第273話 テツも16歳になったらしいです
アリア達の背中を押したミレーヌがアイスティを飲み切って、「さてと!」とテーブルに手を着けて立ち上がろうとすると何かを思い出したような顔をする。
「そういえば、ペーシア王国にどうやっていくの? 馬車で1週間ぐらいかかるけど?」
首を傾げて聞くミレーヌが悪戯っ子のような笑みを浮かべ、「クロちゃんは駄目よ?」とアリアを見つめる。
言われたアリアは憮然とした表情を浮かべて黙る。
ザガンでクロに乗って移動しないという約束を破った事で雄一に怒られ、クロも怒られ、連帯責任という事で子供達全員で半日正座させられていた。
その時の足のしびれを思い出したのかレイアが渋い顔をして脹脛を撫でる。
「分かってるの! 馬車を買うのは無理だし、借りるとしても私達の懐事情では難しいの。だから、食糧は狩りをしながら補って、歩きでいくしか……」
「お馬鹿さん、ねぇ? 1カ月で着けるかしら?」
クスクスと笑うミレーヌに先程からやられぱなしで馬のように入れ込んでいるアリアとスゥが噛みつくようにテーブルに両手を叩きつけて立ち上がる。
その叩きつけるタイミングを追うようにダンテが掌を叩いてパーンと音を響かせる。
その音にびっくりしてその場にいるミレーヌやアリア達以外の店にいる客の注目を浴びる。
ダンテは客に「ごめんなさい」と会釈しながら謝るとアリアとスゥに両掌を向けて上下させる。
「どうどう、落ち着いて……」
「馬じゃないの!」
「ダンテ、失礼」
アリアとスゥが馬扱いされた事を怒ってくるが、ダンテからすれば馬の方が扱いやすいと溜息を吐きたいのを我慢する。
ダンテは、アリアとスゥから視線を逃がし、ミレーヌに向き合う。
「つまり、もっと良い方法があるということですか?」
「ええ、タダで馬車を利用できて、食事代もかからず、運良く立ち回れば、お小遣いゲットのチャンスのね?」
笑みを深くするミレーヌを見つめるダンテは目を見開き、アリアとスゥはお互いの顔を見合わせる。
レイアは、そんな美味い話があるのか? 眉を寄せるが、ミュウは食事代がかからず、の件で太めの眉をキリリとさせて男前な顔をしてみせる。
「そんな都合の良い話があるんですか?」
「都合の良い話なんてないわ。当然の事が当然にある事を都合の良い話とは言わない。この方法は貴方達ならダンガでは使える手よ。キュエレー、パラメキ国、ペーシア王国ではできないの。分かる?」
ミレーヌの謎かけのような言葉にアリア達は眉を寄せるが答えに行き着いた者は出てこない。
考える事を基本的に放棄しているミュウはともかく、アリアとスゥはからかわれてるだけだと判断したようだが、ダンテと珍しい事にレイアが必死に答えに行き着こうと奮闘していた。
それに気付いたミレーヌがレイアに話しかける。
「あら、報告ではレイアちゃんはすぐに諦めてダンテ君に丸投げだと聞いていたのに粘るのね?」
「えっ? ああ、こういうのは苦手だけど、明日来るはずのヒースに迷惑をできるだけかけたくないから……」
苦虫を噛み締めたような顔をするレイアをアリアとスゥは生温かい視線を送り、ミレーヌは「ヒース?」と首を傾げて思い出すようにしてすぐに掌を叩く。
「ああっ! レイアちゃんの王子様?」
「ち、違うって! それはあれだ! と、友達……友達だっ!」
顔だけでなく耳まで真っ赤にして必死に否定してくるのをミレーヌは両手を頬に当ててイヤンイヤンするように身を捩りながら「青春だわぁ!」と目を輝かして口許を綻ばせる。
皆がいるテーブルの近くを通りかかったアンナが立ち止まるとレイアを見つめる。
「このイロガキ」
「がっ、アンナっ!」
そう言うとレイアの言葉は聞かないとばかりに笑いながらポニーテールを揺らして別の客の注文を受ける為に違うテーブルに向かう。
良いモノを見たとばかりに頷くミレーヌに必死に違うと訴えるレイアをシレっと流すとダンテに話しかける。
「お姉さんは恋する少女を応援したくなるわ。だから、もう1つだけヒントをあげる」
「理由はともかく助かります。本当に検討が付かなくて」
困るダンテに頷いて見せるミレーヌはヒントを伝える。
「先程、ダンテ君に忠告した見えない所を知る事に繋がるのよ。見えない場所を知る第一歩は他人から見た自分をしっかり自覚する事よ」
指一本立ててウィンクするミレーヌは、これで分かったでしょ? と言いたげな笑みを浮かべるがアリア達は勿論、ダンテすら手がかりも掴めない状態であった。
言い切った顔をするミレーヌは今度こそ飲み終えたカップを手にすると席を離れようとする。
「もう貴方達にも来てるのがバレたからユウイチ様の下へ向かいましょう……その前に化粧直しをしなくちゃ」
スキップをしそうな足取りとミレーヌが去っていくのを見送ったアリア達は、ミレーヌがいなくなった場で『あーでもない、こーでもない』と話し合い、アンナに追い出されるまでテーブルを占拠して話し合いを続けた。
▼
アリア達が飛び出して、各自がそれぞれの仕事に戻り始めた時、ホーラがテツを呼び止める。
「そうだ、もう少しで忘れるところだったさ。師匠がテツを呼んでるさ」
「ミチルダさんが? 何の用だろう?」
ホーラも何の用とは聞いてないと首を振る。
テツは自分の相棒のツーハンデッドソードを自分でメンテできるようなってから行かなくなって久しい。
