第68話
「あるッスよ、あるッスよ、完全実力主義の社会!」
キキキキキ、という、甲高い笑い声が響いた。
「それはあ――悪魔の社会ッス!!」
「悪魔の社会、であるか?」
「そーッス。オレらはみーんな、完全実力主義の世界で生きてるッス」
「であるか」
「あら」
クレアノンは、にっこり微笑みながら、ホビットの社会学者、パルロゼッタや、獣人のナルアやオリンがお茶の乗ったテーブルを囲んでいる部屋へと足を踏み入れた。
「話が弾んでるみたいね」
「であるよ」
パルロゼッタは、満足げにうなずいた。
「吾輩、実に楽しく有意義な時間をすごしているのであるよ」
「それはよかったわ」
クレアノンはクスクスと笑った。
「さて、と」
クレアノンは、ゆったりとテーブルについた。
「まずは――何から、どこから、お話をはじめればいいかしらねえ?」
「うむ」
パルロゼッタは、ちょっと考えこんだ。
「――あら?」
そのあいだに、テーブルについた面々を見まわしていたクレアノンは小首を傾げた。
「パルロゼッタさん、ノームのアスティンさんは?」
「ああ、アスティンは、人見知りをするのであるな。伝声管ごしなら喋れるのであるが、知らない人達と顔をつきあわせてお話をするのがとても苦手なのであるな。だから、吾輩の移動書斎でお留守番をしているのであるな。クレアノンさん、気にしなくていいのであるよ。アスティンは、好きでそうしているのであるから」
「あら、そう? それならいいけど」
「お茶とお菓子も、御親切にもちゃんと届けていただいたのであるな」
パルロゼッタは、ライサンダーに向かって一礼した。ライサンダーも、会釈を返す。ライサンダーは、父親がドワーフで、母親がホビットだ。ドワーフよりも華奢で、ホビットよりもがっちりとした体格を持っている。
「さて――セティカの勧誘部隊長の吾輩としては」
パルロゼッタは、真顔でクレアノンを見つめた。
「ナルアさん達探検隊御一行にも、そちらにいらっしゃるアレンさんにも、そしてまた、クレアノンさん御自身にも、みんなまとめてセティカに加入していただけると、これはもう、まさに万々歳なのであるが」
「そうね、私は御遠慮しておくわ」
クレアノンはサラリと答えた。
「一つの勢力に私みたいな竜が肩入れしすぎるのは、どう考えたって、あんまりいいことじゃないような気がするんですもの」
「『ハイネリア』という一つの国家に肩入れしすぎるのはいいのであるか?」
パルロゼッタの容赦のない発言に、部屋の中の何人かがハッと息を飲む。
「そうね――」
クレアノンは、少し考えこんだ。
「――どんなものにも肩入れせずに生きる、だなんて、不可能だからね。少なくとも、私には」
そう言ってクレアノンは、小さく肩をすくめた。
「だから、まあ、私がハイネリアに肩入れして、なのにセティカに加入しないのは、単なる私の勝手ね。ごめんなさいね、せっかく誘っていただいたのに」
「なになに、母体たるハイネリアの利益は、これすなわち、吾輩たちセティカの利益に他ならぬのであるな。あなたがハイネリアの味方でいて下さるのなら、吾輩のほうには何の文句もないのであるよ」
パルロゼッタはコクコクとうなずいた。
「では、ナルアさん達はどうであるか?」
「私達は、探検を終えたらオルミヤン王国に帰還する身だ」
ナルアは凛とした声で言った。
「この大陸に骨を埋める気はないし、そもそもこちらの大陸でのあれこれは、私達には関わりのなきことだ」
「であるかであるか。――しかし」
パルロゼッタの緑の光がキラリと輝く。
「この大陸にいるあいだだけでも、吾輩達セティカ――それとも、ハイネリアに何かしらの恩を売っておく、というのも、なかなか悪くはないと思うのであるが。なにしろハイネリアは、技術国家、貿易国家であるからな。ナルアさん達の――オルミヤン王国の目的、ニルスシェリン大陸と、アヤティルマド大陸との交易の復活、という目的達成の、助けにこそなれ、邪魔にはならんと思うのであるが」
「――考えておこう」
ナルアは軽くうなずいた。豹の尻尾が、ユラリと揺れる。
「――では」
パルロゼッタは、にこにこと、クレアノンといっしょに部屋に入ってきたアレンを見やった。
「アレンさんはどうであるか?」
「何度も言わせないで下さい」
ユミルが間髪いれずに口をはさんだ。
「アレンは私の――イェントンの一族に連なる者の妻たる身です。独断でそんな重大なことを決められるわけがないでしょう?」
「であるかであるか。なんとなんと、吾輩みんなにふられてしまったのであるよ。がっかりであるな」
パルロゼッタは、まったくがっかりしていない口調でそう言うと、ヒョイと肩をすくめた。
「まあよかろ。セティカの勧誘部隊長としては、実りなき日であったのであるが、社会学者としては、まさに百年に一度、ひょっとしたら、千年に一度の大豊作の日であるのだからな!」
「パルロゼッタしゃんは、眠うならんのかねえ?」
サバクトビネズミ族の獣人、オリンが、のんびりと口をはさんだ。
「ぼくなんか、パルロゼッタしゃんとナルアしゃんを川原でまっとるあいだ、二回もお昼寝しちゃったよ。のうパルロゼッタしゃん、パルロゼッタしゃんは、ゆうべからずうっと、眠っとらんやろ? ぼく、ナルアしゃんが、二日三日の徹夜くらいでどもならんことは知っとるけど、パルしゃんは眠うならんのかねえ?」
「眠ってるひまなんてないのであるな!」
パルロゼッタは、元気いっぱいに叫んだ。
「こんなに面白い日に、眠ってなんかいられないのであるな!」
「あら」
クレアノンはにっこりと笑った。
「それじゃあ、しばらく私とお話、できそうかしら?」
「もちろんであるな! 吾輩のほうから、土下座してでもお願いしたいことであるよ、それは!」
パルロゼッタは喜々として叫んだ。
「そんなこと、してくれなくっていいわよ」
クレアノンは、おかしそうに笑った。
「だって私は、私の話したいことを話すだけなんだから」
「よいのであるよ。それで十分」
パルロゼッタは、ニンマリと笑った。
「さてさて、それではクレアノンさん、クレアノンさんがわざわざ吾輩に、セティカの勧誘部隊長にして、社会学者たるこの吾輩に、話したい話、とは、いったいなんであろうかな?」
「そうね――」
クレアノンは、しばし考え込み。
そして、ゆっくりと口を開いた。
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