第275話 懐かしい顔、知らない顔、どちらも見たくないようです

 ホーラはミチルダと付加魔法の運用と新しい使い方の模索を繰り返すという気が遠くなるような反復を繰り返し、そろそろ夕方になる事に気付いて切り上げる事にする。


「じゃ、師匠。今日はこれぐらいにしとくさ」

「ええ、そうね、しばらくペーシア王国に行ってくるんでしょ?」


 ミチルダに問われて頷くホーラは早くても明後日と伝える。


 ホーラの言葉に頷くミチルダは少し寂しそうな顔をする。


「せっかく新しい魔法、とても貴方向きのが完成しそうなのに、残念」

「まあ、焦ってもしょうがないさ。向こうでは、こちらにいるより手空きの時間があるからアイディアを溜めとくさ」


 効率的に考えるホーラらしい返答にミチルダは「貴方は相変わらずねぇ、そんなのだからユウイチに甘えられないのよ」と言われて鼻を鳴らしてそっぽ向くホーラ。


 甘える、駄々をこねる、こういった行動は効率的に考えれば基本的に無駄な行動だ。

 効率的に考える傾向があるホーラは、そうやった行動を取る事が無駄に思えてしないのと同時に雄一にはしてみたいという衝動をいつも抑えてしまう。


 人としては効率的であるが、女の子としては非効率的なホーラであった。


「まあ、そういう訳で、しばらく来れなくなるさ。続きは帰ってからで」


 後ろ手で手を振るホーラは口で争ってもミチルダには勝ちは難しいと考えて効率的に撤退を選び『マッチョの社交場』を後にした。





 夕暮れ時の市場をホーラが歩いていると前方に無駄にセクシーなエルフの姿を発見する。


 向こうもホーラの存在に気付いたようで表情を明るくして声をかけてくる。


「あら、ホーラ。今、帰り?」

「ああ、そうだけど、ディータは夕飯の買い出し?」


 紙袋を抱えるディータが北川家の住人にだけ見せる優しい笑みを浮かべて頷いてくる。


 紙袋の中身はどうやらリンゴのようだが、それを見つめるディータが苦笑する。


「今日の夕飯に使う分をシホーヌ達が盗み食いして足りなくなちゃったんで」


 それを聞いて、買い出しに雄一が来てない事が合点いった。


 きっと、今頃、シホーヌ達を折檻中なのだろう。


 再び、笑みを浮かべるディータが横に並んできて、アリア達の面倒を見るのは年々大変になっていくという年長組の懸念材料というか愚痴を笑い話に歩き始めて、すぐぐらいに「ちょっといいか?」とホーラ達は声をかけられる。


 ホーラはまたいつものナンパか、と嘆息する。


 今日は隣にディータもいるから余計にかと諦めて振り返る。


 2人共、振り返ると各自違う表情をする。


 ディータは不審者を見る目で、ホーラは疑問を覚えた顔を浮かべた後、誰であるか分かって肩を竦める。


「一瞬、誰か分からなかったさ。見事に中年太りになって……名は体を成すとは良く言ったものさ、ねぇ、レモン?」

「くっくく、相変わらず気は強い女だな。俺をレモンと呼ぶヤツはダンガではめっきり減ったから懐かしい気分だ」


 ビール腹を叩いて笑う中年の男は、空いてる手で顎にある無精ひげを撫でてみせる。


 ホーラと中年の男のやり取りを見て首を傾げるディータはホーラに質問を投げかける。


「ん? ホーラの知り合いなのか?」

「不本意ながらね。名をダスクと言って、以前はストリートチルドレンの女を娼婦に斡旋する仕事をしてたさ。でもユウにボコボコにされて細々と続けてるという話は聞いてたけど、まだダンガにいるとは思ってなかったさ」


 そう、ホーラが言うようにそれがキッカケになり同じ仕事を生業にする者達が雄一を恐れて、積極的に動けなくなり、しかも、その雄一が学校を作った事で生活の為に体を売る必要がなくなり娼婦の成り手が激減した。


