第125話 天女のもてなし

 いよいよ接待の日となった。


 日中は阿東藩の役人達と城で会合を開いたご老公一行。

 夜、接待の対象となったのはご老公様とお付きの五助さん、それに護衛のすげさん、がくさんの、計四名のみ。


 阿東藩の役人は一人として参加しないという異例のものとなった。

 これは、あくまでご老公様が『私的な宴』に参加したことにしたい、と願ったためだった。

 ここに俺も参加して、計五人分のお膳が用意されている。


 用意された宴会場は、阿東藩で一番豪華とも言われた『月星楼』の建物だ。

 あまりに高級すぎる料亭のため逆にお客が訪れず、阿東藩から撤退してしまった後に建物だけ残っているのだが、未だに買い取ったり、借りたりする者が現れていない。


 俺にとっては、いつかここで商売をしたいと考えていた、最終目標の一つだ。

 この日は一日だけ、この建物を借り切っている。


 宴会場は二階で、現在、俺が現代から持ち込んだLEDランタンの明かりにより、昼間のように明るく照らされている。

 これだけでも、ご老公様たちは驚きの声をあげていた。


 宴会が始まり、料理が次々と運ばれてくる。

 ここでお酌をしてくれるのは、凜さん、お梅さん、お蜜さんの、俺より年上の女性三人だ。


 特に『忍』の一面を持つお蜜さんは接待には慣れているようで、さすがの手際だ。

 元々夜の仕事をしていたお梅さんも、大人の色気がある。


 凜さんはお酌は最初だけで、途中からはLED照明の明かりの調整や、この後登場する女の子達の化粧や着付けなど、裏方の仕事を忙しくこなしている。


 料理を担当するのは、『前田美海店』板前のナツ、鰻料理専門店『前田屋』の料理長の良平、その彼女のこずえの三人に、天ぷら『いもや』のお鈴さん、ヤエの母子も参戦。


 この日はいわゆる『会席料理』形式で料理が運ばれてくる。


 蟹味噌をつかった胡麻豆腐、あさりの酒蒸しといった『前菜』。

 鰻の蒲焼きを小さく切ってご飯に乗せた『お凌ぎ』。

 最近阿東藩で栽培が始まった椎茸、白葱、豆腐の入った『お椀』。

 鯛のお造り。

 鰤の塩焼き(スダチ付き)。

 海老、茄子、蓮根、獅子唐の天ぷら。

 玉子をふんだんに使った茶碗蒸し。

 伊勢海老のバター焼き、伊勢海老の赤だし。

 炊き込みご飯と香の物。


 基本的には阿東湾で取れた新鮮な魚介類や野菜、茸を使用しているが、バターなどの現代の具材や調味料も使っている。

 これらの料理は、諸国で旨い物を食べているはずのご老公一行を唸らせ、かつ、喜ばせることができた。


 特に伊勢海老のバター焼きに関しては、初めて食べる味だと絶賛され、これを献立に入れることにこだわったナツを喜ばせた。


 また、阿東藩にはこれといった地酒がないことから、現代から特級の清酒、大吟醸を持ち込んでいたのだが、これもキリッとした味、飲み心地と称賛された。


 酒も進んだところで、ご老公様から『ぜひ見てみたい』と言われていた仙界の技術の一端を披露することになった。


 現代から持ち込んだ白いスクリーンをセットし、LEDランタンの明かりを落とす。

 そこにプロジェクターで映し出されたのは、阿東川の映像だ。

「おお、すごいっ! 急に絵が……しかも、動いているっ!」

「信じられん……これが仙界の奇跡の技か……」

 ご老公様のお供の方々、驚愕。

 それに対し、ご老公様はじっとその映像に見入っている。


 やがて、阿東藩の名所の紹介へと移っていく。

 まずは阿東川。こちらは実際にご老公様達も見ているのだが、それは現在、つまり冬の景色でしかない。


 そこで、俺が前にスマホで撮影していた写真や動画を映し出す。

 春の、桜に彩られた堤防沿いの美しい風景。

 夏、力強い日差しに濃い緑が映える川面。

 秋、黄色や赤にそまる紅葉が美しい谷間のせせらぎ。

 冬、うっすらと雪が積もる中も豪快に流れ落ちる九十九滝。


 最後に、阿東川最上流部を上空から撮影した映像が映し出される。

「おお、凄い……まるで空から見た景色だ……」

「まさか、仙人殿は、空を飛ぶことができるのか……」

 またしても驚嘆の声が上がる。


「いえ、これは鷹の目から見た景色を再現した物です。ちょうどこの辺りが、金鉱脈の存在する地点になります。空からの風景を見ていただけましたらより分かりやすいかと思い、用意いたしました」

