第22話 番外編 その1 「花火」

案がありながら、本編で入れられなかった内容です。本編では触れられなかった、拓也の「家族」が少しだけ登場します。

--------------------------------------------------------------------

 旧暦の八月二十五日。


 この日は、秋祭りだった。

 しかし、『前田邸』の敷地から出られない彼女たちは、当然参加することはできない。


 幸か不幸か、『前田邸』は山の中腹で見晴らしが良いので、会場となっている河原が一望できる。

 賑やかな屋台の様子が見えたり、子供達のはしゃぎ声が聞こえて来る。

 この日の夜は俺もいたので、彼女たちは源ノ助さんと一緒に庭に出て来て、その光景をうらやましそうに見ていた。


「あ、始まった!」

 この日のお目当ては、花火だった。


 ただ、江戸時代の花火は現代のような豪勢な打ち上げ花火ではない。

 筒状の口を持つ大きな樽から火花が吹き出し、それを鑑賞するだけだ。

 現在で言うところの仕掛け花火、というところか。

 それでも、十メートル以上吹き上がる火柱は見事であり、歓声が上がっていた。


「近くで見たかったなあ……」

 ユキの一言が、俺の心を打った。


(……これって、金儲けにもなるのではっ!)

 俺はピンと来た。


 大きな打ち上げ花火は無理だが、家庭でできる花火セットは、現代でいくらでも手に入るじゃないか。

 しょぼい線香花火ぐらいしかないこの江戸時代、高値で売れるのではないか……。

 それに、とりあえずここの少女達を楽しませてあげられそうだ。

 俺は翌日にミニ花火大会を開催することを約束し、現代に帰ってきた。


 翌日の夜。

 月も出ておらず、夜になると真っ暗だ。

 俺が持ち込んだLEDランタンが、『前田邸』の庭を照らしていた。

 そよ風程度しか吹いていない、絶好の条件だ。


 彼女たちは、買ったばかりの、安物ではあるが「新品」の着物を着ていて、いつもより晴れやかな印象だった。

 源ノ助さんも含め、みんな一体どんな「仙術」を見せてくれるのだろうかと期待しているようだ。


 俺はディスカウントストアで大量に買い込んだ花火セットの一袋を取り出し、やや大きめの手持ち花火を、蝋燭の火に近づけた。

 プシュウウゥ、という小気味よい音と共に、銀色の火花が吹き出す。


「うわあぁ! きれいっ」

「すごい、すごいっ」

 予想以上の迫力に、みんな大喜びだ。


 女の子たちに、誰かやってみるように促してみる。

 みんなちょっと怖がっていたが、ここは自分が、とナツが名乗り出た。

 ナツもおっかなびっくりだったが、無事点火させることに成功。

 火が吹き出し始めると、直立不動のままそれをじっと持っている。

 ハルやユキは大喜びだが、ナツはだんだん火元が自分に近づいてくるのが少々怖い様だった。


「……まだ終わらないのか?」

「あと少しだから」

 俺はちょっと笑いそうになるのをこらえながら、その様子を見ていた。

 数秒後、無事終了。


 ほっとして、双子の喜んでいる様子を見て笑顔になるナツ。

 そのかわいらしさに、少しだけトクン、と鼓動が高まった。


 ナツの勇気が呼び水となり、

「じゃあ次は私が……」

「その次、私っ!」

と、次々と花火が消費されていく。


 小型の打ち上げ花火もあったが、これは火事がちょっと怖いのでやめておく事にした。

 その代わり、ちょっとしたイタズラでネズミ花火を使うことにした。


「いいか、みんなよく見ておけよ。これはすごく面白いんだ」

 俺の言葉に、みんなその輪になった小さな花火に注目する。


 地面にそれを置き、点火用ライター「チェックマン」で火をつける。

 シュルシュルシュル、という音、そして火花を放ちながら、それは勢いよく走り出し……そしてユキの方へと向かっていった。


「い、いやああぁ、怖いぃ!」

 ユキは慌てて逃げ出すが、なぜかその方向に向かってネズミ花火は追いかけるように走っていく。

「やあぁ、なんでぇ!」


 逃げる方向を変えるが、運悪く花火もそちらに向かってしまう。

 そして最後に「パンッ!」という大きな音とともにネズミ花火は破裂した。


「ふやんっ!」

 間の抜けた声と共に、ぽてっと前のめりに転んでしまったユキ。

 買ったばかりの着物だったのに、台無しだ。


(まずい、やり過ぎた……)

