第220話 番外編15-17 治安維持
現代の……それも、物理学者である叔父に無理に頼んで作成してもらった『
この事実に、俺は結構落ち込んだ。
『仙術なんて言っても、
『竹刀しか持たぬ相手に突き飛ばされるなど、前田拓也など、恐れるに足らぬ』
という、嘲りの声が聞こえてくるようだった。
しかし、実際のところは想像と違った。
『あの伊東武清と引き分けた』
という、絶賛の声の方が圧倒的に多かったのだ。
どうやら、彼は俺が思っていたよりもはるかに凄い人物だったらしい。
さらに、俺が引き分けで落ち込んでいるということ自体も、噂をあおり立てているようで、決着をつけるための再戦はいつなのか、という問い合わせまであるという。
俺は前田邸にて、早朝から嫁達といっしょに今後の対応を相談していた。
「あの剣豪と引き分けたんだから、大した物だと思う。落ち込む必要はなく、胸を張るべきだと思う」
と、元々は侍の娘であるナツが慰めてくれる。
「そうですね……拓也さん、今回はちょっと頑張りすぎましたから。でも、あんなにムキになるなんて思っていませんでした……負けても何も失わないって分かっていたのに、どうしてあれほど必死に向かっていったのですか? 私も、『懲らしめてあげましょう』なんて、軽はずみなことを言ってしまいましたけど……」
優の目は、俺のことを本気で心配しているそれだった。
「ああ、それは、本当は俺が強いってみんなに思ってもらいたかったからだよ」
「……拓也さんが、強い? ……いままでそんな風に言ったことなかったですよね?」
凜が、怪訝そうな表情でそう尋ねて来た。
「ああ、本心では、少なくとも家族にはそんなふうに思われたい訳じゃないんだけど……」
と、そこまで話したところで、庭のポチがけたたましく吠え始めた。
滅多に訪れたことのない人物、それも男の来客のようだ。
「私、見てくる!」
と、ユキが小走りに駆けていき、そして血相を変えて囲炉裏部屋に戻ってきた。
「い、伊東武清さんが来たぁ!」
慌てた様に、叫ぶようにそう報告してきた。
「な……いったい、なんの用で……再戦の申し込み? いや、まさか、引き分けに終わったことに腹を立てて、まさかの討ち入り!?」
「ううん、源ノ助さんと三郎さんも一緒だから、それはないと思うけど……」
ユキのその一言に、ほっとする。
とりあえず笑顔で出迎え、客間に上がってもらった。
来客ということで、女性陣はお茶の準備とかをこなしてくれる。
ちなみに、武清さんもひどく落ち込んでいた。
そして彼は、まず俺に、だまし討ちのような方法で試合の場に引きずりだしたことを詫びた。
本気で優を奪おうとしていたのではないということも。
それは事前に知っていたことだし、むしろ本心を先に俺の耳に入るように仕向けてくれたのもまた、武清さんだと知っていた。
不満がないとは言えないが、チートな武器を使って『白目をむいて気絶させる』という恥をかかせた訳だし、これ以上何かしてもらおうと思っても、すぐに思いつくものでもない。
ただ、武清さんとしては、何かの形で償いはする、と考えているようだった。
源ノ助さんと三郎さんは、俺と武清さんとの間柄がこれ以上こじれないようにするためと、もう二度と再戦をしないという約束の立会人となるために、付き添いでやってきたのだという。
「それにしても、拓也さん……あんた、天下の伊東武清と引き分けて、それでなお落ち込んでいると聞いたんだが……本当なのか?」
三郎さんが、ちょっと面白そうにそう聞いて来た。
「えっと……ま、まあ、仙界の武器を不意打ちのように使用してなお勝てなかったことに、残念だと思ったのは事実です」
「……では、本当に本気で戦ってくれたということだな……俺の無茶な要求に全力で応えてもらったことに感服の思いです」
と、武清さんはまた頭を下げた。
「いえ、武清さんは竹刀でしたから……それに、結果として俺がそれなりに強そうだと思ってもらえたみたいなんで、それはそれで良かったのかなと考えています」
「……はて、拓也殿、貴殿はそれほど剣の強さを望んでおりましたかな?」
源ノ助さんが不思議そうに尋ねて来た。
「いえ、全く。でも、そう思われるべきだと、最近考え始めたんです」
「ほう、それはまた、どうして?」
「自分の家族や、従業員……ひいては、阿東藩の女性や子供など、立場的に弱い人達を守るためです」
俺のこの答えはよほど意外だったのか、来客の三人はもちろん、嫁達も驚きの声を上げた。
「……なるほど、誰かが、もしあんたの家族や従業員に下手に手を出すようなことをすれば、伊東武清を倒すほどの仙人である前田拓也が黙っていない……そう印象付けようとしていたわけだな」
三郎さんがニヤリと笑みを浮かべながらそう言ってきた。
「……まあ、そういうことです。それで彼女たちが少しでも安全になるならば、と考えていました」
俺のこのセリフに、源ノ助さんは
「いかにも拓也殿らしいですな……感服致しました」
と、半分呆れたような、しかし半分褒めるような感じで言葉をかけてきた。
「……阿東藩は、次第に豊かになってきていると思います。それでも、犯罪が全くない訳じゃない……源ノ助さんも知っての通り、この前田邸に強盗が入ったこともありました。そしてついこの前も、姉御……お琴さんが誘拐される事件がありました。それを救ってくれたのは武清さんだったんですが……俺は、結婚相談のまね事のようなことをしていましたが、あの事件以降、考えていたんです。女性も安心して生活できるような環境にする方が先なんじゃないかって」
「……確かに、夜中に女性の一人歩きができるほど治安が良いって訳じゃないからな……でも拓也さん、そんなことを考える余裕があったのかい?」
三郎さんの質問は、さっきと違って真剣だ。
「もちろん、優が賭けられているっていうときはそれを考える余裕はなかったです。でも、武清さんが本気で優を奪うつもりじゃないって知って、少し頭が冷えて……これって、あの仙人はたいしたことないっていう事になってるんじゃないかって、それを覆せる好機なんじゃないかって考えたんです」
「……なんということだ……俺は拓也殿と本気で戦う事だけしか考えていなかったが、貴殿はその先を……家族や従業員はもちろん、阿東藩全体の治安のことまで考えておられたのか……なるほど、器が違う……」
武清さんは、目を丸くして驚いていた。
「では、私からも提案したい……私や武清殿はもちろん、秋華雷光流剣術道場の門下生達にも、阿東藩の治安維持の為に働いてもらう、というのはどうですかな?」
源ノ助さんが、にこやかな表情でそう語った――。
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