 俺の解説に、ご老公様は深く頷いた。


 次に、『水龍神社』や『薬太寺』といった観光名所を映し出す。

 これらは全員、既に訪れていたみたいで、

「おお、これこれ。ここで五助が迷子になったのだな」

「よ、よしてくださいよ、こんな場で」

 そんな会話がなされて、笑い声の出る和やかな雰囲気に包まれていた。


 こうしてプロジェクターの映像投影は終了、御一行は皆、大変満足そうだった。


 そしていよいよ、優達の出番だった。

 余興として、彼女たちが舞を披露するのだ。


 ちなみに、音楽の生演奏は用意できなかったので、明炎大社で録音した物をスピーカーで流すように設定していた(これも驚かれたのだが)。


 ――白と赤の巫女の衣装に身を包み、凜さんによって化粧を施された優。

 右手に巫女鈴みこすずを持ち、優雅に舞うその姿は、俺も息を飲むほど鮮烈で、美しい。


 伸びやかで大きな動作、時に複雑な腕の動きを織り交ぜ、その表情は凛としている。

 御一行も、真剣に見入っている。


 そこに脇から登場する、二人の美少女。

 優と同じように巫女の衣装に身を包んだ、ユキとハルの双子だ。

 三人になった巫女達は、音楽に合わせ、一糸乱れぬ挙動で舞を披露する。


 時におなじ動きで、時に左右対称に。

 指先まで神経を行き届かせた、本当に美しい舞だ。


 ――彼女たちは、本当に良く練習していた。

 朝早く、まだ眠い時間帯であろう時間帯も。

 仕事が終わり、疲れ切っているであろう夜中までも。


 仙人である『前田拓也』に恥をかかせるわけにはいかない、と。

 阿東藩の金採掘を認めてもらい、故郷を豊かにしてもらいたい、と。

 自分達が、そのために役に立てるのであれば、と。


 ――俺は、その舞を見て涙を流していた。


 これほどまでにけなげに、ひたむきに練習を重ね、見事な舞を披露している。

 約一年半前、彼女たちは『身売り』される娘として、川原に集められ、泣いていた。


 それをたまたま通りかかった俺が、勢いで『まとめて面倒を見るっ!』と、仮押さえした。

 幸いにも彼女たちは、俺の事を受け入れ、本当の家族の様に過ごす事ができた。


 決して楽しいことばかりあった訳では無い。

 苦しい時期もあった、怖い目にも遭わせてしまった。


 そして今。

 凜さんは、俺よりも仙界、つまり現代の物品をうまく使いこなすようになり、この時代の人々の生活を向上させている。


 ナツは、俺よりも仙界の料理道具や食材の特性を把握し、現代の店に負けないほど旨い料理をこの時代の人々に提供している。


 優は、俺よりも優れた時空間移動能力者として、この時代に現代の様々な品物を運び込んでいる。


 そしてユキとハルの双子は、そんな三人の姉達を補佐し、成長し……これほどまでの優雅な舞を、幕府の重鎮の前で披露するに至っている。


 まさに天女と称しても過言ではない五人の少女達――。


 舞が終わった後、ご老公様一行は、全員大拍手で絶賛してくれた。

 優、ユキ、ハルの三人は、肩で息をしながら、満面の笑顔でお辞儀した。


「……拓也殿、これは本当にすばらしいおもてなしでした。心づくしの料理も、あの不思議な動く絵も、そして美しい巫女舞も……本当に私達を楽しませようとしてくれる真心が伝わってきました……これほど感動したことはありませんぞ」

 ご老公様、大満足の様だった。


「やはり、貴方は本物だ……その仙界の知識、技術もさることながら、これほど慕われ、結束させるその人柄、これもお見事だ。これは是非、金採掘のみならず、阿東藩、ひいては天下のためにご尽力いただきたい」


「……ありがとうございます。確かに、実は自分一人では、出来る事は大してありません。ここにいる皆や、裏方に回って精一杯頑張ってくださった方々のおかげで、今日のおもてなし、そして今の自分があります。本当に、みんなのおかげなんです」


 もう俺は、泣きながら、自分が何を言っているのかよく分からない、そのぐらい感動していた。


 それがご老公様にも伝わったようで、何度も大きく頷いていた――。


 それから半月の後。


 俺は、この阿東藩において、藩主と並ぶほどの大きな権限を与えられることになったのだった。

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