 俺は後悔したが、もう遅い。

 彼女は数秒間、悲しそうな顔をして、そして次の瞬間……。


「もう一回やるっ!」

 ぱっと笑顔になった。


 その後、ユキとハルは、本物のネズミを追いかける子猫のように、ネズミ花火を追いかけ回して遊んだ。


「……ところで、拓也さん、この花火、一袋おいくらで売るおつもりですか?」

 凜さんが尋ねてきた。

「うーん、そうだなあ……一朱で売れたら嬉しいけど……」

 俺のその言葉に、全員の動きが止まった。


「一朱って……じゃあ、それで言ったら、この手持ち花火一つで、私たち、一人一食たべられるんじゃあ……」

 一朱は一両の十六分の一で、現代のお金に換算して六千円ちょっと。

 彼女たちが食費を切り詰めていることを考えると……そういう計算になる。


「……いやあ、これはお金持ちの人に遊んでもらう高級品にするつもりだから。それに俺達の世界じゃ、原価はずっと安いんだ。気にしないで遊んでよ。どれだけ楽しんでもらえるかも参考になるんだから」

 俺の言葉に、ようやくみんな、また花火を楽しみ始めてくれた。

 それと同時に、(これは金にならないな……)と直感した。


 凜さんは、一番地味だけど一番可憐な、線香花火を楽しんでいた。

 ぱちぱちと小さな火花を散らして、最後に赤い小さな丸い玉がポトリと落ちる。

 実に風流で、色気のある凜さんによく似合っていた。


「姉さん、それ可愛い。私もやってみる」

 優も、並んで線香花火を始めた。

 それを見つめる俺の視線に気づいたのか、凜さんは

「さあ、拓也さんも、こっちで、優の隣で」

 と、変に気を使ってくれた。


「拓也さん、一緒にやりましょ」

 優も、笑顔で呼んでくれている。まあ、真っ暗な中で混浴までした仲だし、このぐらいなんでもないか。

 俺たちは、並んで線香花火に火を付けた。


「きれい……」

 笑顔で小さな火花を見つめる優の横顔は、ものすごく可愛らしい。

 さっきのナツの笑顔も良かったけど、やっぱり優のそれは俺の鼓動をより高めるものだった。


 カシャッ! ジジーッ!


 奇妙な音にはっとし、その方向を見つめる。

 なんとハルが、インスタントカメラ「シャキ」で、俺達のことを撮影しているではないかっ!


 そして出来上がった写真は、暗い屋外での撮影にもかかわらず露出がバッチリで、俺が優に見とれている様子が鮮明に映し出されていた。

 優を除く全員から冷やかされ、俺は赤面した。


「まあまあ、せっかくの記念ですから、優と拓也様が一緒に花火楽しんでいるところ、きちんと撮りましょう」

 そうお凜さんに勧められ、優も賛成してくれたので、一緒に撮影することにした。


 二人並んで線香花火を持つ俺と、優。

「さあ、もっと肩をくっつけて。表情が硬いわよ、もっと笑顔で。こっち向いて……」


 カシャッ!


 ……凜さんが撮影してくれたその一枚は、まさに俺の人生でベストショットだった。


 翌日、現代の早朝。

 その二枚の写真を、俺は自分の部屋の机の上に並べ、ずっと眺めていた。

 朝食に呼ばれたときもそのままにしており……そして妹に見つかった。


 母親と妹に

「こんなかわいい彼女ができたなんて」

 と冷やかされ、問いただされる俺。

 まあ、着物を着て肩をくっつけて、線香花火を一緒に楽しそうにしている写真見たら誰だってそう思うだろう。

 ちょっとミエもあり、「彼女」という言葉を否定も肯定もしない。


「お兄ちゃん、いつから付き合ってるの?」

「付き合ってるっていうか……知り合ったのは、十日ぐらい前、かな」

「どのぐらいの頻度で会ってるの?」

「えっと……ほぼ毎日」

「まあ。夏休みだからってずっと家にいないと思ったら、こういう事だったのねっ」

 母は、ちょっと嬉しそうだ。


 他にも、これってどこの夏祭り、とか、「どこまで進展しているの?」とか、ませた妹はいろいろ聞いてきた。

 ちなみに、妹は十四歳。こういうのに興味のある年頃だ。


「一緒にお風呂に入った」などとは言える訳もなく……俺は適当にごまかしておいた。


 けど、まあ、正直言うと、悪い気分ではなかった。

 それでも、心から喜べた訳ではない。


 まだ彼女たちを救えるだけの金額は、とうてい稼げていなかったのだ――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る