#03:異常

 今日は一人で警備を請け負っていた。その分、早めに上がっていいと指示を受けている。

 先輩のゼッキが村に留まり、警護に当たっているのだ。息子を失ったばかりのウルヒが不安だったから、というのもあるだろう。確かに、あのような実例があると、余計に警戒しなければ安心出来ない。村人の半数以上が「力」を持っているとはいえ、実戦で鍛えられた者は、ごく僅かしかいないのだから。

 森林警備隊の仕事は、本来十四人で行っている。目的は、獣や不審者などの立ち入りを監視し、撃退するものだ。その個々が担当する範囲は、村を中心とする円の面積で決めており、クロンは最も経験が浅いため、距離が短い村周辺をゼッキとの二人で担当している。

 その外側には四人、一番外側には八人が担当している。この大陸全土を覆う広大な森に十四人は少なすぎる人数ではあるが、クロン達に剣術を教えていた師は昨年、病で亡くなっており、後釜が途絶えてしまった。

 ましてや、村の男は農業や鍛冶、隣村への行商の仕事もあり、警備に多くの人数を裂くことは出来ない。女も、籠や衣類、食事を作る作業が主となるので、わざわざ危険な森へ出向くことは、ほとんどあり得なかった。

 例外として、「根渡り」の感覚と技術を学ぶために子供達が大人同伴で森へ遊びに行く事はある。もちろん、村から出て五分以内の、監視塔から確認出来る範囲だ。このような時も、森林警備隊が遠巻きに見守らなくてはならなかった。


 クロンがいつもの半周程を根渡りしたところで、異常は見受けられなかった。

 このまま無事に一周すれば、午後はリーエと遊べる。様子がおかしかったし、ユーナンを失った哀しみを紛らわせてやらないと。

 ――そう思っていた矢先。

 突然、握っていた根が勢いを付ける前に切れた。クロンは真っ逆さまに落下し、落ち葉の山に頭を突っ込ませた。

「ぷはっ!」

 顔を出して、手に握りっぱなしの根を目の前に持っていく。その切れ端は黒ずみ、縄がほつれたようになっていた。

「根が……腐った?」

 何かの病気だろうか。だとしたら、根が生えている木にも影響しているかもしれない。

 上方を見上げ、同じく黒ずんだもう片方の切れ端から、複雑に絡まっている根を目で追っていった。該当する樹を特定すると、落ち葉をかき分けながら近付き、その幹に手を触れる。表面はパリッとした樹皮で包まれてはいるが、軽く押してみると弾力があって少しばかり柔らかい。

 鉤爪と同じ黄金色のナイフを取り出して軽く刻んでみる。直ぐに、中から樹液が溢れだしたが、その色は透き通った黄金色ではなく、黒ずんだ赤色をしていた。まるで血液のような不気味な色に、クロンはぞっとした。こんな体験は初めてだった。

 周囲の幹もナイフで傷つけて確かめてみたが、どれも正常だった。問題なのは先程の一本だけのようだった。

 板履きを付け、落ち葉の上に立つ。問題の幹に手を当てながら周り、改めて観察していくと、反対側の幹に大きなうろが空いている事に気付いた。身を屈めば、クロンがすっぽりと入れそうな程の大きさである。

 洞の縁は内側から皮がめくれたようになっており、やはり黒ずんでいた。内部には、黒蜜か漆を塗りたくったような黒い光沢がある。携帯用の琥珀灯を取り出して恐る恐る洞の中へ入れると、中はドロリとした赤い樹液で満たされていて、機械樹コルボルの回路が剥き出しになっている。上部からは断線した回路の繊維がいくつもぶら下がっていた。

 森にある巨木は「機械樹コルボル」と呼ばれていた。その理由は、植物でありながら、内部は複雑な機械の回路のような構造で出来ているからだ。

 機械による暮らしが主だったという旧文明が失われてから数百年。人は機械を造る代わりに機械樹やその樹液から加工品を造ることで、まるで機械のように様々な便利品を製造する事に成功した。今ここにある文明は、およそ機械樹のお陰と言っていいだろう。

 しかし、機械樹の全ての仕組みが解明された、というわけではない。現に、クロンが目にしているこの状況は、少なくとも十年前から森に住んでいるクロンには見たことがない現象だった。

 良からぬ事が起きているかもしれない。クロンは見回りを中断し、一旦村へと引き返そうと考えた。

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