第2話 ようこそ
ようこそ
ここは地球とは違う世界です。
ファンタジーに出てくる異世界だと思ってほぼ間違いないでしょう。
いきなり連れて来られて驚くのも無理はありません。
しかし、今までにこの世界から地球へ帰還できたという情報はありません。
あなたはこの事態を受け入れ、ここで生きていく覚悟をしなければなりません。
そのためのアドバイスをここに記します。
なるほど、これは過去に転移してきた人物によるメッセージであるようだ。
まず、この世界にはあなたの他にも転移者がいます。
しかし、数は決して多くはありません。
共通点は「日本にいた」「孤児」であることくらいです。
行方不明になったとしても不自然のない人物、
または帰ろうとする意思が少ない人物が選ばれているようです。
シオンはたしかに、もう帰れないとなると寂しい気もしたが、特に家族がいるわけでもないし、時間さえ経てば簡単に割り切ってしまえる気もした。
この世界には魔法が存在します。
体の中に今まで感じたことのない力が目覚めたのが自覚できるでしょう。
それは特別な力ではありません。
この世界の住人は等しく持っている力です。
ステータス魔法など、最低限必要な魔法を記しておきます。
なんと、これは特別な力ではなく、しかも誰もが持っている力だったのだ。しかも、転移者にも特別な力、つまり
ステータス魔法とやらの呪文も記されていた。あとで使ってみよう、とシオンは思った。
その後も世界情勢や周辺地理などが書いてあったが、洞窟の壁に文章を彫るのも限界というものがある。情報は最低限のもののようだった。
最後に、これを書いた人のことが書いてあった。
私は山下五月。アルバシア王国シドゥーク公爵家の妾となって暮らしています。
訪ねてくだされば、少しならばあなたの助けになれることもあるでしょう。
あなたの幸運を祈っています。――サツキ・シドゥーク
シオンは思考する。
詳しくはないけれど、公爵の妾ってすごいんじゃないのか?
まあ、こんな彫り物をするくらいだ、当然何人もの人手と金がかかっているだろうし、多少修繕のあとも見られる。それなりに成り上がった人物というわけかもしれない。
しかし、問題はこの文字が彫られてからいったい何年経っているのか、ということだろう。
最悪、数十年、数百年が経過しており、サツキさんはすでに亡くなっているという可能性だってあるのだ。
とはいえ、第一の目的地としては外せないだろう。もし本人が亡くなっていたとしても、公爵家になにか遺言を残してくれているかもしれない。
それより今は魔法を試してみることにした。まずは≪ステータス魔法≫を試してみる。
「アーガルートス?」
意味はわからないけれど、日本語で書いてある呪文をそらんじてみる。
すると、シオンは目の前に、自分のステータスと思われる文字が見えるようになった。
――――――――――――――――――――
鷲獅子紫苑
人間 15歳 男 レベル: 1
クラス/なし ジョブ/なし
HP: 8/8
MP: 10/10
攻撃: 8
防御: 7
魔法防御: 9
敏捷: 11
器用さ: 12
――――――――――――――――――――
なるほど。この世界ではこういう扱いらしい。
HPとMPの横にはバーが表示されている。
ゲームそのものだ。でもなんだかバリバリとノイズが入り、数値がブレたりしている。こういうものなのだろうか。とりあえず消そうと思い、意識したら消えた。
もう一度呼び出そうとしたら今度は感覚で呼び出すことができた。いちいち呪文を唱えなくていいのは便利だ。
特にMPが減る様子もないし、表示したり消したりは自在なようだ。一以下で極微少に消費はしているのかもしれないが。
しかし、ゲームとかなら「かしこさ」や「運」なんかもあるのだが、さすがにそんなステータスを数値にするのは無理だろうか。
と、シオンが考えた瞬間に出た。
――――――――――――――――――――
鷲獅子紫苑
人間 15歳 男 レベル: 1
クラス/なし ジョブ/なし
HP: 8/8
MP: 10/10
攻撃: 8
