第51話 決戦前夜

 俺とあかねは、仲良く手をつないで離れの建物を後にした。


 二人とも打ち解けた笑顔。傍目からは、相当深い仲になったように見えただろう。

 もちろんこれは、俺が『術にかかった』と見せかけるための演出だ。


 この後、他の巫女や神官達によるお祓い、簡単な認定の儀式、注意事項の説明を受けて、ようやく『仮の』神職となった。


 宮司代理や巫女長補佐の推薦を受け、かつ『仙術が使える』という触れ込みではあるものの、まだ見習いだ。それでも、一日でこの職に認められるのは『異例』だという。


 何か『特別な事はできるか』と言われて、密かに持っていたライターで火を起こしたり、LEDライトで暗がりを照らしたりして『微力ながらも、本物の仙術使い』と認定された事が効いたようだ。


 与えられた服装は他の神職と同じような白色装束だが、重要な儀式である『大祭たいさい』のときには、身分によって袴や冠の色が変わるという。


 また、やはりかなり警戒されているらしく、人事を司る神官に『遷姫』との面会は当面禁止項目とされてしまった。


 神社内に俺の生活する居住スペースは用意されていない。江戸の街中から毎日、夜明け前に通うこととなる。


 夕刻に神社の敷地内から出てきた俺を、優は涙を浮かべて、「良かった……」と、笑顔で出迎えてくれた。ただそれは、いつもの『満面の笑顔』ではない。


 その後も彼女は、街中に帰るまで言葉が少なく、落ち込んでいた。

 三郎さんとお蜜さんも一緒。お蜜さんは時々優に声をかけている。


 長期滞在するつもりがなかった俺は、長屋を借りるような事はせず、その日も旅籠はたごに泊まることにした。


 この日は優と同じ部屋で、二人だけ。とはいえ、ふすまで隣の部屋と仕切られているだけだ。


 俺は、優が元気がない理由をある程度理解していた。

『信用してもらうため、相手の策略にわざと乗った』とはいえ、俺は別の女性に誘惑され、一つの床に二人で入り、抱き締められた。

 このことが、優にとってはショックだったのだ。


 もし立場が逆だったら……つまり、優が別の男性と床に入り、抵抗せず抱き締められたりしたとしたら……俺もそれだけでかなりショックを受けるだろう。


 だが、優がそこまで気にかけていてくれるということは、逆に少し嬉しかった。

 彼女がやきもちを妬いてくれているならば、それだけ慕われているという証なのだから……。


 誰に見られているとも分からぬ旅籠の一室、あまり大胆な事はできないが、それでも俺と優は一つの布団の中で身を寄せ合って、その夜を明かした。

 翌朝には彼女の機嫌は直り、普段どおり元気になっていた。


 前日に、収穫はあった。

 もちろん、一番の朗報は天女『遷姫せんひめ』が間違いなく俺の妹であったという事実。

 これが『他人のそら似』であったならば、目も当てられない状況だった。


 また、アキには直接面会できなかったものの、『神職』として『明炎大社』に出入りが可能になったこと。

 まだ確定した訳では無いが、『宮司代理』と『巫女長補佐』の協力が得られそうなこと。


 お蜜さんが独自に動いてくれていて、『明炎大社』内に潜入している協力者から情報を得ており、『操心術』の真偽こそ不明であるものの、大社内の権力構造は、おおよそ茜から聞いたとおりであることの裏付けが取れた。


 しかし、そこからが思い通りに進まない。

 いくら俺が望んでも、アキとの面会は実現しない。


 ラプターを駆使し、こっそりと建物の奥深くに忍び込んで強引に会ったとしても、おそらくアキはまた頭を痛がるだけだろう。

 また、茜とは比較的頻繁に会話する機会があったものの、宮司代理である彼女の兄には面会ができなくなってしまった。


 俺は『大した能力は持っていない』ように見せかけているのだが、そこはさすがに慎重で老獪な幹部神官達、なかなか隙を見せない。


 茜は「こっそり兄に頼み込んで、遷姫の記憶を戻してもらえばいいのでは?」と提案してきたが、そうなると天女を失う事を恐れた神官たちにより、アキはどこかに幽閉される可能性すら出てくる。また、軽々しく記憶を戻した宮司代理も責められるだろう。


 アキが『記憶が戻ったことを隠して』今まで通り振る舞うことができればいいのだろうが、彼女にそんな器用なマネを期待する方が無理だった。


 焦る気持ちはあったが、急いては事をし損じる。

 相談を重ね、策を積み上げ、時にぶつかり、なだめ、なだめられ、『アキ救出』という最終目標のために俺と優、三郎さん、お蜜さんは真剣に考え抜いた。


 三郎さんもお蜜さんも、元は赤の他人のはずなのに……いつの間にか、まるで身内のように親身に接してくれている。


 平行していくつかの段取りも進めていき……最終的に、アキ奪還の準備に三日もかかってしまった。


 ――決戦前夜。


 この日は遅くまで、翌日の作戦をいくつかのパターン別に確認しあった。

 自分達だけではなく、茜や、彼の兄にも協力してもらう必要があったし、そのように根回しもしていた。


 もちろん、その二人が裏切る可能性がないわけではないが……しかし向こうにとっては、アキが「何もできない偽天女」と氏子うじこ達に知られる前に、俺達に帰した方が無難なはずだ。


 ただ、その『帰し方』が問題なわけで……みすみす身柄を渡したのであれば、幹部神官や氏子達から責められることになる。

 そこで『策略』を練り、アキの『記憶の封印』にある『細工』をしておいてもらった。


 それを活かせるかどうか……。


 準備にかかった時間の割に、アキの『奪還作戦』は超短期決戦、おそらく五分ほどで全てが決まる。


 最もわかりやすい表現を使えば、それは彼女の『強奪』だ。

 そのため、俺や、特に三郎さんは、命がけの危険な橋を渡ることになる。


 三郎さんは笑って言った、『神社の警備兵なんて、子供同然だ』と。


 自分の身内を助ける話に彼を巻き込んでしまうことを詫びたが、『これも任務の内だから気にするな、それより自分の身を案じろ』と言ってくれた。


 明日、全てが決まる。

 長かったこの旅を、笑顔で終わらせなければならない――。

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