第167.5話 背中と心にぽっかり穴が……らしいです
宿屋の部屋に月明かりが差し込み、ベッドの上で上半身を起こしている少女を照らす。
機嫌が悪いようで頭をガリガリと掻いた後、長い黒髪を縛ってポニーテールにするとベッドから降りる。
「くそう、変な時間に爆睡しちゃったから眠れない……」
起き出したのはレイアで気持ち良さそうに眠るアリア達を見渡し、最後に元凶であるスゥを見つめて溜息を零す。
「気持ち良さそうに寝ちゃってさ」
ぼやくレイアは気持ち良さそうに寝るスゥの頬を引っ張りたい衝動に駆られるがグッと堪える。
文句ぐらいなら言いたいがスゥがレイアを失神させる状況を作ったのは自分である事は理解していた為であった。
当面のスゥへの復讐が出来なくなると起きてるのが自分だけで何も出来ない。
どうしたらいいかと思わずウロウロするとアリアが身動ぎするのを見て困った顔をして止まる。
「アタシがここにいたら寝てるみんなを起こしちゃうな……」
辺りをキョロキョロすると窓から入る月明かりを見て呟く。
「綺麗な月明かりだな……散歩でも行こうかな?」
名案だとレイアは頷く。
しかし、現状それぐらいしか出来る事がないという悲しい現実からレイアは目を逸らして意気揚々と部屋から出て行った。
外に出ると少し肌寒さを感じるが月はとても綺麗でレイアは感嘆の溜息を洩らす。
北川家では基本的に皆、早寝早起きな為、こうして月を眺める機会はあまりない。
普段であればこんな時間に出歩けばいつの間にか背後に現れる雄一に「明日も早いんだから早く寝る!」と連行されてしまう。
以前、嫌がるダンテも巻き込んで月見に行く為に飛び出した時の事を思い出していた。
当然のようにあっさりと雄一に発見されたレイア達は「お月見したい!」と駄々をこねた。
連れ帰ろうとする雄一に必死に抵抗するレイア達に手を焼き、困った顔をした雄一が諦めるように溜息を洩らすと「30分だけだぞ?」と言ってレイア達に家にドーナツを取りに戻ってくれた日を懐かしく思いなら月を眺める。
普段出来ない事をして寝てる時間に特に代わり映えしない月を眺めてるだけで特別を感じたレイア達の楽しい思い出。
いつも食べてるドーナツ、出来たてでもなく冷たく美味しい訳がないのに別物のように美味しく感じた。
「ああ……あの時の月もこんな感じだったっけ」
レイアの瞳に映る月は半月とも三日月とも言えない中途半端な月で見栄えが良い訳ではない。
それでもレイア達は最高に綺麗な月に見えた。
嬉しそうに破顔していたレイアの顔が不機嫌そうに唇を尖らせる。
「月見して楽しんでるアタシ達に『もう30分経った。帰るぞ!』と言うアイツは空気読んでないよな! 未だにアタシ達をガキ扱いするし!」
ブツブツ文句を言うレイアが歩いていると明日、向かう予定の洞窟が見える位置にやってきていた。
「あっ、やべ! ボケて突っ込むとこだった」
先程、強気な事を言っていたがさすがに単独でやれるとはさすがにレイアも思ってはいない。
ここにいたら危ないと感じたレイアが足を止めた瞬間、レイアに冷たい夜風が吹き付ける。
その寒さに思わず両腕を抱くようにしたレイアはここに1人で居る事がいかに危ないかという事に気付く。
背中に冷たいモノを感じたレイアは身を縮める。
夜という事と得体のしれないモノが徘徊してるかもしれないところに1人で居る事を再認識してしまう。
辺りを警戒しながら後ろに進むレイアは我知らず独り言を洩らす。
「ちっ、どうしてこんな時にはあの馬鹿はここに現れないんだ……」
そう呟いた事に気付いたレイアは奥歯を噛み締める。
雄一を頼りにした事に対する苛立ちと来る訳がないと分かった同時に酷く不安に駆られた自分を律する為に……
自分を奮い立たせるレイアは雄一には頼らないと戒め、ゆっくりと後退する。
しかし、葉が風で揺れる、波の音で一挙一動でビクついてしまうレイアは自分がこれほど臆病だったのかと悔しさから唇を噛み締め、拳を握り締めた。
普段なら気にもしない音などで驚くレイアの背後から足音がして振り向く。
振り向いた先の人影を見てレイアは安堵の溜息を吐くと同時に悪態を吐く。
「遅い! 来るならもっと早くこいよ。普段は来るなと思っても来るくせに……」
レイアが見た人影が想定してたモノよりずっと小さく、そして1つではなく2つであった。
影で隠れていたモノは月明かりに照らされると寝巻姿のシホーヌとアクアが眠そうに目を擦りながらこちらに来ていた。
「レイア……こんな時間に出歩いてはいけませんよ……ふあぁ」
「zzz」
眠そうに欠伸をするアクアと歩きながら寝るという妙技を見せるシホーヌがレイアの前にやってくる。
強張った表情で2人を見つめるレイアを見た2人はヒラヒラと手を振ってみせる。
「大丈夫なのですぅ。私達はユウイチのように怒ったりはしないのですぅ」
「ええ、主様には内緒にしておきますから一緒に帰りましょう?」
ヘラッとした表情で言う2人の前から全力で駆け出すレイア。
それを見た2人がレイアに声をかけてくるが止まらずに走り続ける。
走るレイアは胸を掻き毟るようにして苦しげに呟く。
「アタシは今さっきの人影を何と思った……」
脳裏にカンフー服を纏う黒髪の大男の背中が過るが必死に被り振る。
「違う! アタシはアイツがいなくても1人で出来る! 安心したりなんかしない……」
顔をクチャクチャにして泣きそうなのを我慢するようにしてレイアは宿屋に駆け込み、自分のベッドに潜りこんで早く朝になれ、と念じながら目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます