第314話 誓いの言葉らしいです
「ポロネ」
ダンテの視線の先にいる少女の名を口にして、距離にして10歩程度の所で歩みを止める。
しかし、呼ばれたポロネはピクリとも動かない。
聞こえてない、意識がない、という事は有り得ない。
何故なら、ここはポロネの精神世界であって現実世界ではない。認識してしまえば距離など有って無いようなものである。
それでも反応しないポロネにダンテはショックを受けた様子を見せずに笑いかけ、手を差し出す。
「迎えに来たよ、帰ろう、ポロネ」
まるで、夕飯の時間になっても帰ってこなかった家族を迎えにきたような気楽な笑みを浮かべるダンテの声音にやっと肩が少し跳ね上げるポロネ。
それでも振り返らないポロネに苦笑いを浮かべるダンテが困った風に話しかける。
「アリア達もね、ポロネを連れ戻す為に頑張ってくれたんだよ? そして、最後のバトンを僕に手渡してくれた。なのに、お迎え1つ出来なかったら、僕がアリア達にどんな酷い目に遭わされるか、ポロネも良く知ってるよね?」
自分で言っておきながら、想像するだけで身震いしたようで乾いた笑いを浮かべるダンテにポロネがやっと反応を返す。
「私は帰りません。アリア達にもそう言っておいてください」
「そうか、でも、僕はポロネをこんな寂しい場所から連れ出すよ」
力みのない表情で優しげに見つめるダンテは迷いも感じさせずに自分の意思を伝える。
振り返ったポロネが、いつもなら緩んだ瞳をするポロネが強い感情を込めてダンテを見つめる。
「私は誰でどういう存在か思い出しました。ここにダンテがいるという事はダンテも私が誰か知ってるはずです!」
「うん、知ってる。初代精霊王とその加護を受けた人の間に生まれたんだよね? しかも親の属性を強く受け継ぐだけでなく、他の三属性も扱える……まさに世界の愛し子と呼ばれる存在だよね?」
ダンテの『愛し子』の件で辛そうに眉を寄せたポロネが感情を叩きつける。
「愛し子なんかじゃない! 私は呪われた子、と言われてもしょうがない。少し力を暴走するだけで世界をこれだけ傷つけていく。四大精霊獣が揃っても封印するしかない、分かるでしょ!?」
「逆に言ったら暴走しなければ世界を傷つけないという事にもなるよ。僕がポロネを暴走させないよ」
そう言うダンテが人差し指を立てながら、冒険者の依頼であちこちポロネと一緒に行動した時のポロネの失敗をダンテが繰り出したファインプレイの数々を披露し始める。
一瞬、ダンテは何を言っている? とばかりに混乱したポロネが震え出すと怒りからか強い感情をぶつけてくる。
「ふざけないで! 規模が違い過ぎる。世界と雑用依頼を同じにしないで!」
「そうなのかな? 僕はそうは思わないよ。例えば、国同士の会合があった時、ホスト国は歓迎の宴を開くよね? それは規模が大きいからするの? お友達が遠くから遊びに来るとなったら、御馳走を用意しようと考えたりしないかな?」
少しもビクともしないダンテに苛立ちが募る座り込んでたポロネが立ち上がる。
「だから、規模が違うって……」
「分かってる。僕が言いたいのは規模が大きかろうが小さかろうがやる事は同じだ、と言いたいんだ。後は受け止める側の腹一つだよ。僕は大事なモノを守る為なら世界を相手にするぐらいは平気でするよ」
にっこりと笑うダンテから辛そうに顔を背けるポロネを見つめるダンテは気付いている。
ポロネが発する言葉はダンテ、そしてアリア達に自分という存在が重荷になってしまっているのを降ろして楽になって欲しいと願う為に嫌われるように、どうにもならない現実だと思わせる為にダンテを遠ざけようとしている事に。
お互いを思いやるが為、交われない線、平行線になっている。
ここで理屈や我を強くして無理矢理に交わらせようとすると全てが駄目になる。
彼岸にいるポロネにどうしたらいいか分かるダンテには焦りも悲壮感も存在しない。
「私を助けるという事は、ダンテは私と契約するしかない。今の貴方ならできるかもしれない。でも、それはその仮初の加護があってこそ、切れたらダンテに大きな枷が生まれるよ?」
「そうだね、枷は外す事もできるよ。僕の頑張り次第だよ」
ダンテを諦めさせようとリスクを伝えてくるポロネの声音は先程までの強気なセリフがなりを顰め出す。
それに気付いているだろうが気にしないダンテがあっけらかんと言い放ち、1歩近寄る。
「その枷はきっと精霊感応に一番影響を及ぼすはず。他の精霊とお話どころか見る事もできなくなる。そのせいで魔法を使う事にも影響が生まれるよ?」
「寝たりきりだった僕が動けるようになった頃から見えてた精霊達が見えなくなる……話ができなくなるか、少し悲しいけど、居なくなる訳じゃない。僕がポロネを受け止められる男になったら再会できる友達だからね?」
揺れない笑みを浮かべるダンテを見て、逆に揺れるポロネは被り振る。
「五感を封じられるような目に遭うと分かってまで私を助ける意味なんてない! 私なんて死んで消えてしまえばいい!」
「それだけは絶対に認めない!!!!!」
先程まで穏やかな笑みを浮かべていたダンテだったが激昂する。
