第17話 治療院へ行こう

「治療はするとして彼女達はこの後……どうなるんでしょうか?」


 ネコミミ母娘を治療院へ連れていくことまでは決まったが、その後の扱いが気になる。

 治療院へ向かう馬車の中、不安に思った事を俺の左側に座っているデシアーナさんに聞いてみた。


「まずは事情を聞く為に取り調べをする事になります、その後は事情次第なのですが、市民登録のある保護者がいない場合は街に余裕があれば一番近くの同種族の集落へ移送するのですが……」


 デシアーナさんが説明をしてくれたが、歯切れが悪い。

 同情心はあるみたいだが、魔境に大勢の人間が遠征に行っている今、この街に関わりの無い者を移送するような余裕はないのだろう。


「自分で集落へ帰れるまでこの街で受け入れることはできないんですか?」

「こいつらは人間に伝染すると重症化する病気を持ってるんです、逆に人間の病気が伝染すると危ない場合もあるわけで、どちらもめったに伝染するものでは無いのですが嫌がる人も多い、必要があって街中に置いておくには予防効果と定期検診を証明する首輪を付ける必要があります」


 俺の右側に座っているバイワートさんが事情を説明してくれた。

 差別とかがあるのかもとも思ったが、より深刻な事情があるようだ。

 病気か……転移前の世界でも動物が感染しても平気だが人間に感染すると重症となる病気があった、見た目はさほど変わらなくても同じ街で共存するのは難しいのだろうか?


「この街に住んでいる彼女達のような人はいないんですか?」

「獣人だけで編成された部隊はあります」

「商会でも数人いますよ」


 好まれてはいなくても共存はできているようだ。

 方法があるなら助けたい、せめて体調が戻り集落へと帰れるまでは、他力本願ではあるがもう少しわがままを言ってみる事にした。


「助けてあげられませんか? 仕事は頑張りますから」

「どこまで世話を見てあげるつもりですか? 簡単なことではありませんよ」


 デシアーナさんがたしなめる口調で聞いてくる。

 簡単な事ではないというのはその通りなのだろう。

 この世界の事情はまだほとんど知らない俺が見ず知らずの人を助けるのは無茶な事なのかもしれない。

 俺のスキルはデシアーナさんにしても街にとっても必要なもののはずだ、これぐらいなら無理を聞いてくれてもいいのではないだろうか。

 好きな人に無理を言って負担を増やすのは避けるべきではないのだろうか。

 二つの相反する思考が俺の口を閉ざす。


「コンテナさんが望まれるなら、パントセレブル商会が面倒を見ましょう」


 おっ


「いえ、それには及びません、コンテナさんは私の従兵です、コンテナさんの望みであれば街兵隊で面倒をみます」


 おおっ? 風向きが変わった?


「おや? デシアーナ様は乗り気で無かったのでは?」

「彼の心構えが効きたかっただけで、保護する事を否定していたわけではありませんよ」

「無断で街に入った者を街兵隊が保護するのは外聞が悪いのでは?」

「無断で入った者を保護、あるいは逮捕するのは街兵隊の役割です」

「逮捕するのですか?」

「事情次第ですね、犯罪を犯していれば当然逮捕しますが、犯していなければ保護になります」

「無断で街に入るのは犯罪では?」

「事後承認も可能です」

「それでも外聞は悪いでしょう、ここはやはり商会で保護を」

「いえそれにはおよびません、街兵隊が保護します」

「いやいや商会が」

「いえいえ街兵隊が」


 もう一人加わったら「どうぞどうぞ」と言われてしまいそうな掛け合いが俺を挟んで座っているデシアーナさんとバイワートさんの間で始まった。

 居心地が悪いが入り込む隙が無い、どうやらネコミミ母娘の保護はしてもらえそうだが、何だこの流れ。


「「コンテナさんはどちらの方がよろしいですか?」」


 掛け合いはしばらく続いたが、らちがあかないようで二人揃って俺に判断を求めてきた。

 俺が決めていいんだろうか? なら答えは当然デシアーナさんの方だ。

 バイワートさんはリカレの首筋を掴んで持ち上げたりだとか手荒いとこが気になる、リカレが痛そうな様子は無かったがそれでも気になる。


「できれば近くで体調が良くなるまでは様子を見たいので、デシアーナさんにお願いします」

「任せて下さい!」


 デシアーナさんが嬉しそうな顔で、俺にギュッと抱き着くと頬ずりしてきた。

 ヒートアップしていたのは分かるが、デシアーナさんの方を選んだのがそんなに嬉しかったのだろうか?

 胸があたって気持ち良かったので俺はとても嬉しかった。


「わかりました、ですがせめて首輪や服などは私が用意させて下さい」

「デシアーナさん、バイワートさん、ありがとうございます」


 この世界に転移してきたばかりの日には理不尽な目にもあったが、大して乱暴な目にも合わされていない、頼めば俺の無理も聞いてくれる。


 食糧不足だったりと生活も大変そうなのに、この世界は良い人ばっかりだ。


 話し合いが決着して少し後、馬車が速度を緩め、

「治療院に着いたようです」

 バイワートさんの声とともに停止した。


 御者の二人が治療院の玄関に向かい、中から出てきた右目だけの眼鏡を掛けた女性と話を始めたが何やら雲行きが怪しい。


「治療はもう出来ないんだよ、帰ってくれ」


 馬車の中から降りて近付くとそんな声が聞こえた。


「どうして出来ないんですか」

「あんたらも知ってるだろ、魔法スキルは使ったらお腹が減るんだ、食べ物がどれもこれも高くなっちまってギルドで決まってる金額じゃもう赤字なんだよ」

「芋とか食糧払いだったら診てもらえますか?」

「そりゃ歓迎だけど……1個や2個じゃ診れないよ」

「カゴか袋か貸してもらえます」

「取ってくるわ」


 面倒事になるかと思ったが簡単に解決できそうだ。


「治療院ギルドには対応するように伝えておきます、食糧不足が解消すれば必要無くなりますが」


 デシアーナさんが申し訳無さそうに言った。

 こんなところにまで食糧不足の影響が出ているとは把握していなかったのだろう。

 片眼鏡さんが持ってきたカゴは背負うタイプの物で小さな洗濯機ぐらいの大きさがあった。

 俺はそれを受け取ると馬車の影まで移動して錬金コンテナを使い芋を生産する。

 隠れたのは念の為だ、少しぐらい見られてもコンテナから取り出しているようにしか見えないはずで、収納スキルだと思われるだけだろう。


 デシアーナさんに貰った銀貨1枚で生産した芋で、カゴはほぼ満杯になった。

 昨日聞いた高騰しているという芋の販売価格で計算すると金貨2枚分ぐらいにはなる、俺の給金半月分だ、これぐらいあれば治療を断られる事はないはず。

 錬金コンテナを回収し、芋が詰まったカゴを御者の二人に持ってもらい、治療院の玄関へ戻る。


「患者どこ、すぐに診てあげるわ任せておきなさい!」


 カゴに一杯の芋を見た片眼鏡さんが喜色の声を上げ表情を満面の笑みに変えた。

 芋って凄い、不機嫌だった女性もイチコロだ。

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