 強引な手を使って雄一に睨まれるのを恐れた者達は、仕事がし辛く旨みがないと1人、また1人と転職していった。


 そして、今頃になってこちらに報復でも考えているのかと2人は警戒する。


 2人に見つめられたダスクは、昔はイケメンだった時の名残か両手を広げて肩を竦め、ニヒルに笑ってみせるがビール腹のダスクからは失笑しか生まれない。


「まあな、お前達にやられた1年ぐらいはだいぶ恨んだが、今となっては感謝してるぐらいだから逆恨みなんてしてねぇーから、そんな目で見るなよ?」

「その言葉を素直に信じろと?」


 ディータが昔取った杵柄の暗殺者の目で睨むとダスクは汗をダラダラ流して「本当だからそんな眼で見ないでくれぇ」と情けない声を上げるのを聞いて、2人共、警戒し過ぎたかもしれないという考えに落ち着く。


 殺意が籠った視線がナリを顰めてホッと息を吐くダスクはこれ以上疑われないように現状を伝える。


「確かにあの直後は娼婦を斡旋する俺達は袋小路に追い込まれたような状況だった。娼婦は確保できないし、僅かにいる女は取り合いになるわ、女の方が俺達の足下を見るから実入りが期待できないと最悪だった」


 あの時は最悪だったと思い出しながら溜息を吐くダスク。


「だがよ、俺はお前達に恥を掻かされたから、他の職業に就くに就けない。表の仕事は傷モノをわざわざ雇うとしないしな。ここで踏ん張るしかない俺と違って他の奴等はあの化け物、ユウイチを恐れてダンガ以外で仕事するか転職していって、気付けば、ダンガで娼婦を斡旋してたのが俺だけになったという訳さ」


 片手で両目を覆って笑うダスクを見て、ホーラはなるほど、と納得する。


 結果論ではあるが独占市場という事だ。


 笑っているダスクを詰問するように睨むディータが言ってくる。


「それでお前は今でもストリートチルドレンを食い物にしてるのか!」

「おいおい、勘違いしてねぇーか? 以前ならともかく今の娼婦になろうという奴等は自分の意思でだぜ? それはお前達が心酔する男が建てた学校で生計を立てる事より男に寄りかかって股を開いて楽な生活をしたいという女もいる」


 ダスクの言うように学校がアヤシイ場所ではない事はダンガに住む者以外でも常識として知られるが、それでもやってこようとしない、来てもすぐに出ていく者は少なからず存在する。


 それでも睨みつけるディータに怯えながらも言ってくる。


「お前の向けてくる視線で分かるぜ? お前も傷モノだ。あの暖かい場所で住むようになったから過去の自分と決別するのはいいが、まだ何もしてない元、同類の俺をそんな眼で見る資格あるのかよ?」


 クッと悔しそうにするディータの肩を叩くホーラが前に出る。


「ダスクの御託はいいさ。そんな景気がいいアンタがわざわざユウに目を付けられるかもしれないリスクを負って何で声をかけにきたさ?」


 さっさと言えとばかりに睨むホーラに首を竦めるダスクが一歩後ろに下がる。


「そんな怖い顔するなよ。いくら景気が良くても俺もあの化け物には会いたくない。実はある人にお前、ホーラに伝言を頼まれた」

「アタイに? アンタ経由というのが凄まじく悪い話しか想像できないさ?」


 凄く嫌そうな顔をするホーラに苦笑いするダスクは本当に面倒そうに頬を掻きながら溜息を吐く。


「俺だって本当は嫌だったんだ。金にならないし、さっき言ったようにアイツに関わる危険が付きまとう。だがよ、その相手には昔は確かに世話になったから渡世の義理ってやつで1回だけな」

