第40話

「もしもーし、アレンさん、聞こえるー?」

『うわ!? ユ、ユミル、リリーがしゃべりました!?』

 アレンのびっくり仰天した声に、ライサンダーやメリサンドラが苦笑する。クレアノンがアレンに渡した黒猫リリー――他の世界ではもしかしたら『ペットロボット』と呼ばれるのかもしれない――が、いきなりクレアノンの声でしゃべり出したのに、素直に驚くアレンの声を聞いて。

『落ちついて下さいアレン。クレアノンさんが言っていたでしょう。連絡を取りたい時は、リリーや竜鱗刀に話しかければいいって。今回は、クレアノンさんのほうが、私達と連絡を取りたがっているんですよ』

 落ちついてアレンをなだめるユミルの声に、クレアノンはにっこりと笑う。

「そのとおりよ。ユミルさん、アレンさん、ちょっとお話があるんだけど、いいかしら? あ、それと、映像のほうもつなげちゃってもいい?」

『え、映像ですか? ああ、はい――どうぞ』

「それじゃ」

 クレアノンが水晶玉の上で手をふると、水晶玉の中に、ライサンダー達の家で留守番中の、ユミルとアレンがうつしだされる。

『ク、クレアノンさん』

 ユミルの、あっけにとられた声が響く。

『リ、リリーの上に、な、なんかその、え、映像が出てきたんですけど!?』

「うん、通信状態は良好ね」

 クレアノンは満足げに笑った。

「あのねユミルさん、結論から先に言うわ」

『え? あ――はい』

 水晶玉の中のユミルの顔がひきしまる。

『どうぞ』

「私達、ソールディン家と協力関係を築くことに成功したわ」

『――』

 ユミルの瞳が、複雑な色を宿して揺らめく。

「――クレアノンさん」

 メリサンドラがささやく。

「わたしもお話しできるかしら?」

「ええ。じゃあ、あなたの映像を送るわね」

 クレアノンが片手をひらめかせる。

『――メリサンドラさん』

 ユミルの口から、ため息のような声がもれた。

「わたしをご存知なの?」

『ハイネリアに住んでいて、ソールディンの四兄弟を知らない人なんていませんよ』

「あら、それは光栄だわ」

 メリサンドラは悪びれずににっこりと笑った。

「それじゃあ、これでクレアノンさんの言葉を信じていただけたわね?」

『――あなたの姿を見なくても信じますよ、私は』

 ユミルは、いささか反抗的に言った。イェントン家とソールディン家の確執――というか、イェントン家のかなり一方的な強い劣等感――は、どうやらユミルの内にも根をおろしているらしい。

「そうね。疑うようなことを言ってごめんなさい」

 メリサンドラはサラリと謝罪した。

「それで――と。わたし、というかわたし達、あなたがた二人にお願いがあるんだけど。ああ、といっても、具体的な方法を考えてもらうのは、ほとんどあなたになると思うけど、ユミルさん」

『――何をお望みですか?』

 幾分警戒しながら、ユミルが問いかける。

「――」

 メリサンドラは、大きく息をついた。

「――クレアノンさんがやろうとしていることは、わたし達、ソールディン家だけの協力でどうこうできるようなことじゃないの。どう少なく見積もっても、ハイネリア全体の協力が必要になるのよ」

『――それは、そうだと思います』

 ユミルは、鋭く目を光らせながらうなずいた。

『それで――私にどうしろと?』

「調べさせてもらったわ」

 メリサンドラは目をしばたたいた。

「ユミルさん、あなたは一時、ザイーレンさんの養子に、という話もあったそうね?」

『ああ、はい、あったそうですね。まあ、もうザイーレンさんにはお子さんがいらっしゃいますから、いまさらそんな必要もないと思いますが』

 ユミルはさばさばとした口調で言った。過去はどうだか知らないが、少なくとも今現在、彼はそのことに対してなんら痛痒を感じてはいなかった。

「それでね」

 メリサンドラは、再び息をついた。

「あなた――なんとかして、ザイーレンさんを説得できないかしら?」

『――』

 ユミルは軽く唇を噛んだ。

『――あなたが、私にそんなことを依頼する理由は、一応わかっているつもりです』

 ユミルはゆっくりと言った。

『イェントンとソールディンは、仲がいいとは言えない――いえ、正直に申し上げますと、そちらは特になんとも思っていないのに、こちらが勝手に毛嫌いしています。まあ、その、それくらいの自覚はあるんですよ、私達にも』

