第271話 電動船外機

 電動船外機の取り付けと、潜入するための資材の準備で、手分けして作業しても計三十分ほど時間がかかってしまった。


 彼女が今どんな目に遭っているのか、ぐるぐると頭の中を巡っていたが、この後はそんな憂いを跳ね除けて集中しなければ命に関わる。


 深夜三時、みんな疲れているはずなのに、誰一人として泣き言を言わない。

 海留さんたちも、俺が薰を助け出す前提で、その後の作戦を練っている段階だ。


 今回、阿東藩で誘拐事件が発生してしまった。

 ならば、藩としても海賊団との対決に臨まねばならない……そういう理由で、源ノ助さんや三郎さんもその会議に加わっている。


 ただ、海留さんのみ、


「もし、薰が生きて帰って来ることができなかったとしても」


 を話に織り込んでいる……辛いだろうが、それを考えないといけない立場だと思っているのだろう。


 そして俺の元には、凜から眠気覚ましの『シャキメーガアルファ』が届けられた。

 徹夜作業で海に出て、船を操縦中に居眠りをしてしまうと大事故に繋がる、という配慮だろう。

 薰の危機に目が冴えている状況ではあるが、自分自身が気付かないうちに疲労を抱えてしまう可能性だってある。ここは素直に飲んでおくことにした。


 なお、ゴムボートは本来、黄色のものであったが、それだと目立ちすぎるので、以前から茶色に塗っていた。このおかげで、まだ暗い今のうちであれば見つかりにくいはずだ。


 荷物も、仙界の便利な道具を積めるだけ積んでいる。

 ただ、やはり武器の類はほとんどない。

 今回は海水をかぶる可能性が高いので、スタンガンなどは積んでいない。どちらにせよ、接近戦になるような状況であれば、それは失敗を意味する。

 汎用的に使用できる、折りたたみナイフのみが、せいぜい武器と呼べるかどうかというところだった。


 鉄砲どころか銛の一つも持たない俺に、海留さん達は懸念を示していたが、その代わりにいくつか敵を揺動、攪乱させるアイテムを持っている。

 それらを紹介したかったが、さすがにその時間が惜しい。


 たった一人、俺は敵地に乗り込むために、電動船外機をスタートさせる。

 凜の火打ち石による厄除けを受けながら、俺は夜の海へと舞い戻った。


 電動船外機によるゴムボートの移動速度は、通常のエンジンのものよりは幾分劣るが、手こぎよりは十分に高速だ。

 それでも、大回りして足羽島に乗り込むため、辿り着くまでは一時間以上かかる。はやる気持ちを押さえつつ、操作に集中する。


 月夜であるため、ライトは必要ない。

 音も静かなので、向こうから発見することは難しい……そう思っていても、徐々に島が近づいて来るにつれ、緊張してくる。


 もし発見されていて、鉄砲で狙い撃ちされたなら……。

 弾が急所に当たったならば、ラプターによる緊急脱出など関係無く、即死してしまう。

 そう考えただけで怖さを感じてしまうが、今、もっと怖い目に遭っている薰の事を思うと、これ以上逃げる訳にはいかなかった。


 うっすらと空が明るくなりかけた頃、俺はようやく、足羽島の裏側に辿り着いた。

 こちら側は、見上げるような断崖だ。こんなところから上陸できるなど、考える者はいないだろう。


 幸い、ここに来る途中でも、誰にも発見されていないようだ。また、予想通り見張りなどもいなかった。

 潜入場所は、ある程度あたりを付けることができた。


 三百年後、つまり現代の写真しかなかったのだが、その特徴的な岩肌はほとんど変りが無かったのだ。

 そして俺は、この足羽島の侵入に向けて、急いである装備を調えたのだった。

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