第1話 事故物件

「と・・・・・・とりあえず今日はこれぐらいでいいだろう、部屋を用意するから落ち着いて休んでくれ、くれぐれもスキルは使うなよ?」


 兵士の一人が言った。

 何がこれぐらいでいいのかわからない。


 案内された部屋は広かった、ベッドがあり、白く丸いテーブルがあり、書棚があり、窓とドアには鉄格子まで完備されていた。

 鉄格子はともかく至れり尽くせりだと思う。


 ベッドに腰かけしばらく思案にふける。

 自分は誰なんだろう? 名前は思い出せない、住んでいた家はモヤがかかったような感じではっきりしない、仕事はしていたような覚えはうっすらとだがある。

 両親は一緒には住んでいなかった。

 趣味はコインの収集、500万円ぐらいはつぎ込んでいたはず、一日中ながめていても飽きなかった。

 なぜか趣味の事は詳細に思い出せるようだった、この調子で他の事も早く思い出したい。


 コンコンとドアの方か音がした。


「初めまして、わたくしミリアーナと申します、お飲み物をお持ちしました」

「どうぞ」


 ドアがノックされたので返事をするとメイドさんがポットとグラスが乗ったトレイを持って入ってきた。

 鉄格子付きの部屋なのに女性が一人で入ってきてもいいんだろうか?

 ふと思ったがコンテナをぶつければ壁なんて簡単に壊せそうだ、鉄格子なんて意味がないと兵士やメイドさんも思っているのかもしれない。


「コンテナをぶつけられて壊れた家、私の家なんですよ」


「えっ?」


 ポットからグラスに液体を注ぎながらメイドさんが言った。


 めっちゃ睨んでる、すごく憎悪を感じちゃう。


「つい先月新築したばかりだったんですよ、夫と二人でお金を貯めるまでに10年かかりました」


「そ、その、ごめんなさい」


 俺が悪いのか? いや俺も悪いかもしれないが半分以上は兵士達の責任だと思う。

 あんなのが出るとは思わなかった、兵士達も思っていなかったっぽい。

 じゃあ不幸な事故だな。

 誰も悪くない、自然災害のようなものだ。

 諦めてくれないかな?


 グラスを手に取り口につける。


 しょっぱい。

 ミリアーナさんが注いでくれた飲み物は濃い目の塩水だった。


「補償金は出るらしいので、また建て直せるんですけどね」


「えっ?」


 じゃあ何で睨まれているんだ?

 思い出とかあるからか? いや、新築だってことだからそんなに思い出も無いだろう、いやいや、新築でも思い出はあるか。


「建て直すまで住む家がないんですよ、寮も埋まってて入れないんですよ」


「ごめんなさい……」


 事情はわかったが責められても困る、お金も無いし助ける手段なんて思いつかない。

 いや、ちょっとまてよ?

 スキルコンテナでなんとかなりそうな気がする。

 一度スキルコンテナを発動させてから徐々に使い方や出来ることが理解できてきているようだ。

 自分で何かをしたわけでもないのに理解できているというのは不思議な感覚なのだけども都合はいい。


「住む場所だけならなんとかなるかも……壊れた家のところまで連れて行ってくれませんか?」

「本当になんとかなるんですか? じゃあ、今からいきましょう」

「えっ?」


 今からっていいのか?

 鉄格子のある部屋になんかいれるぐらいだし、勝手に外に出したら駄目なんじゃないのか?

 明日以降のつもりで言った言葉に今すぐという返事が返ってくるとは思わず唖然とする。


 そして、そのまま本当に壊れた家の場所まで連れていかれた。

 コンテナが突き刺さったままで酷い状態だ。

 途中で兵士を何人か見かけたがミリアーナさんの顔を一瞥すると目を逸らして通り過ぎていった。

 へたれどもめ・・・俺も逃げたい。


「さあ着きました、なんとかなるんですよね? さっさとなんとかして下さい、なんとかならなかったら……」

「はっ、はい!今すぐ!」


 まずは突き刺さっているコンテナを消そうと念じる。

 と、簡単に消すことができたのだが。


 ガラガラガラっと、支えを失った部分が崩落した。


「あああっ! 何で悪化させてるんですか!」

「ここからが本番ですから、ちゃんと直しますから」


 鬼の形相であろうミリアーナさんを見ないようにしながら壊れた家に向かって右手を突き出す。


「スキルスタート・コンテナ」


 壊れた家のあった土地に、次の瞬間には一戸建てサイズのコンテナが出現していた。


「えっ?」

「さあ中に入ってみましょう」


 唖然とするミリアーナさんの手を引っ張って一戸建てコンテナの中に入る。


「壊れる前の家と同じ……家具まで……」

「これでなんとかなりましたよね」


 ドヤ顔で宣言する。

 コンテナの中はごく平凡な家屋になっていた。


「ええ……でも外観がコンテナというのはちょっと……」


 鬼の形相を困惑顔に変えたミリアーナさんがごねる。

 というかあまり驚かないのな、初めてスキルコンテナを使ったのを見た兵士達はみんな凄く驚いていたのに。

 驚いているのは間違いないが立ち直りが早過ぎる。

 今回は何かを壊したわけではないが、同じぐらい衝撃的かつ理不尽な事が起こっていると思うのだが。


「贅沢は言わないで下さい、解決しましたし私は帰りますよ」


 そういって詰所とは逆の方向へ走り出した。

 スキルなどという魔法みたいなものが存在することから考えて、ここは地球ではないのだろう、いわゆる異世界転移とかいうやつだ。

 家は自分でなんとかなる、後はスキルコンテナを使って成り上がればいい、家を壊したり家をつくったり以外にも色々できそうだ、どこへ行っても重宝されるだろう、もう牢屋に用はない。


「はっ!」

「ぐえっ!」


 そして次の瞬間、後ろから追ってきたミリアーナさんに腕をとられ、足を払われ組み伏せられた。

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