第10話 その子たちは引き取ります
しばらくして、馬車に三人の人間が入ってきた。
馬車の主であるヤルスと、助けに入ったサツキ、ジェットの二人である。
シオンが気を失ってから二時間あまりが経過していた。
三人はあのあと、残りの残党を倒していた。
形勢が逆転してからの戦いはあっけなかった。
まず、ジェットの守りは絶対に破れず、サツキのヒットアンドアウェイによる攻撃は確実に敵の数を減らしていった。
その間、ヤルスは無理をせず防御に徹し、機を伺っているだけでよかった。
自分と相対している敵も、仲間が減っていく状況に混乱していたし、難しいことではなかった。
そうして全ての敵を排除し終わったあと、盗賊たちの持ち物から使えるものを集め、死体の処理をしていたのだ。
「さて、これからどうしますかね」
ヤルスが切り出す。
実際、ヤルスは頭を悩ませていた。
馬車と家財は無事とはいえ、ほとんどすべての奴隷を失っていたからだ。
残ったのはセイレーンとシオンだけである。
「とりあえず、自己紹介をしておこう、そっちの子も目覚めたみたいだしな」
ジェットが、口調の割には気弱げに声をかけてくる。
アッシュグレーの髪に、赤銅色をした肌を持つ、騎士である。
戦闘中に盗賊どもも言及していたが、魔人族の特徴だろう。
精悍な顔つきをしてはいるものの、どこか情けなく下がった眉に、温和そうな性格がにじみ出ている。
だが、その身体はすべてをはじき返すほど、強靭に鍛え上げられていることをヤルスは知っていた。
「そうでした。自己紹介もまだでしたね。それから助けていただいたお礼の話をしましょう」
ヤルスは答えた。
「この先のレッテンの街で奴隷商をしていやした、ヤルスと申します」
「私は、ジェイスリード=ライオード。騎士見習いだ」
「私は、サツキ=シドゥーク。同じく騎士見習いよ」
そう言ったのは長い黒髪をポニーテイルにした美しい女性騎士であった。
背も女性にしては高く、グラマラスな体型は見るものを虜にさせるものがある。
「ライオード!? それにシドゥークって……」
「ああ、私はライオード侯爵家の三男、そしてこちらはシドゥーク大公家の次女だ」
とんでもない発言が飛び出してくる。
ライオード侯爵家といえば、アルバシア王国の三公爵家に次ぐ大侯爵家であるし、シドゥーク大公家とは言わずもがな、三公爵を代表する王国の柱である。
その公爵の次女とは、王家にも嫁ぐ可能性のある、本物の「姫」であった。
「こ、これは失礼を致しました。どうかご無礼の数々、お許しくださいませ」
ヤルスは急いで頭を下げる。
「そうかしこまる必要はないわ。私もジェットも騎士見習いとしてトゥーライセンを目指す身。いつ死んでもおかしくない、言うなれば旅立った時点でただの冒険者よ。実家もそれを承知で旅に出しているわ」
「ああ、私たちの家には既に優秀な兄たちがいるからな。それにトゥーライセンから凱旋し、正騎士として認められれば、兄様たちの役にも立てるというものだ。」
ジェットも同意する。
「それに、そなたも気づいているだろうが、私たちが嘘をついている可能性もある。家紋も持ってはいるがこのような場所で出すものでもないし、何より家に頼るつもりもないのだ。権威を傘にきるつもりはない。ただの冒険者として接してくれればいい」
その程度はお見通しか、とヤルスは思いながらも、誰が嘘で大公家と侯爵家を持ち出すかよ、と心の中で毒づいた。
――大体、育ちが良すぎるぜ。本物だって一発でわからぁ。こっちは人間を見る商売してんだからな。
となるとヤルスの気がかりは助けられた礼の金額だけだった。貴族の身分をかざし礼金をふっかけるつもりはないらしいことはわかったが……。
「承知しました。では、お礼の件ですが――」
「いや、それには及ばない。我らは騎士だ。王国の外においても、人を助けるのは当然のこと――」
「待って、ジェット」
そこにサツキが割り込んでくる。
「私はその子たちが欲しいわ」
サツキがシオンとセイレーンを指す。
「こ、こいつらは勘弁してくださいませんか。なにしろ最後に残った商品でして……。こいつらを差し出せばあたしは文無しだ」
別にそんなことはなかったが、いくらなんでもこのシオンとセイレーンで最低でも金貨一枚にはなる。
それにこれからこいつらを元手に商売をはじめなければならないのだ。
命を救ってもらったとはいえ、素直に差し出すのははばかられた。
「安心なさい。お金は払います。……ただ、今ここで私たちに売りなさい、ということよ」
サツキは答える。
「お、おい。どういうつもりなんだ」
その言葉に、ジェットはサツキの真意を測りかねた。
ヤルスもそれは疑問であった。
確かに、先の戦いでシオンが見せた復活は目を疑うほどのものであったが、魔法収納の中に何らかのマジックアイテムを持っていたのだろう。
シオンのような奴隷がそんなものを持っていたのは不可思議ではあるが、よく考えればシオンは転移者である。何を持っていたとしてもおかしくはないではないか。
あれほどの奇跡を起こせるアイテムをまだ他にも所持しているとは思えないし、たとえ持っていたとしても、もはやこいつは
「戦闘中に見ていましたが、あなたの奴隷の扱いは見過ごせません。その子たちは引き取ります」
サツキはそう言った。
「……なるほど、しかしあの場ではああするより仕方なかったんですがね。私も、死んだ奴隷たちも――。これでもあたしは同業の間では奴隷の扱いはマシな方なんだ。……まあ、お代を頂けるなら、お礼も兼ねてお売りするにやぶさかではありませんが」
ヤルスはどうやら代金をもらえると知って安堵した。
――これで奴隷は全ていなくなっちまう。いっそ王国に着いたら別の商売に転向するのもアリだな。
同時に自分の将来も既に考えはじめている。ここらへんは商人として非凡な才を持っているヤルスであった。
「おい、サツキ、いいのか。確かにこの子たちはかわいそうだが、私たちの金はアレを買うためのものでもあるんだぞ」
「いいのよ。これから冒険者として稼げばいいじゃない。他の冒険者たちと同じ条件になるだけよ」
サツキとジェットは多少の金を支度金として家から貰って出てきた。それは冒険者を続けて行くためにはC.C.Cと同様に必須な、あるものを買うためのものであったが、サツキはその金をここで使おうとしていた。
「どうせ、アレが必要になるのは、まだ当分先の話よ」
「……はぁ。わかったよ。君は一度言い出すと聞かないからな」
ジェットはいつものようにあきらめた。
ジェットは口には出さなかった。
それをサツキも察していた。
これから目に入る違法奴隷たちをすべて救っていくのか。いや、そんなことは不可能だ。であるならば、これは完全なるサツキの一時の自己満足である、と。
サツキは自分の偽善を恥じた。
しかし、この直感ともいえる衝動を抑えようとは思わなかった。
ただ、心のどこかで誓った。
いつか、私は……
その誓いはまだ明確な形を成していない。
だが、彼女の心の根幹を形作ったのかもしれない。
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