第261話 黒鯱についての駆け引きと薰の処遇

『前田美海店』は、夜の部にて、貸し切りで宴会が開かれることが多々ある。

 なので、その日も貸し切りになっていることに疑問を持つ人はいなかった。


 この酒宴の場に居るのは、俺と三郎さん、そして事情を知っている源ノ助さん。

『黒鯱』側は、海留さんとその実の娘の薰、親戚筋の徹さん、登さんの四人だ。


 海留さんと一緒に来た護衛役の二人は、近くの旅籠はたごで待機してもらっている。おそらく、薰についての話は、護衛役にも聞かせたくなかったのだろう。

 徹さん、登さんの二人がいるから、護衛は必要ない、という判断かもしれない。

 海留さんが、


「お前達は同席するな」


 と一言命令するだけで、二人ともあっさり引き下がった。彼の権限の強さがうかがい知れる。


 とりあえず、料理でもてなして、歓迎ムードを創り出す。

 海留さんも心得ているようで、給仕としてたまに料理を運んでくる優、凜、ユキやハル、涼の姿を見て、


「この店の店員は、別嬪べっぴんだらけだ」


 とお世辞? を言い、場を和ませてくれた。

 薰が、


「さっきの女の人達、みんな拓也殿の嫁です」


 と余計な一言を言うと、さすがの海留さんも驚いていた。


「……なるほど、拓也殿はお目が高い、ということか」


「父上、先に言っておきますけど、あの人達は皆拓也殿に惚れ込んで、自分達から嫁になりたいと申し込んだ方々なんですよ。そして今、本当に幸せに暮らしています」


 薰は、なぜかそんなふうにフォローしてくれた。


「そ、そうか。まさかお前がそのように言うとはな……ここに来て大分、変わったな。お前も随分女っぽくなっているではないか」


 海留さんのひと言に、隣に座る薰は、赤くなって下を向いた……その仕草がちょっとかわいい。

 ちなみに薰の今の姿は、男女兼用の簡素な浴衣姿だ。


 その後、出された料理の刺身はもちろん、天ぷら、煮物、そしてエビフライという変わった料理に驚きつつも、その味を絶賛してくれた。

 この時点では、比較的友好的に話ができているように思われた。


「……拓也殿、阿東藩沖を商船が往来することに関して、頼りになる護衛は欲しくねえか?」


 少しだけ酒が入ったところで、海留さんがいきなり本題を切り出してきた。


「……護衛、ですか……そうですね、幕府からお咎めを受けない、合法的な護衛なら、ぜひ欲しいですね」


 俺はそう切り返した。

 今まで盛り上がっていた場が静まる。

 給仕をしていた嫁達は、空気が変わったことを察して、静かに部屋を出て行った。


「……なるほどな。『黒鯱』の助けはいらない、ってことか」


 松丸藩のとある漁村の長、という仮面を脱ぎ捨て、彼は、堂々と『黒鯱』という言葉を口にした。


「……大きな大砲を持つ軍艦に、直接護衛を依頼したとあっては、それが露見すれば、藩自体に謀反の懸念がかけられるかもしれませんから」


「ふむ……ならば、どうする? 俺をここまで受け入れた、ということは、何か策を考えているのだろう?」


 確かにその通りだ。全面的に突っぱねるつもりなら、わざわざ接待するような真似はしないのだ。


「俺は、直接取引はできない、という意味のことを言ったので。だから、例えば、商船に乗っている船乗りが、自らの命を守ってもらうために護衛艦を雇ったというのであれば、俺達にはなんの関係もない話です」


「それで運送費用がつり上がったとしてもか?」


「……我々が運んでもらおうとしている品物は、絹の反物です。運んでもらう大きさの割に、単価が高い。そうそう腐るものでもなく、保存が利く。海賊に狙われやすい商品だと分かっています……商船の船員が運ぶのを恐れる以上、警護に金がかかって、多少値段がつり上がるのは仕方無いことだと思っています」


「なるほどな……俺が提案しようと思っていたことぐらいは想定済みってことか。ならばもう一つ……俺達の船、『黒鯱』は、一般の商船は決して襲撃しない。そのことを、阿東藩のお偉いさんに伝えてもらいたいのだが、それは可能か?」


 もう海留さんは、まったくなんの比喩も使わず、直接言いたいことを言ってくる。


「……『黒鯱』と呼ばれる船が、少なくとも松丸藩では海賊団以外には一切危害を加えていない、という話題は、俺と阿東藩主との直接会談の中でもしょっちゅう出てきていることです。阿東藩主は、今のところ『黒い帆船』が敵とは思っていないはずです」


 これは、阿東藩の護衛船が『黒鯱』を見かけても、敵と見なして攻撃しない、ということを意味する。

 無用な争いを避けたがる彼等にとって、これは重要な事柄のはずだった。


「ふむ……すでにそれも対策してくれていたか。それはありがたいし、さすがは噂の仙人殿、というところか……それではもう一つ。本当に拓也殿が仙人なのであれば、仙界の強力な武器を譲ってもらうわけにはいかないだろうか。もちろん、それなりの金は用意する」


 これは少し意外な問いかけだった。

『黒船』の当主からこれを言われる可能性は低いと思っていたが、かつて阿東藩主からも同じ内容を言われたことがあるので、その回答は用意している。


「いえ、残念ながら仙界は太平の世であり、俺のような一般の人間は、戦に使うような武器を持つことを禁じられています。猟師でないかぎり、鉄砲一つ持つことはできない。今、『黒鯱』に搭載されている武器の方が、よほど強力なのです」


「……ふむ。その言葉の真偽はともかく、金で武器を譲る気はない、ということだな……まあ、それは仕方無いか」


 あったとしても、譲らない。海留さんは、俺の言葉をそう捉えたようだ。

 ここまでの会談は、まあまあうまくいっている。


『直接取引する気はないが、阿東藩沖で商船の護衛をすることに関しては、俺や阿東藩主は邪魔をする気はないし、商船を通じて金が流れることになるとしても黙認する』


 という、間接的な関係は提案することができた。


「……では、これが最後だ。聞いていると思うが、俺の娘、薰についてだ。知ってのとおり、薰は女子(おなご)。そろそろ年頃だし、『黒鯱』からは降りて、陸地で生活してもらいたいと思っている」


 来た。

 言われる可能性が高いと思っていた案件だ。

 俺も薰も、それを受け入れる覚悟も準備も、整っている。

 二人揃って、心を落ち着かせるためにお茶をすする。


「拓也殿……薰を、嫁にもらってくれねえか?」


「……ぐほぉあぁ!」

「うぐぅっ!」


 俺と薰は、海留さんの言葉を聞いて、同時に盛大にむせた。

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