに比べてかなり短い。それゆえ、特注品などは憲治に一から頼む時が多くなった。

「いいわね。少しビーズをあしらって。そこにクリスタルのビーズがあるから。それで再度サンプル作って頂戴」

「分かりました」

 そして、指定されたクリスタルビーズを使い、再度サンプルを編んでいく。


 何度かやり直しをしてOKをもらい、ドレスに使う分だけのレースをその日から編むことになった。

「あと、手袋もレース編で欲しいんだってさ」

「……阿呆ですか、その人」

 編んでいる最中にチーフが声をかけてきた。それに対して集中しすぎていた憲治は、思わず毒を吐いた。

 レース編の手袋ならそれなりにあるし、憲治も気楽に作れる。

 ……が、このレースにあわせるとなると、かなりの労力だ。それどころか、このウェディングドレス、肩まで出ているため、必然と手袋も二の腕まで隠す仕様である。そして、クライアントもそれを了承している。

「言ってやるな」

 事情を察したスタッフが宥めにかかった。

 人生の晴れ舞台である、結婚式。そこでオートクチュールのウェディングドレスを着たいという女性はそれなりにいる。そして、その女性は時として無謀な頼みをしてくる時がある。


 まさに今回がそれだ。

 ただでさえ、ドレスやフォーマル用手袋をしない人がそれを着用する。それにはかなり問題がはらむのだ。

 特に手袋。長いと指輪交換の際、裏返ってしまうことが多い。つまり、再度手袋をするのは難しかったりする。そして、その指輪が問題だ。少しばかり石のついた結婚指輪らしい。

 ……まずもってレースに引っ掛けるだろうな。それがスタッフの一致した意見だった。

「中にシルクサテンを裏地代わりに使っていいかだけ聞いとくわ」

「お願いします。このレースに合わせてとなると、大惨事になりそうですんで」

 こういうときの折衝に、憲治は出ない。クライアントを怖がらせても意味がないからである。


 折衝を他のスタッフに任せて、一点もののレースを作り上げ、手袋も作り終えた頃、刃こぼれした鋏は無事に戻ってきた。


「試し切りでもしてみますか」

 にやりと笑いながら、刃の様子をなめるように(スタッフ談)見た憲治が呟く。

「お前がいうと『試し斬り』に聞こえるから不思議だ」

 そんな先輩スタッフの言葉を無視して、憲治はそれ用の反物を取り出し鋏を入れる。

「前と同等ですね」

 これで誰かに裁断を頼む必要がない。


 思わず喜びが勝ったが、周囲のどん引きした顔で正気に戻った。

「そんなに怖かったですか?」

「切り裂きジャックの方が可愛げがあるくらいには」

「失敬ですね」

 そう言いながら、憲治は首にメジャーをかける。そして腕にはピンクッション。

 ここからが勝負(しごと)再開である。

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