第9陣魔法使い翡翠、戦地に立つ 前編
その出陣の少し前俺はノブナガさんから甲冑や兜、具足といったいかにも戦国時代らしい防具一式をと、俺専用の武器が渡された。
「これって太刀ですか?」
「はい。私が最近まで使っていたものです」
「え? そんなものを俺が使っていいんですか?」
この太刀にどこか見覚えがあるなと思ったら、昨日初めて彼女に会った時、腰につけていたものだ。最近というよりは昨日までと言ったほうが正しいのかもしれない。そんなものを俺が使っていいのだろうか?
「実は先ほどの手合わせは、ヒスイ様がこの太刀を使う価値のある人間かを試させてもらう為でもあったんです」
「俺にそんな価値なんてありませんよ。ノブナガさんの方が圧倒的に強かったですし」
「そんなご謙遜なさらないでください。結果は私の思った通りで、ヒスイ様はそれ相応の腕前がありましたから」
「腕前何でそんな。元々運動が得意ではないですし、さっきのだって魔法がなければまともに戦えなかったんですよ」
というかさっきのノブナガさん、俺を試していたって事はまだ本気を出していなかったという事なのだろうか。 そうだとしたら、彼女の強さはかなりのレベルになる。
(どうりでもう一回挑むほどの余裕があるわけだ)
さすがは天下をとる直前まで登り詰めた人間。その実力は未知数。俺では到底及ばない。
「あなたの太刀筋は確かなものなのは、私が保証します、たとえ魔法という力がなくても、あなたは強いです。きっとこの太刀もあなたの実力に答えてくれるはずです」
おまけにこの優しさも兼ね備えているのだから、本当すごい人だと改めて実感する。
「そうだよヒッシー。あのノブナガさんが強いって言っているんだから、もっと自信を持たなきゃ」
その会話に乱入してきたヒデヨシ。彼女は俺の防具よりも少し軽めのを装備していて、その手には身長には合わないくらいの大きさの武器を持っていた、
「ヒデヨシ、お前が持っているそれって……」
「これ? これは勿論私専用のハンマーだよ。これを振り回して、敵を一気に掃討するんだ」
「ちっこいお前が、このハンマーを振り回す? 全く想像できないんだけど」
それよりも先に重さで潰れる彼女の姿の方が想像できる。
「もう失礼だなヒッシーは。まあ戦場に行けば私の実力分かるよきっと」
「あくまできっと、なんだな。そこは自信持てよ」
ヒデヨシが持つこのハンマー、見た感じだと四十キロくらいはあると思われる。それを踏まえると、このヒデヨシが振り回すというよりは、ハンマーに振り回される姿の方が想像できる。
「ヒデヨシさんの実力は間違いなく本物ですから、楽しみにしてみるといいかもですよ」
「期待しないで待っています」
そんなヒデヨシの話を終えたところで、改めてノブナガさんは俺達の前でこう宣言した。
「さてそろそろ出陣です。今回はヒスイ様の初陣ということで、指揮は彼に任せようかと思います」
「え、ちょっとそんな話し聞いていませんけど」
さっきからノブナガさんが一切着替えずにいた理由って、もしかして俺に指揮をとらせる為だったというのか。
「ヒスイ様ならきっとできます。私信じていますから。あなたの実力」
「いや、いくらなんでもそれは……」
戦略ゲームで遊んだくらいでしか、そういう経験がないんですけど……。
「頑張ってください」
「頑張れヒッシー」
ヒデヨシとノブナガさんに背中を強く押される。正直ここまで言われると断りにくいのが人間だ。
「だから何でノリノリ何だよ皆」
結局最後まで俺は断りきることはできず、今回の戦の指揮は俺が取ることになったのであった。
(ゲームでやっていた事思い出すしかないよな)
その指揮は、かなり不安定なものになるのは間違いないけど、信じられているなら俺はそれに答えるしかない。
■□■□■□
今回俺達が出陣したのは、安土城から少し離れた先。地形は山岳地に近い形だ。どちらかというと敵陣が山岳地に構えており、ご丁寧にあの頂上から攻めて来ているようだ。
「あれ? そういえばいつもお前に引っ付いている百合女は?」
「ネネは今日いないよ。ていうかほとんど戦わないんだけど」
「すごく迷惑な奴だな」
「本当迷惑だよぉ。私を見つけたらどこまでも追いかけてくるし、見つけなくても野生の嗅覚みたいなもので飛んでくるし。ヒッシーなんとかして」
「何とかできないな多分。ああいうのは厄介だから」
ヒデヨシの愚痴に俺は同意する。ライトノベルとかで読んだことがあるけど、ああいうタイプの人間はすごく扱いが難しい。お姉さま以外は敵みたいな事言っていそうだし、コミュニケーションを取ることすら難しいと思う。
(おまけにそれの相手先が自分だから、苦労しているんだろうな)
その世界を俺は詳しく知らないのでら何も言えないけど。
「まあ今はこっちが最優先だ。見た感じ今回出陣しているのは、俺達と一般兵くらいだから、すぐにでも行くとするか」
「分かった! でも作戦とかあるの?」
「今のところ敵陣がこっちまで押し寄せている様子はないから、とりあえず守備は今のところ問題ない。問題があるとしたら」
「やっぱりこの山だよね」
「ああ」
見た目はそんなに高い山ではないのだが、木々などで敵の目を欺きやすい上に、広さもあるからどこから攻めて来るか読みにくい。
(さて、どうやって攻めるか)
守備とは言えど、敵が一方通行でくるというわけでもないし、もしかしたらすぐそこに来ている可能性もあり得る。なので今回の作戦としては、
「とりあえず目には目を作戦で、こっちも地形を活かして急襲をかけるか」
「どういう事?」
「つまり今回俺は敵の目をこちらに向けるように、派手な演出をする。その間になるべく敵に見つからないようヒデヨシが行動して、敵の本陣に急襲をかける、という事だ。勿論お前一人じゃ心細いだろうから、他の兵も連れて襲撃してくれ。できるか?」
「容易い御用だけど、ヒッシーは一人で大丈夫?」
「まあ何とかなるさ。初陣くらい派手にかましてやる」
「分かった。ヒッシーを信じる」
全体の指揮を任されたからには、こっちだって本気でやってやる。そしてこの戦国の世に轟かしてやろうじゃないか。俺の名を。
「作戦は以上だ。これより我が織田軍は、今川軍を倒しに行く。皆出陣だ!」
『おー!』
こうして俺の初めての戦いは、派手な雷の魔法と共に幕を開けた。
「昨日よりすごい威力だねヒッシー」
「今日は本気だからな」
「私も頑張らないとね」
「頼んだぞヒデヨシ」
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