第100話 新店舗開店

『七坂八浜』に木道を建設してもらっていた時期、平行して新しい直営店舗の開店を進めていた。

 その一つが、凜さんが店長である薬屋『前田妙薬店』だ。


 こちらは鰻料理専門店『前田屋』の近くに空き店舗があったため、それを借用して開店。

 商品棚なんかもそのまま利用したため、とくに大きな改修は必要なかった。


 痛み止めや胃薬、咳止めなど、すぐに役立ちそうな薬を揃えたのだが、パッケージ化された錠剤の飲み薬は受け入れられず、瓶入りの、それも漢方薬系の独特の匂いがするものでなんとか試してもらえる、という程度だ。


 粉薬は、スッとする胃薬で『効果がありそう』と思ってもらえるぐらい。

 なかなか急には受け入れてもらえない。


 そのかわり、想像以上に劇的に売れた商品がある。

 それは飲み薬でも健康食品でも、ましてや避妊具なんかでもなく、『貼り薬』だった。


 なにしろ、肩こりの箇所なんかにセロファンを剥がして『貼るだけ』で、すぐに『スッとする』明確な感覚、そして『痛みがやわらぐ』というわかりやすい効果。


 値段も手頃で『気持ちいい』と大勢の人がまとめて買い求める、大ヒット商品となった。

 こちらとしても、『飲み薬』だとその副作用なんかを警戒しないといけないけど、貼り薬ならまあ大丈夫だろう。


 単価の割にそれほど重量のある荷物ではないし、保存もでき、かつ消耗品。

 さらに地域の方々に喜んでもらえるものであり、当面はこの扱いやすい主力製品だけで商売できそうで、凜さんもご満悦だった。


 それに比べて苦戦したのが、ナツが店長を務める魚料理専門『前田美海まえだみうみ』店だ。

 店舗自体は、あまり繁盛しておらず閉店することになっていた小料理屋を買い取って改装した。


 薬屋もそうで、あまり『前田』っていうのをつけたくなかったのだが、「屋号を統一した方が後々評判になる」という啓助さんの勧めもあり、この名前にした。


 開店当初、焼き魚や煮魚なんかは好評だが、本当にお勧めしたい『刺身』はなかなか受け入れてもらえなかった。


 この時代、まだ生魚を刺身で食べることは、江戸の一部でしか定着していなかったのだ。

 もちろん、新鮮な魚が手にはいる漁師は別だが、彼等がわざわざ街中に来て刺身料理を注文するなんてことはない。


 逆に街中の人は、食あたりを警戒したり、鮮度が落ちるとどうしても発生する『生臭さ』を嫌ったりするのだ。


 海が近い事もあり、朝早くに取れたての魚を運んでもらえるのだが、どうやってその『鮮度』を保持するのかが重要となる。


 やはり第一に『冷やす』ことだが、それがこの時代ではなかなか難しい。

 ネットでいろいろ調べてみると、現代ではいろいろ便利な商品があるようで、『太陽電池パネル、充電システム、冷蔵庫』がセットになっている商品が、三十万円ぐらいで購入できることが分かった。


 重量もそれぞれ四十キログラムを切っており、優ならば転送してもらう事ができる。

 ただ、その冷蔵庫だとちょっと容量が小さく、使い勝手が悪い。


 そこで叔父に相談してみると、この手の発明が大好きな彼は、

「ふむ……太陽光による直流電源を一旦交流に変換するから効率が落ちる、それをこのシステムは直流のまま冷蔵庫の電源にしているのか……ならば、その理屈で他の器機にも応用できるはず……小型ポンプと組み合わせれば……実に面白い!」


 と、喜々として図面を書き始め、二日後には『太陽発電による製氷システム』を二セット、開発してくれた。


「こんなもの、『ラプター』に比べれば楽勝だ」

 と叔父が言ったこのシステム、水をくみ上げる『電動ポンプ』と 『簡易濾過装置』まで付けてくれており、店舗の裏手に流れる小川からの水汲みも格段に楽になった。


 太陽電池パネルは、やはり屋根につけるのが一番、ということで、これは木道作成でお世話になった大工の棟梁である吉五郎さんに依頼。


 最初、その真っ黒な材質に驚いていたが、

「ふうん、こいつも仙界の道具ってわけか……まあ、取り付けるだけならどうってことねえな」

 と、すぐに納得し、『前田屋』と『前田美海店』の二店舗分を一日で取り付けてくれた。


 製氷能力は、二店舗合わせて晴れた日で一日十キロ。

 二日ぐらいなら雨が続いても、充電している分を合わせて一日五キロぐらいは作れる。


 夏になればこれでは足りないだろうが、季節は秋から冬に向かっている。

 来年までに製氷能力はアップさせるとして、当面は『刺身』のイメージアップを図らなければならない。


 最終的には、ナツが現代で食べてその味を絶賛した『にぎり寿司』を出す事にたどり着きたいのだが、その目標は遠そうだ。


 そんな中、ある食べ物に着目した。

 焼き魚と刺身の中間……『タタキ』だ。


 季節は秋、いわゆる『戻りカツオ』がうまい季節だ。

 しかしカツオは鮮度が落ちやすい魚。それ故に火を通して食べることが多いが、完全に焼いてしまうと食味が落ちる。


 そこで、軽く表面をあぶって『焼き魚風』にして、その実、中身は生の部分が残っている『タタキ』を、現代のレシピを元に、ナツに調理してもらった。


 炭火であぶりたての暖かい内にやや厚めに切り、柚子の酢と醤油で作成したタレにつけ、玉葱・ネギ・にんにく・みょうが、ショウガなどの薬味をたっぷりと載せて食べる。


 一口食べたその味に、ナツだけでなく、一緒に食べた優や良平も驚愕の表情を見せた。


 もちろん、俺もその味には少なからず驚いた。タタキは本来、暖かい方がうまいものらしい。


「これは……いけるっ!」

 ナツは会心の笑みを浮かべた。


 先程の薬味のうち、『玉葱』だけはこの時代にはまだ生産されていなかったが、領主から借りた畑で試験栽培を進めていくつもりだ。

 保存がきくものなので、当面は現代からまとめて運ぶ事にした。


『カツオのタタキ』が名物料理になるのに、それほど時間はかからなかった。

『前田美海店』は、鰻料理専門店『前田屋』と並んで、行列ができる店となった。

 ナツ、ユキ、ハルの三姉妹が連日てんてこまいになるほどの繁盛だ。


 名物料理が存在すれば、その評判を聞きつけて、遠くからでもわざわざ訪ねてくる客は存在する。いままで難所だった『七坂八浜』が通りやすくなったとなれば、なおさらだ。


 こうして、少なくとも少女たちが『自分達で働いて稼げる』環境は整った。

 それに、『絹糸大量生産』の計画も始まっている。


 今のところ、順調に物事が進んでいる。

 以前と異なり、面倒を見なければいけない少女の一人や二人増えたとしても、十分助けてあげられるのではないか……いつしか、そんな慢心が生まれてしまっていた。


 しかし、それが単なる思い上がりであることが分かる事態が起きてしまう。


『忍』の三郎さんから、ある依頼……いや、密命を受けた。

 大元の依頼者は、『藩の要職に就く方』という事以外は、はっきりとは教えてもらえなかった。


 内容は、

「阿東藩内で水神に捧げる『人身御供』に選定されてしまった少女を、その運命から救って欲しい」というものだった。


 実際に現地に赴き、地元の住民達の話を聞いて、たった一人の彼女を救うことが如何に困難であるかを思い知らされたのだ――。

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