「――わたし達も、いけなかったの」

 メリサンドラは、重い声で言った。

「知らん顔して、ほうっておいたのが一番いけなかったの。ほんとは――ほんとはもっと、仲良くする努力をするべきだったのよ、わたし達」

『――ありがとうございます』

 ユミルはにっこりと笑った。

『ええ、私もそう思います。いがみあっているより、仲良くしあったほうがずっといい。こんな簡単なことを、アレンに出会ってようやく、私は学ぶことが出来ました』

「そちらが、アレンさんね?」

『ええ』

 ユミルは、誇らしげに胸を張った。

『私の、妻です』

 ユミルの発言に、部屋の中の面々がどよめく。

「あら、おめでとう」

 メリサンドラは、クスリと笑った。

「はっえー!!」

 カルディンがすっとんきょうな声をあげる。

「おめー、俺より手が早かったのかよ。やるなあミルミル」

『…………うう』

 ユミルが、いきなり頭の上に一抱えもある岩を投げ落とされたかのような顔でうめいた。

『わ、私のことをそんなふざけた呼びかたで呼んだのは、い、いまだかつて一人しかいません……』

「そーだよーん、男も女も見境なしの、カルディンだよ~ん♪」

『自分で言わないで下さい自分で!』

「まあまあまあまあ。いやー、しっかしかわいーねー、おまえさんの幼妻は」

『カルディンさん』

 ユミルの目が凶悪な色をおびる。

『もしアレンに手を出すなんてふざけたことをしたら、私あなたを人間松明にしますからね!!』

「おっとお」

 カルディンは面白そうににやにやした。

「ミルミルは、俺の二つ名を知っててそういうことを言うのかなー?」

『――『炎のカルディン』だろうとなんだろうと、私はやりますからね』

 さらに凶悪さを増すユミルの後ろで、アレンがおろおろしているのが見える。

「カル」

 メリサンドラの鉄拳が、カルディンの頭に炸裂する。

「あんたちょっとひっこんでなさい。大事な話なんだから」

「へーいへいへい。いやー、相変わらずからかいがいのあるやつだ❤」

「どきなさい」

 メリサンドラのさらに重みを増した鉄拳が、カルディンのみぞおちにめり込む。

「ウゲッ!?」

「――本当にごめんなさい。この馬鹿のことは気にしないで」

 メリサンドラが大きくため息をついた。

「で、ええと――」

『ザイーレンさんを説得すればいいんですね?』

「出来るかしら?」

『…………』

 真剣な顔でユミルが考えこむ。返事を待つクレアノン達が、そろって固唾を飲む。

『…………私は』

 ゆっくりと、ユミルが口を開く。

『あらゆる意味で、ザイーレンさんには勝てません。あの人を論破しようとしても、反対にこちらが打ちのめされるのが関の山です。私をネタに同情を誘おうというのも、まあ無駄なことでしょう。あの人の身内に対する優しさと厳しさは表裏一体です。あの人は、道を踏み外したものに対してはこの上なく苛烈です。――ああ』

 ユミルが、あわてたような顔でアレンを見やる。

『アレン、別にあなたのことを責めているんじゃないんですよ。――とにかく、私ではきっと、ザイーレンさんを説得することなど出来ないでしょう。――ただ、もしかしたら』

「もしかしたら?」

『もしかしたら』

 ユミルの琥珀色の瞳は、静かな光を放っていた。

『エリシアさんが――ザイーレンさんの最愛の人が、おそらく今最も必要としているであろう存在に、なることぐらいは――出来る、かもしれません。確信はありませんが』

「ユミルさん」

 メリサンドラが目を輝かせた。

「それはいったい、なにかしら?」

『――恥ずべきことです。イェントンの一族の中で、あの人に寄り添おうとした者が一人もいなかっただなんて。――もちろん、私も含めて』

 ユミルはまっすぐに部屋の面々を見つめた。

『でも、今の私にはわかります。エリシアさんが、いったい今何を必要としているのか。どれほどそれが必要なのか。――よく、わかります。だってそれは――私達もまた、必要としていたものなんですから。――クレアノンさん達と出会うまでは』

「――」

『エリシアさんが、きっとこの上なく必要としているもの、それなのに、誰もそれになろうとはしなかったもの、それは――』

 ユミルの、口から。

『――味方になってくれる、いつでも味方になってくれる、自分が悲しい時、つらい時、困っている時にそばにいてくれる――友人、ですよ』

 明日へのしるべが告げられる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る