第111話 番外編:手紙

 おっ母へ


 お元気ですか? 私はとても元気です。


 私が前田拓也様に雇われて、半月が経ちました。

 約束通り、拓也様について分かったことを書きます。


 まず、拓也様が大金持ちの大商人かどうかということですが、うわさほどの大金持ちでも、大商人でもないようです。


 それでも何件かお店を出していますし、私たちのような女中を住まわせる『女子寮』なるものまで用意してくださっているので、やはりお金持ちには違いないと思うのですが、そう感じさせない不思議なお人です。


 暮らしぶりが派手なわけではありませんし、物を大切になさります。

 かといって、『けち』なわけでは無く、たとえば、女中の私たちにもちゃんと『衣』、『食』、『住』の全部をきちんと、それどころか『本当にこんなにして頂いていいのか』と思うぐらい、揃えてくださっています。


 それと、めかけを五人も大金をはたいて囲ったといううわさも、実際は違いました。


 拓也様は、本当に惚れた娘さん五人を、身を削るような努力の末に買い取るだけのお金を揃えて、なんと全員お嫁さんにされていたのです。

 そのため、その五人の娘さんと拓也様の結束は固く、羨ましいほど仲が良いです。


 ただ一人だけ『拓也さんの事が好きだ』と私の前では言っていない方もいますが、それでも

「大恩があるから、一生ついていく」

 と、ちょっと頬を赤らめ、照れたように語ったのが印象的でした。


 あと、皆さん

「生まれ変わったとしても、ぜひもう一度拓也様のお嫁さんになりたい」

 とおっしゃっていて、これは心からそう思っているようでした。


 実際のところ、拓也様はとてもお優しく、格好も良く……私も、お嫁さんは無理でも、せめてお妾さんにしてもらえればどんなに幸せかと思ったぐらいです。

 でも残念ながら、もうその五人の方以外とは、そういう関係になる人は増やさないということでした。

 心変わりされることがあるといいのですが……。


 次に、拓也様が『仙人』といううわさですが、これは本当でした。

 拓也様は『仙界』という場所に自由に行き来できる御技をお持ちで、不思議な道具をたくさん持って来られています。


 手で縫うより何倍も速く縫製ができる機械、火を使わずにお日様のような明かりを灯す道具、描かれた絵がまるで生きているように動き出す黒い板……毎日驚くばかりです。


 拓也様は、そのお力を決して悪いことには使わず、どうやったらみんなの役に立つか、常に考えられています。その点だけでも尊敬してしまいます。


 そして仕事の内容ですが、これはおっ母が心配していた『身を売るような仕事』は、一切ありません。


 今、私が主にしている仕事は、さっきも書いた『仙界の道具』を使って縫製をすることです。

 自分の手で着物の破れを縫い合わせたり、反物から簡単な着物を作ったり。

 楽しいし、面白いし、うまくなっていくのが分かる、やりがいのある仕事です。


 今はまだ注文があまり多くないのですが、評判が良ければ徐々に増えていくはずで、そうなればまた人を増やさなければいけないとのことです。

 そういうことでしたら、私たちにとってすごく良いことだと思います。

 そのときにはお姉達や妹達にもぜひ来てもらって、一緒に仕事、したいです。


 拓也さんの話に戻りますが、本当に立派な方……というよりは、なんていうか、

「この人のもとでならば、ずっと働かせて頂きたい」

 と思うような方です。


『立派な方』と書くと、すごく偉い方のような感じがしますが、拓也様は、とても親しみやすい方なんです。


 歳が近い事もあるのでしょうが……私たちのような女中にまで、まるで自分の身内のように大切に、真剣に、親しくお話してくださいます。

 そしてちょっと風邪をひいてしまっただけの女子に対しても、大げさなぐらい心配してくださるお方です。


 それはまるで、おっ母が私たちに、実の娘のように接してくれているのと似ています。

 そう、拓也さんは、まるでおっ母を『お兄さん』にしたように思えます。


 たった半月ですが、私はすっかり拓也様のことが大好きになりました。

 雇い主っていうだけではなく、惚れてしまっているかもしれません。

 そのぐらい、今の境遇を幸せに考えています。


 だから、お姉にも、妹達にも、心からお勧めします。

『拓也様の元で、一緒に働きましょう』と。


 けれども、先程書いたとおり、まだ縫製のお仕事は手探りの状態です。

 注文が増え、忙しくなって手が足りなくなれば、真っ先におっ母に知らせます。

 その時がなるべく早く来る事を祈っていますし、私自身も頑張らなければいけないと思っています。


 あと、最後になりましたが、最初にここに来るように言われたとき、正直、とても不安に思っていました。


 でも、今はとてもありがたく思っています。

 これほど楽しく、充実した日々を過ごせているのですから。


 それでは、おっ母、また文をおくりますから、くれぐれもお体を大切にしてくださいね。


 れいより。


********


 玲は里親に、俺のことをこんな風に紹介する文を送っていた。


 これを俺が実際に目にしたのは、ずっと後の事だったが……俺の事をいいように書きすぎな気もして、気恥ずかしさを覚えた。


 また、玲が当初、こんなにもしっかりと現在の状況を里親に知らせていたことに驚いた。

 それに、自身の待遇について、心配をかけまいと気を使って書いているようにも見受けられた。


『前田女子寮第一期生』である娘の一人、玲。


 彼女の里親であり、豪農である泉田家には、玲から定期的に俺に関する情報がもたらされていた。


 これにより、後に事業が軌道に乗り始めた後、優秀な人材をスムーズに供給してもらい、大いに助けられることとなるのだった。

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