「聞いてやるから、サッサと言うさ! アタイも暇じゃない」


 肩を怒らせるホーラは、わざと遠回しに言われている事にとっくに気付いており、片手を懐に入れてナイフを掴む。


 ホーラを無駄に怒らせ過ぎた事を知ったダスクが引っ張るのを止めて単刀直入に伝える。


「お前に伝言を頼んだのは、お前の本当の両親だ」


 驚きから目を見開いて動きが止まったホーラを見つめるダスクが厭らしく笑った。







 次の路地を曲がれば家という所で足を止めたホーラをディータは心配げに見つめる。


 ダスクに会って聞かされた話をディータは思い出していた。


 ホーラの両親は6年前のナイファとパラメキの戦争後にゴードンの権威がなくなって混乱する機を逃さなかったミレーヌに一気に国の改革を進められた事で身の危険を察して、いち早く持てる私財を掻き集めてシキル共和国に国外逃亡を成功させた。


 成功させたとは言ったが、リホウがホーラの両親と情報の裏を取っており、居場所は常に監視して大きな害を及ぼさない内は放置するという手間をしていた。

 万が一、ホーラが両親を捜さなければならない事情が生まれた時の為という理由だったが、そう考えたリホウ自身がその可能性はないだろうとは思っていたりする。


 そして2年前のペーシア王国騒動の一件でエイビスに対抗する為に商人達が唆すような甘言に乗ったホーラの両親は持っていた私財をほとんど失くす事になったそうだ。


 背に腹に代えられなくなったホーラの両親は、昔、捨てた自分の娘が『戦神の秘蔵っ子』と呼ばれる程になっているは早い段階で知っていた。


 そのホーラが一緒にいる存在は救国の英雄と名高い雄一。


 確かに、雄一のせいで今の状況があるのかもしれないが、それでも再出発なり、生活をする為には金がいる。


 娘の金は親の金とばかりにホーラに雄一との面会の橋渡しを厚顔無恥にも言ってきたのであった。


 ダスクが言うには放って置いたら勝手に会いにきそうな勢い、切羽詰まった状況だと伝えてきた。


「ホーラ、大丈夫ですか? 何でしたらユウイチに相談を……」

「駄目さっ!!! ユウには知られる訳にはいかない。これはアタイが片付けないといけない事さ。でも……」


 そう、ホーラは自分で解決しておきたい、何より、次の誕生祭に雄一に念願の嫁入りできるのが目の前に迫っている。

 それが自分1人じゃないのは少し残念だが、それでも弾む胸は止められない。

 温かい想いを宿らせ、その日をずっと夢見て、叶う時に邪魔される訳にはいかない。

 ホーラにとって顔も知らない両親はどうでも良い存在だが、助けを求めてくるホーラの両親を助ける訳にはいかない雄一が辛そうに追い払う事態にはしてはいけない。


 だが、雄一に知られる訳にはいかないホーラには雄一に頼まれたアリア達の同行する約束がある。


 現在も元、シキル共和国にいるらしいホーラの両親に会いに行こうとすると長い間アリア達から離れる事になる。


 確かにテツがいるから大丈夫だとは思うが、変なところが抜けてる弟が心配で躊躇してしまっている。


「せめて、ポプリが最初からペーシア王国まで一緒にいるなら抜けれたのに……」


 ポプリが統べるパラメキ国はシキル共和国とペーシア王国に挟まれるようにあり、いなくてもいい間は一緒に居て、居て欲しい所でいなくなるという歯痒い思いにホーラは唇を噛み締める。


 顔を顰めるホーラを見つめるディータは1つ頷くと声をかけてくる。


「では、私も同行しましょう。ホーラが帰ってくるまでアリア達の面倒をテツと共に見ておきます。ユウイチにはカンが鈍ってきたので少しの間、同行すると私の方から伝えておきましょう」


 ついでにダンテの成長も見たいと言えば疑われません、とホーラに笑いかけてくる。


 ホーラは紙袋を抱えてない手を両手で取ると頭を垂れて絞り出すように言葉を紡ぐ。


「感謝するさ……」

「いいんですよ。私達は家族です。助け合っていきましょう」


 頷き合う2人は優しい笑みを浮かべ合った。

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