第45話 忍術

 三郎さんが使った『忍術』……それはいわゆる『超常現象』などではなかった。


「船の速度に負けなかった理由は、大したことじゃないさ。『馬』で駆けただけだ」

 彼は事もなげにそう言った。


「馬? ……確かに、宿場町に馬は用意されていたけど……そんなに簡単に利用できるものなんですか?」


「もちろん、それなりの許可がなければダメだが……今回の場合、わりとあっさりと使用を許可してくれた……というか、『馬を使って追え』という命令が出ていた。前から言っているように俺達は下っ端だから分からないが、相当『上』からの指令だったようだ。許可証も用意されていた。あの『ちぇーんそー』を渡したのが良かったのか、あるいは、あんたたちがあの『船外機』なるもので出発したところを見た目付役が、驚いて報告したのか……。とにかく、そういう訳だから、宿場町から次の宿場町まで、馬を乗り継いて急いで走れば、それなりに早く進めるさ」


「なるほど。でも、それだと俺達って、けっこう注目、いや、警戒されているのかも……目立ちすぎたかな。それにしても三郎さん、馬に乗れるんですね」

「ああ。そのぐらいは『忍』としての基礎技術だ。お蜜も乗れる」

「まあ、私はサブみたいに速駆けはできませんけどね」

 彼女は少し照れたような微笑みを浮かべていた。


「……でも、そうだとしても、まだ分からない点があります。今、この場所に集まると決めていたわけではなかったのに……どうしてあなたは、ここに俺たちがたどり着くことが分かったのですか?」

「ああ、それは……」


 と、そのとき、何か大きな影が俺と優の目の前を横切った。

 思わず優が悲鳴を上げる。


 するとその影は、一度上昇し、空中で一瞬静止、そして三郎さんの左腕の上に乗っかった。


 一瞬、何が起きたか分からなかったが……よく見ると、それはカラスより一回り大きく、鋭い目、大きな爪、茶色の羽根を持った猛禽類……オオタカだった。


「……すまない、驚かせてしまったな。こいつの名前は『アラシ』、去年から俺が専属で使用……いや、行動している相棒だ。あまり夜目が利かないから、この薄暗さに堪えきれず、帰って来たようだ」


 そのオオタカは、主の腕の上で落ち着いたのか、ピィッ、と甲高く、短く一声鳴いた。


「さっきの問いだが……まさに、こいつがその答えだ。この『嵐』は、いくつか命令を実行できるように訓練されているんだが……そのうちの一つが、『お蜜を見つけて、その上空で旋回して帰って来る』だ」

「……なっ……鷹に、そんな事をさせることができるんですかっ?」


「ああ。だから時々飛ばして、大体の位置を把握していたのさ。あんたたちは海上だったし、この『嵐』なら、見つける事は造作もなかっただろう。ただ、俺は近目ちかめなので、あまり距離が離れると俺の方が見失ってしまうかもしれない、という欠点があったんだが……あんたが用意してくれたこの眼鏡、本当によく見える」

 いつもはクールな表情の三郎さんが、その時は嬉しそうに笑った。


 俺は『掛川宿』近くの漁村で彼と別れる前、現代から持ち込んだ近視用の眼鏡を三種類、度数を分けて用意し、渡していた。


 その内の一つが、かなり三郎さんの目に適合したらしい。

 彼は驚き、喜び、柄に紐で細工して外れないようにし、それ以来ずっと使用しているというのだ。


「……これは本当にいい物をもらった。世の中が、こんなにくっきりと見えるものだとは思っていなかった。本当にあんたの仙術はすばらしい」


「いえ、あなたの忍術もすごいです。理屈は分かっても……馬にしろ鷹にしろ、俺には使いこなす事は無理だ。それに……少なくとも、競争では負けたわけですから」


 俺も三郎さんも、お互いにニヤリと笑った。

 そして優が、納得したように声を出した。


「……なるほど、だからお蜜さん、たまに空を見上げてたんですね。私も、同じ鳥がついてきているな、とは思ってたんですけど、それがその子だったんですね」


「えっ、お優ちゃん……あなた、この鷹に気づいていたの?」

「はい、だって、お蜜さんの視線の先にその子いましたし、とんびなんかとは飛び方も大きさも違ってて、変わった鳥だなって思ってましたから」


「……それを見抜いたのだとしたらお優ちゃん、あなた、『忍』の才能があるわよ」

「……いえ、そんな……でも、その子はかわいいですね」


「フッ……なら、飼ってみるか? 目が良くて、動物好きそうなあんたなら、いい鷹匠たかじょうになれるかもしれない」

「はい、この旅が無事に終わったら、ぜひっ!」

 優が嬉しそうに笑う。


 美少女と鷹……なんか、そんなアニメかゲームがあったような気がするが、確かに優が自在に鷹を操る姿は、なんとなくカッコいいかもしれない。


 ――その夜は、揃って『川崎宿』の旅籠に止まることにした。

 ここで俺達は、今後の行動を考えた。


 妹のアキがいると思われる、とりあえず目的の『明炎大社』は、最近特に勢いを増してきた大きな神社だという。


 古くからの歴史もあり、氏子うじこの数も三千人を超える。

 そして最近、『巫女』が出現したことにより、さらにその評判は高まっており、まさに『神がかり』的な状況らしい。 


「俺の聞いている話では、その『巫女』は一日に二回、朝晩に境内に姿を現すという。それを見るだけでも御利益があるとか。相当な人だかりとなるらしいが」


「……直接姿を見えるんですか? それはありがたい、アキかどうか、すぐに分かるっ!」


「ああ。だが、そこから先、どうするか考えておかないといけないだろう。それがあんたの妹でないのならば、残念ながらもう一度最初からやりなおしだ。そしてあんたの妹だったならば……」


「大きな声で呼べば、向こうもこっちに気づくはずだ。そこで俺を見て、迎えに来たことを理解してもらえたならば……それで俺達の旅は終わりだっ!」


 俺の宣言に、優の表情がぱっと明るくなった。


「……実際はそうすんなり、連中が巫女を帰してくれるとは思えんがな。何らかの後処理は必要だろうが……それでも、もうこれ以上探し回る必要はなくなるな」


「ええ……ようやく、全てが解決するかも……」

 期待と、そして不安が交差する。


 もし、その巫女の正体がアキではなかったのなら……本当に、また一からやり直しになってしまう。それも、まったくアテのない状態から。


 すべての期待が壊れてしまうかもしれないという恐怖はあるが、だからといってその巫女の正体を確認しないわけにはいかない。


「……あと、もう一つ、気になる情報を手に入れている」

「気になる? ……一体、それは……」


「その巫女は……神事の最中、境内に突然出現したらしいが……その際、自分はどこか別の世界から来たことは話したのだが、それ以外の事をほとんど、答えられなかったそうだ」


「……答えられない?」

「ああ。自分の名前さえも、な……」

「なっ……」


 俺は目を見開き、絶句した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る