すぐに自分が感情を剥き出しにしている事に気付いて照れ笑いを浮かべる。
「ポロネ、悲しい事言わないで。ポロネがいなくなるとアリア達も教会の子供達もきっと悲しむ……僕もね?」
泣きそうな顔で笑うダンテを見つめる事ができなくなったポロネが足下を見つめる。
笑って相手、ポロネを安心させて上げられない事が悔しいダンテは一生懸命に笑いながらポロネの下へと歩く。
俯くポロネの両手を優しく掴み上げる。
顔を上げるポロネの瞳から零れる涙を見て、綺麗だと思うダンテは柔らかく微笑む。
「僕がいつかきっとポロネを平穏な生活を送れるようにしてみせる。だから、ポロネも僕を信用してくれないかな?」
「本当にできるの?」
縋る場所を探す子供のような目をダンテに向けるポロネに雄一がするような自信を感じさせる笑みを意識して浮かべる。
「任せて!」
「お願い、私を日常に連れ戻して……ダンテ!」
声を殺して泣くポロネの手を優しく握り締める。
「約束です。僕は約束を破った事はありません。そして、これからも!」
ダンテは知っている。
交われないなら寄りそうように隣で歩き、手を繋ぐように進む事ができる。
重なり合えばいいと……
ダンテとポロネが見つめ合い、頷き合うと誓いの言葉を口にする。
「「
▼
疲労困憊で動けなくなっているアリア、レイア、ヒースと離れた場所で意識を取り戻したが動けないスゥが上空に浮かぶ精霊門が開き、そこに強い光が飛び込み、開いてた扉が重い音を響かせながら閉じていくのを見つめ続けた。
そして、友であり家族のエルフの少年、ダンテがやってのけた事に笑みを浮かべる。
やっぱり、自分達の司令塔はできる男だったと誇る穏やかな笑みを浮かべながら、4人は安心したように意識を手放した。
▼
同じように遠くから見守っていた雄一とホーエンは、その光景を腕組みしながら頷いていた。
「なかなかやるな、お前のところの子も?」
「はっ! 家の子なら当然のようにやってのける簡単な事だ。お前が育てた子ならこうはいくまい?」
雄一の物言いに血管を浮かび上がらせるホーエンが身を乗り出してくるので、受けて立つように前に出る雄一の額とホーエンの額がぶつかり合う。
「焼き殺してやろうか?」
「はぁ? 松明の火で焼き殺せるならやってみろよ?」
常人が近くに居ればショック死も有り得る程の威圧が撒き散らせ、睨み合う2人がいつもの喧嘩を始めようとした時、揃って2人が眉を寄せて、ダンテ達がいる方向と逆の後方に顔を向ける。
『ウェンディ! ウェンディ!!』
力の塊となった初代精霊王の加護を受けた男、ポロネの父親が強い力に抑えつけられながら妻であった初代精霊王の名を呼び続ける。
「そういえば、忘れてたな。こいつはこれ以外の言葉は言えんのか? 煩くて敵わん」
「そうだな、ダンテとの契約が済むまでに殺したらどんな影響があるか分からなかったから封じていたが、もういいだろう。喧嘩の邪魔だ」
雄一とホーエンの力の大半を使って抑えつけ、ポロネの父親の力が漏れ出さないように細心の注意を払って囲っていた。
もう必要はないと判断した2人、雄一は巴を握り、ホーエンは両手に炎を宿す。
「俺達にとって色んな意味で先輩よ。お前の失敗から俺はアグートを失う事があろうとも決して我が子を苦しめる事をしないように戒める」
「ふんっ、失った悲しみを耐えれなかった先輩よ。嫁を愛する気持ちと同じぐらいに子供を愛したらこんな事にはならなかっただろうによ?」
そう言い放った直後、抑えつけていた力を解放する。
雄叫びを上げるポロネの父親がダンテが作った精霊門を目掛けて飛ぼうするが先回りしたホーエンが叫びながら攻撃を放つ。
「行かせん! 『紅蓮衝破』!!」
炎を込められた拳を一拍の間もおかずに交互に上から叩きつけるように拳を放つ。
ホーエンに殴り飛ばされるポロネの父親が雄一がいる方向へと飛ばされてくる。
「ああぁ~、相変わらず攻撃に名前を付けるのが好きな奴だ。威力が上がる気がする、と言ってるが変わらんだろ?」
迫りくるポロネの父親を呆れる視線で見つめる雄一の肩に背負われる巴が話しかけてくる。
「じゃったら、ご主人はどうするんじゃ?」
「決まってるだろ? 渾身の力を込めて振り抜く!!」
心が壊れてしまっているポロネの父親に目掛けて雄一は口の端を上げながら巴を力強く振り抜く。
雄一に斬り裂かれたポロネの父親は日の出の光に照らされて朝霧のように消える。
上空にいたホーエンが下りてくるとお互い見つめ合った後、笑みを浮かべ合う。
雄一は巴を地面に突き刺すとファイティングポーズを取る。
「さあ、喧嘩の続きだ!」
「今日は俺が勝つ!!」
そう叫びあった直後、お互いの顔を殴りつけ合う馬鹿が2人いた。
突き刺された巴が銀髪のキツネの獣人の姿になり、近場の岩場に腰掛けながらキセルを吹かす。
呆れを隠さず紫煙を吐く巴がぼやく。
「ほんに男はいくつになっても馬鹿ばかりじゃ。じゃが、それで良い」
微笑ましいモノを見つめるような視線を向ける巴は楽しげに笑い声を上げた。
11章 了
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