第18章 幻の桃源郷

第285話 瞬間移動

 松丸藩の重鎮であり、盟友でもある東元安親公から、会って話しがしたいという旨のふみが届いてから、十日が過ぎていた。


 この間、海賊団退治の後始末に追われていて、なかなか訪問する機会が得られていなかった。まあ、正直に言うと、現代における大学でのレポートなんかが貯まっていたせいもあるのだが。


 江戸時代では、阿東藩主や周辺諸藩の大物と頻繁に会っており、八代将軍徳川吉宗公とも面識がある俺なのだが、現代においては一介の大学生に過ぎない。

 そのギャップは、なんというか、大きすぎるものがある。


 これはつまるところ、俺なんか三百年の技術力の差がなければ、単なる一平民に過ぎないわけであって、人間的にまったく大物でもなんでもないことを示している。


 そうは言っても、江戸時代である程度責任ある立場になってしまった以上、そういう風に振る舞う必要があるし、断れない重要な会談の申し込みだってあるのだ。


 めんどくさい立場になってしまってはいるが、それでも第二の人生……正確には『平行した人生』を送っている俺に課せられた使命なのかもしれない。


 そんな風に格好を付けているが、実際には時空間移動装置『ラプター』には相当助けられている。

 時間を移動するという部分では、これはどうしようもない制約として、約三百年前のある時点にしか戻れない。

 たとえば、三百五十年後とか、四百年後とかには戻れないのだ。


 叔父によれば、螺旋階段のようになっている時間軸の特性によるもので、そこに穴を開けて一つ下の階に降りたような感じなので、それはどうしようもないのだという。


 ちなみに螺旋階段の二層分に穴を開ければ約六百年前、室町時代へと移動できるが、これは叔父が使用しているラプターとなる。


 ところが、『空間移動』に関しては、自由度がぐんと高くなる。


『一度登録した地点に、出現することができる』というのは、事実上の瞬間移動を可能としてくれているのだ。


 ただ、その場合も必ず『時間移動』を伴わないといけないのだが、『ツインラプターシステム』により、時間の一往復に限ってほとんどノーウエイトで実行できるので、例えば阿東藩と江戸の街中であれば、数百キロ離れているのだが、一秒以下で移動できる。


 実はこれ、現代であっても同様で、東京と大阪であっても瞬時に移動可能だ。


(ただし、二往復するのであれば3時間空ける必要がある)


 つくづくとんでもない大発明だと思うのだが、物理学者の叔父によれば、一度でも誰かがそれを実行してしまうと、現代ー江戸時代ー現代の往復ができるのは最初に実践した……つまり、俺だけになってしまうのだ。


 そして、江戸時代ー現代ー江戸時代の往復ができるのもまた、最初にそれを実践した優だけとなっている。


 これは、なんか量子力学の『観測者問題』とやらが絡んでいるようで、『観測(実践)できるようになった途端に結果 (この場合、時空間異動者)が固定されてしまう』という事実によるものらしい。


 難しい理論はともかく、この『事実上の瞬間移動』によって、俺は阿東藩と松丸藩と江戸と現代を一日の間に全て回る、ということを可能にしているのだ。


 これは大助かりであり、逆にそうでなければ物事の段取りができないところだ。

 だったら、松丸藩からの面会要求に対してもっと早く対応できたのではないかと思われるかもしれないが、ぶっちゃけ、言い訳を考えるのが面倒だったんだよな……。


 海賊団、仙術で壊滅させたって言えば、どんな仙術かって聞かれるのは明白だし。

 阿東藩の海軍戦力で倒したと言えば、それは向こうもそうではない事ぐらいは情報を仕入れているだろうし。

『黒鯱』に関しても、どういう関係になったのか根掘り葉掘り聞かれるだろうし。


 ここで正直に、


「『黒鯱』当主の一人娘が、俺の嫁候補として、二年を目処に阿東藩に移り住む事になりました」


 なんて言ったら、それこそ大騒ぎになりかねない……安親殿とは、一時、涼を巡って、どちらの嫁にするかで争っていた経緯もあるし。


 そういった諸事情が絡んでいて、あまり気は進まなかったのだが、会談を急かせる二回目の文が来たこともあって、とりあえずは概要だけでも話することになった。


 そしてこれがきっかけで、一年以上も孤立している幻の集落、そしてそこに住む、外の世界を知らぬ複数の美しい少女達と知り合うことになるのだった。

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