第155話 (番外編)第二期生(前編)

※今回は、現時点のストーリー展開から数ヶ月さかのぼり、『前田女子寮』第二期生が入り始めた頃のお話です。

※「優」の話の続きは、もう少しだけお待ちくださいm(_ _)m。


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 その日、数え年で十六歳になる一人の少女が、黒田屋の番頭と一緒に『新しい職場』へ向かっていた。


 名は『お沢』、元々黒田屋に預けられ、機織はたおりや裁縫の仕事をしていた、農民の娘だ。


 最近めきめきと頭角を現し、阿東藩内で黒田屋、阿讃屋と並ぶほどの勢いを持つ『前田屋号店』の当主が、絹織物の仕事にも手を広げ始めているという。


 黒田屋も絹織物を扱ってはいるが、主に絹の『反物たんもの』から着物を仕立てることが事業の柱で、『反物』自体は他所から仕入れている。


 今回、『前田屋号店』が取り組むのは『反物の製作』まで。つまり競合はせず、むしろ今後協力して事業をすすめていく関係なのだという。


 しかし、『前田屋号店』の当主は絹織物はもちろん、綿織物を作成した経験もない。


 そこで機織経験のある女性を捜していたらしい。

 その白羽の矢が当たったのが彼女だった。


 当分の間、『前田屋号店』の『女子寮』という施設に住み込み、他の人にもその技術を教える役目を担うのだという。


 給金も、少し上がる。

 なにより、仙人が当主と噂される、今話題の『前田屋号店』で働けることが嬉しかった。


 黒田屋の番頭が紹介してくれたその青年は、まだ若く、二十歳手前に見えた。


 彼は自分の名を『拓也』と名乗り、これからよろしく、と挨拶をした。

 お沢はぺこりと頭を下げ、


「はい、こちらこそ、どうぞよろしくお願いしますっ!」


 と大きな声で挨拶をすると、彼は


「うん、元気が良くていいね」


 と安心したような笑顔になっていた。


 まず、これから住むことになる『前田女子寮』へ案内してくれるという。


 大体歩いて四半刻(約三十分)の距離。

 道中、彼は現在の『前田屋号店』の状況を、簡単に説明してくれた。


『前田』と名前が付く、直接経営されている店舗は、鰻料理専門店の『前田屋』、大衆料理店の『前田美海店』、薬や雑貨を扱っている『前田妙薬店』、そして銭湯の『前田湯屋』で、これらをひっくるめて『前田屋号店』と称している。


 他に、これから向かう『前田女子寮』があり、ここには機織り機や縫製の道具が置いてあるので、ここに何人か住み込んで作業をしてもらっているということだった。


『前田』と名前がつく施設がこれだけあることに、彼女は素直に感嘆した。


 また、まだ絹の生産が本格的ではなく、さらに『前田美海店』で急に従業員が一人、事情があって来られなくなったので、最初はその店で給仕の仕事も手伝ってもらいたいが構わないか、と聞かれた。


 元来、人見知りしない性格のお沢は、もちろんそれも快諾した。


 道中、彼女はよく質問し、そしてそれに拓也も気さくに応えてくれたので、女子寮に着く頃にはすっかり打ち解けていた。


 そして目的地の建物を見た彼女は、

「うわあ、大きい……」

 と思わずつぶやいてしまった。


 彼によれば、もともとは『旅籠はたご』、つまり旅館だった施設を改修したのだという。


 なんと内湯まで完備しているが、最近は近くに『前田湯屋』ができており、そこには従業員特権で無料で入れるので、みんなそっちに行っているということだった。


 一緒に女子寮の玄関まで行くと、彼が『呼び出し』と書かれた、ちょっと飛び出た平板を押した。


 すると、建物の中からリンリンと音が響き、次に

「はーい、今行きまーすっ!」

 と声が聞こえた。


 しばらくすると、ちょっと年上っぽい、綺麗なお姉さんが出て来た。


「拓也さん、いらっしゃい……その娘が、例の黒田屋さんとこの子ね」


「は、はいっ! 『沢』と申します、よろしくお願いいたしますっ!」


 と、彼女は慌てて頭を下げた。


「うふっ、お沢ちゃんね。私は『梅』、よろしく……あら、みんな来たみたいね」


 後を振り返りながら発したその言葉に、お沢は建物の奥に続く長い廊下を見た。

 すると、後二人の女性がこちらに歩いて来ていた。

 二人とも、自分より少し年上ぐらいで、お梅よりは若く見えた。


 みんなで集まって、改めて事項紹介。

 梅、数え年で二十三歳。

 桐、同じく十八歳。

 玲、同じく十七歳。


 全員、彼女より年上だった。

 みんな明るくて、いい人そうに沢の目には映った。


 拓也とも仲が良さそう。ここの従業員は、彼も含めて雰囲気が良いんだな、と彼女は安堵した。


 他にも、『お鈴さん』と『ヤエ』という母子がいるが、昼過ぎまでは『天ぷら専門』の屋台で働いているためにここにはいないこと、あと、『お涼』と『お蜜』という二人の女性が住み込んでいたが、現在他の地に修行の旅に出ており、数ヶ月ほどで帰って来る、ということだった。


 ここで、引き合わせをしてくれた拓也は、他の仕事があるために帰ることになった。


 皆に見送られながら去っていく彼、ほんの少しだけ名残惜しい気持ちになった。


 そして彼女は、まずは持ってきた荷物を新しい部屋に置くことにした。


 案内されたのは、がらんとした何も無い六畳間。ただ、まだ後から何人か入ってくるので、共同部屋になる予定だということだった。


 次に、仕事場を見せてもらった。

 そこで彼女は、いきなり驚かされることになった。


 今までに見たことも無い、椅子に腰掛けて作業するように作られた、奇妙な形の物。

 三人によると、『みしん』という名前の縫製道具らしい。


 沢は興味津津で、

「これって、どうやって使うのですか?」

 と聞いてみると、三人の女性達は視線を合わせ、うふふっと笑顔を見せた。


「ちょっと、やってみせるわね……」


 お梅は椅子に座り、布を二枚重ね合わせ、その道具に取り付けた。

 そして器用に、足元の板を前後に踏む。

 するとその道具に取り付けられた輪っかが回り出し、カタカタと音がなる。


「……はい、出来たわよ。見て」


 と彼女が布を取り出すと……さっきまで二枚だったそれが、ごく短時間で見事に一枚に縫い合わせれていた。


「……すっ、すごいです! これって……どういう仕掛けなんですかっ?」


「うふふ、面白いでしょう? ま、これぐらいならば私達でも、ぎりぎり仕組みは分かるんだけどね……本格的な『仙界の道具』になると、もう本当に訳が分からないわ」


「じゃあ、やっぱり、本当に『前田様』は仙人様なんですねっ!?」


 彼女の驚きように、三人はもう一度、顔を見合わせて、笑った。

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