防御: 7
魔法防御: 9
敏捷: 11
器用さ: 12
――――――――――――――――――――
知性: 7
運: 6
――――――――――――――――――――
区切りの下に出たが、どういう区別なのだろうか。
そんなことよりシオンにはツッコミたいことがあった。
知性:七って低いし!……運:六ってもっと低いけれど。
これってもしかして一般人の平均が十とかなんだろうか。だったらまあ十五歳で中学にもまともに通っていない自分は知性:七くらいが妥当なところだろう。
――いや、たしか知性と知識は違うのだったか。結局自分はバカだということで間違いないらしい。うぅ。
シオンは気持ちを切り替えて他の魔法も試してみることにした。
≪魔法収納≫という魔法だ。想像どおり、自分だけの収納空間にアイテムを入れられるようだが、少々特殊な仕様になっているらしい。
まず、MPを注ぎ込むと、自分だけの次元空間のようなものが膨らんでいくのがわかった。風船を膨らませる感覚と思って間違いない。
シオンはありったけのMPを注ぎ込んだが、その大きさは小さなかばんほどの大きさにしかならなかった。
落ちている石を入れてみると、問題なく収納され、その石の容量分が消費されているのがわかった。
確かに容量は小さいが、これは実際の小さなかばんとは明らかに違う、良い点がある。
それは、容量を余すところなく使えるという点だ。
実際のかばんなら、ゴツゴツした角ばったものを入れてしまえば、もう他には入れるスペースがなくなってしまうだろう。しかし、この魔法収納には、それを考慮する必要が全くない。
液体を入れるかのように隙間なく容量を使える。だから、見た目よりも物が入る。
また、入れたものが混ざらないのもメリットと言える。
ただし、デメリットもある。
実際のかばんなら、長いものでもハミ出させて強引に入れることができるが、この魔法収納には容量を超えるものは一ミリも入らない。
生物を入れられないのもデメリットの一つだろう。
とはいえ、とんでもなく便利である。MPが増えれば、容量もまた増やすことができるらしい。
むろん、この時点でこれらのメリットとデメリットをシオンがすぐに把握したわけではない。
だが、さまざまな可能性を感じ、シオンがこう思ったのも当然のことだ。
これがファンタジー世界だ。すばらしい。
シオンには、元いた世界に何ひとつ残してきたものなどなかった。それゆえ思考はすでに順応しはじめていた。
しかし、魔法といいつつ、あるのは便利系のものばかりであった。攻撃魔法などは見当たらない。この世界には攻撃魔法はないのだろうか。
さきほどシオンはステータスを一般人の平均を十とする、と予想したが、それは大きく外れてはいない。正確には一般的な成人男性を十とした数値である。
さらに言えば、この世界において、運とは十からプラスマイナスで二くらいの幅でしかなく、下限の八などほとんど存在しない。
……いや、
そしてシオンはそこにさしたる疑問を抱かなかったようだが、この運:六という数値がいったいどれほど異常であるのか、きちんと自覚すべきであったかもしれない。
シオンは十一歳のときに両親を事故でなくしている。さらに四年後、つまり今から数十分前には火事で死にかけ、おまけに異世界へと転移させられている。それほどの低ステータスであった。
運:六という数値はこの異世界において顕著に、そして速やかに効果を発揮することになる。
確かに、情報を得るという行為は身を護ることにはじまり、あらゆるリスクを下げ、優位に立つために必要不可欠な行為であることは間違いない。
しかし、シオンはこの時、情報などかなぐり捨ててでも、行動を開始するべきであった。自身の運の低さを確認できたまではよかったが、その危険性、緊急性に気づけなかったことは致命的であった。
シオンは壁の文字を読むのに集中していたせいで、洞窟の入り口に男が近づいてきたことに気づけなかったのである。
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