第169話 人脈
明炎大社の社務所を訪れ、『巫女長補佐』の茜に会いたいことを事務の巫女さんに伝えたところ、彼女は慌てたように神社の奥へと走っていった。
不思議に思っていると、
「……あの方、私が巫女の仕事をしているときにお見かけしました。簡単な接客なんかを教えてくださった方です。ほんの少しの期間だったので、すぐには思い出せませんでしたが……」
隣の優がそう呟く。
彼女は巫女として、この明炎大社で数日間、現代で言うところのアルバイトをしていたのだ。
そして妹のアキを助け出す際に、「第二の天女」として正体を明かし、境内から忽然とその姿をかき消した人物でもある。そう考えれば巫女さんの慌てぶりも納得がいく。
ちなみに、俺も職員として働いていたのだが、あの大騒ぎの時には般若の面を被っていたし、誰も覚えていないだろうな……。
しばらくして、茜が小走りで近寄ってきた。
「……拓也様、優さん、お久しぶりです!」
満面の笑顔を浮かべる茜。前見たときより少し大人っぽく、そしてより綺麗になっている。
タイプは異なるが、優に比肩するほどの美少女である茜の登場。しかし、すぐ隣に嫁がいる身だから、胸を高鳴らせるようなことはない。たぶん。
「やあ、申し訳ない、急に来てしまって……
「いえ、今日はちょうど私も公務がなかったので良かったです……拓也さん、一層たくましくなられましたね。優さんも、ますます綺麗になって……」
……うーん、これはお世辞なのか、本音なのか。
まあ、優が当時より大人になって綺麗になっているのは確かだけど。
お付きの巫女さんと共に、社殿の奥へと案内される。VIP待遇で、なんだか申し訳ない。
歩きながら近況報告。
優が妊娠したことを告げると、
「本当ですか! それはおめでとうございます!」
と、まるで自分の事のように目を輝かせて喜んでくれた。
そして彼女の兄であり、宮司代理でもある
あいかわらず男前だ……写メを撮ってアキに持って行ってあげたら喜ぶかな……。
彼も優の妊娠を喜んでくれ、戌の日ということもあり(この日を選んで訪れたのだが)、安産祈願のお祈りも光宗殿自らが行ってくれた。
お礼として、初穂料の入ったのし袋を正絹の
「……これは……」
その美しい絹の光沢に目を奪われる宮司代理。
「この袱紗の生地は、阿東藩で生産されている生糸を基に作成されたものです」
「これを……前田殿が作成しておられるのですか?」
「いえ、私が携わっているのはまだ生糸生産までです。そこからの機織りや裁断、縫製、流通は『黒田屋』という卸問屋にお任せしています。ですので、もしご興味がありましたら……」
「……なるほど、前田殿は名うての商売人でもありましたね。この明炎大社に出入りしている業者に、『阿東藩の絹は手に入らないか』と、この袱紗を見せながら尋ねてみればいいということですね」
うーん、さすがは若くして宮司代理を任せられるだけのことはある。俺が言おうと思っていたことを全部理解してくれた。
ちょっと苦笑いしながら頭を下げたところ、
「これだけの品質の物、私も初めて見ました。是非ともそうさせていただきます」
と、彼も笑顔で頷いてくれた。
たったこれだけのことであるが、大きな商売のきっかけになる事がある。
ましてや江戸に於いて、『前田拓也』の名はまだほとんど知られていない。ここは人脈を有効に活用させてもらおう。
宮司代理は忙しいお方で、今回は特別に時間を取ってもらっていた。
なのですぐに俺達は退出し、再び茜と俺、優、そしてお付きの巫女さんの四人で社務所に戻る。
帰りは緊張もほぐれ、和気藹々とした雰囲気に。
話題が明炎大社で一時期『天女見習い』として修行していたナツ、ユキ、ハルのことになると、
「その三人と、私の姉も、今では拓也さんの正式なお嫁さんなのですよ」
と、余計な一言を嬉しそうに語る優。
……当然、「えっ?」と目を見開く茜。
「……えっと、あの……言ってはいけない事だったのですか?」
「い、いや、本当の事だし、全然問題無いよ」
自分自身でもちょっと動揺を隠せていないのが分かる。
「そ、そうですよね、拓也様は大商人でいらっしゃいますものね、お嫁さんの四人や五人……」
茜は驚きを隠さないまま、そう言葉にした。
「あ、えっと……実はもう一人増えそうで……」
「え、じゃあ……六人……」
……さすがに茜、目が点になっている。
お付きの巫女さんも、口が半開きになっていた。
すると、優が笑みを絶やさぬまま、
「私を含む全員、無理を言って拓也さんのところに押しかけたようなものなんですよ。ご迷惑とは思いながら、みんなどうしても拓也さんと共に生きていきたいって考えて……拓也さんの人柄に惚れ込み、お嫁さんにしてもらって……本当にみんな、幸せ者です」
とフォローしてくれた。
「……そうですよね。優さん、凄く大切にされているの、伝わってきますから。それに、
と、茜はそこで言葉を切り、俺と優の顔を見つめて、
「いえ、なんでもないです……」
と顔を赤くした。
優は、その茜の表情に何かを感じたようだが、それ以上は何も言わなかった。
そして、江戸で椎茸の直販店を始めることを話し、そのサンプルを見せると
「すごいです、こんな立派な椎茸が手に入るなんて……兄にも見てもらえば良かったのに」
と、予想以上の反応をしてくれた。
「じゃあ、明炎大社で使ってもらうこと、できるかな?」
「はい、もちろんです! 宣伝もさせてもらいますよ!」
と、これまた予想以上の答えだった。
「それはありがたい。だったら、店員も雇って本格的に準備しないといけないな……誰か売り子さんをしてくれるいい人、いないかな?」
「椎茸の、ですか? 巫女で良ければ、いくらでも紹介できますよ。
お付きの巫女さんに無茶ぶりする。
「えっ、私ですか? ……面白そう……」
と、意外に食いついてきた。
「いや、そんな、巫女さんの仕事が忙しいだろうし……」
「いえ、私は正式な巫女ではなく、
との思いがけない答え。
うーん……この子、真面目でしっかりしていそうだが、決して根暗なイメージはなく、むしろ笑顔がかわいらしい印象だ。
俺の話を常々聞いていた、っていうところ、どんな話だったのかちょっと気にはなるが。
「でも、椎茸を巫女さんが売るって……」
「あら、椎茸は霊験あらたかな食材ではないですか」
と、茜は意外そうに話してくれた。
「……そうか、この時代、椎茸は高価で、薬として使われたり、神秘的な印象もあるんだ!」
現代では安価に購入できる椎茸、その価値を見誤っていた。
「……でしたら、私、この格好で販売のお手伝いをすればいいんですよね?」
結はちょっと嬉しそうに、巫女の服の襟を引っ張ってみせる。
たしかに、こんなかわいい子が巫女の格好で椎茸を売ってくれたら、いかにも霊験あらたかでありがたそうな感じがする。
目立つし、まるで明炎大社公認のようなイメージも与えられるだろう。
「あともう一人ぐらいは、お手伝いに出せると思いますよ」
茜はぐいぐい押してくる。
「うん、それはありがたい。正直、どうやって店員を集めようかなって思っていたところだったんだ。ぜひお願いするよ」
「はい、ぜひ!」
――こうして、江戸での商売は、当初思っていたよりスムーズに事が進んでいった。
やはり、築いてきた人脈はありがたいな、と思ったのだった。
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