第2話 食の好み
制服に着替え、リビングに向かうと、朝食の準備が既に出来ている。
「わざわざ俺の分まで。ありがとうございます」
「どういたしまして。まあ料理なんて一人分も二人分も作る手間は一緒だから。気にしないでいいよ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ食べようか。座って座って」
聖さんと対面する様に座る。
「いただきます」
「いただきます」
朝食のメニューは焼き魚、味噌汁、白米。
一般的な和食だ。
味は可もなく不可もなくといったところか。
「美味しくないかな?」
可もなく不可もなくというのが顔に出ていたのだろうか。
顔に出やすいタイプではないと思っていたが、認識を改めた方がいいかもしれない。
「いえ、別に」
「うーん。なんだろうねぇ」
聖さんはなにか考えるような素振りを見せるが、構わず食事を続ける。
「それだよ、それ。なんかよそよそしいのよ」
「はあ……」
確に、自分でもそれはわかる。
しかし、それは仕方のないことなのだ。
まず、この日高聖という人物を俺はよく知らない。
いや、これは少し語弊がある。情報としては知っている。
自分より年上の女性で、仕事をしている。実家が金持ち。そして聖の親と俺の親は昔からの知り合いで、仲が良いという事だ。
話の流れからして聖との親交があってもおかしくは無いのだが、昨日が初対面である。
つまり、親交の無い異性と突然の同居。
そして、何故このような事になったか簡潔に述べるとこうなる。
俺の親が仕事でしばらく海外に行く事になって、一人になった俺を仲の良い友人の娘の家に居候させてもらう事になった、という事だ。
色々とツッコミどころの多い出来事だが、そこに至るにはそれなりの理由があるわけで。
まず、俺が一人暮らしをすれば解決するのだが、それは親が反対した。子どもを一人にするわけにはいかない。だそうだ。
なら親の友人の、金持ちの実家とやらに居候すれば良いのではないか。それは聖の親が反対した。理由はわからない。
その代わりに、娘の聖が一人暮らしをしているからそこなら居候しても構わない、と言ってきた。
若い女性の一人暮らしに年頃の男が一緒に暮らすのはどうなのかと思ったが、若い男がいれば用心棒代わりに丁度良いと寧ろ安心していた。
聖本人も俺を歓迎していたようで、乗り気じゃないのは俺ただ一人。無力な子どもは転校先と引越し先を親に決められたのだった。
「そんな事言われましても、昨日の今日で打ち解けるのはちょっと難しい気が……」
「はいそのよそよそしい言葉遣い禁止!」
「そんないきなり禁止って……」
「家主に逆らう気?」
聖がニヤリと笑う。
「滅相もない」
こういうタイプはおとなしく従っておいた方が楽だ。
反抗したら面倒になること間違いなし。
「あら、意外に素直ね。良い事だわ。それと私の事は聖って呼んでね」
「はあ、まあいつまでもよそよそしいままというのも、それはそれで疲れそうだったので」
「そう、ならもう一度聞くけど、料理は美味しい?」
そこを掘り返すか。
仕方ない、適当に流す事にしよう。
「まあ、普通でした……だった?」
よそよそしい基準が微妙にわからないな。
「普通。普通って事はつまり、不味くもないし、美味しくもないと」
そっちか、めんどくせぇ。
「そ、そんなことないですよ?」
「そう気を使わないで。それと私は紡の料理の好みを知りたいの。出した料理を微妙な顔で食べられると、私としてもあまり気分の良いものではないし。紡だって好きなもの食べたいでしょう?」
そこまで顔に出ていたか。
まあ嫌いな食べ物を知らせて、事前に回避出来るのであれば俺としても嬉しい事だ。
「じゃあ一つ。味噌汁の具材についていいですか?」
「具材?いいけど」
「豆腐は嫌いなので減らすか入れないでもらえると助かります」
「ふーん。わかったわ」
「それと……」
「それと?」
「朝食は和食よりパンがいいです」
「パンねぇ。ジャムとかもいる?」
「あると嬉しいです。後は時々目玉焼きとかピザトーストとかフレンチトーストとか……」
「紡、貴方意外と図々しいわね」
自分でも食の好みが細かいのはわかるのだが、中途半端に遠慮してはどちらも得をしない。
ここは構わず続ける事にしよう。
「それと────」
結局、思い付く限りの好きな食べ物と嫌いな食べ物を言い、それを聖がメモをとるという事を続け、気が付けば家を出る時間を過ぎていた。
「紡、間に合う?」
玄関で靴を履いていたら後ろから聖の声がした。
「走ればなんとか」
「そう、昼には学校終わるのよね?」
「多分そう」
「なら昼食を楽しみにしてなさいな」
「聖、今日は仕事お休みなのか」
「そうよ。だから寄り道せずに帰ってくるのよ」
「善処する」
本と筆箱しか入っていない軽い鞄を持ち、立ち上がって聖の方を見る。
「いってくる」
「いってらっしゃい」
家を出て、学校へ向かって走り出した。
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