「これからアタイは行くけど付いてくる?」
「そうですね、ご一緒させてください」
「あ、何か楽しそう。久しぶりにあの化け物に会うのもいいかも」
同行をお願いしたテツに便乗してポプリも着いて行くと言い出す。
ホーラはポプリの鼻と鼻を突き合わせるようにして「化け物言うな、あれでもアタイの師匠さ!」と怒るが暖簾押しでポプリの笑みを崩す事はできなかった。
この2人は喧嘩が好きだな、と苦笑しながらテツはホーラ達に付いて家を後にした。
ホーラ達の喧嘩を眺めながら歩く事、しばらくすると『マッチョの社交場』に到着する。
ここ何年来てなかったテツとポプリは少し懐かしい気分になっているとホーラは毎日のように来てるので普通に入る。
ホーラに続くように入ると少し大人っぽくなったサリナがカウンターに居り、笑顔でテツ達を出迎える。
「お久しぶりね、テツ君、ポプリちゃん、いえ、女王とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「いえ、ポプリちゃんで結構ですよ?」
笑みを浮かべるサリナはテツには気軽な挨拶を送り、ポプリには少し意地悪な質問を投げかける。
ポプリもそんな意図は気付いており、遊びに付き合うように『ちゃん』付けを推す。
テツは2人のやり取りを苦笑しながら挨拶を交わす。
「お久しぶりです。サリナさんの結婚式以来でしたか?」
「そうね、2年になるのよ? 顔を出しに来てくれないからテツ君も薄情になったと旦那に会うと愚痴ってるのよ?」
さすがにテツもそれは嘘だとは分かるが、姉達に仕込まれた魂の教育が『とりあえず謝っとけ』と指令が出て、自然に謝ってしまう。
そう、サリナは2年ほど前に行商人のポップという人と結婚した。
結婚式はささやかではあったが、その席に呼ばれた雄一達であったが、雄一はウェディングドレスを着るサリナの笑顔を見つめて涙しながら祝った。
一緒にいた雄一に想いを寄せる少女達には良い顔はされなかったが致し方がない事情もあった。
雄一にとってサリナはトトランタに来て初めてラブコールした相手、言い変えるなら初恋の相手に等しい存在であった。
冗談に見られていたが意外と雄一はマジであった。
その後は乱れ打ちをしていたが全敗を喫して、気付けば、選ばれて身動きが取れない立場にされていたので、トトランタで思春期の少年らしいが衝動から始まる恋愛をした最初で最後の相手がサリナだった。
そんな事実には辿りついてなかったテツは呑気な顔をしながら訪ねる。
「ミチルダさんに呼ばれたと聞いて来たのですが、どちらにおられますか?」
「えっ、テツ君が入ってきた時から後ろにいるわよ?」
テツとポプリがギョッとした顔をすると慌てて後ろを振り返るとテツの時間が止まる。
テツの目から入ってくる情報を認識できずに戸惑う。
テツ達の前に展開される映像は、マッチョの男がマイクロビキニを着こなしエビぞりしていたのである。
しかも、スパンコールである。ここ重要。
股間に何故かお稲荷さんを彷彿させるモノが載っており、エビぞりしてるせいで露骨でそれがお供えされてるかのようにみえる。
エビぞりの体勢でシャカシャカとGを思わせる動きをするとこちらに近寄ってくる未確認生物を見たポプリが声を洩らす。
「ひぃ!」
その声でテツがビクッと体を揺らす。
旅に出ていた心が戻った瞬間で、それと同時にテツは全力でバックステップするとサリナの後ろに避難する。
テツがこんな動きをする時は命懸けの時か雄一との訓練ぐらいである。
カタカタと震えるテツに苦笑するサリナと呆れるホーラ。
「師匠、テツ達をからかって遊ぶのはそれぐらいにするさ。テツに用事があったって言ってなかった?」
「うふふ、そうね?」
ホーラの声に反応するとミチルダは腹筋の力で体を起こしてみせると無駄にポージングしてみせる。
カタカタ震えるテツにサリナが「もう安全よ」と伝えると「本当に? 本当ですか?」と聞いてくるので頷いてみせた。
おそるおそる前に出てくるテツはミチルダの正面に立つ。
「今日はね、テツに紹介したい娘がいるの」
そう言うとおもむろにお稲荷さんの内側に手を突っ込み、引き上げると日本刀の姿が現れる。
その日本刀を目にした瞬間、テツは言い知れない気持ちに襲われるが、その答えに行きつかなくて眉間に皺がよる。
「し、師匠、それは……」
「細かい事は後廻しで、なんて所に手を突っ込んで有り得ないモノを引き出してるか突っ込むところじゃない?」
声を震わせるホーラにポプリはミチルダを指差しながら叫ぶが当然のように無視される。
サリナとホーラにしてみれば見慣れた光景であった。
そんな外野を無視してミチルダはテツに話しかける。
「この私の作品を受け取る気はある?」
ミチルダは日本刀を抜くと太陽光が当たると虹のように輝きをみせ、魅せられる美しさにテツは唾を飲み込むが、刃の位置が自分に向いている事に首を傾げてしまう。
首を傾げるテツにホーラが言う。
「今、師匠が持ってる武器は、ユウが巴の主人になる時に試験に貸し出されたモノさ」
「つまり、あの武器はユウイチさんが持つ可能性もあったんですか?」
「0とは言わないわよ?」
2人のやり取りを聞いて笑うミチルダとポプリは初めて見たのでマジマジと見つめる。
若干、飲まれた表情を浮かべたテツであったが気を取り直したようで神妙な顔をして頭を下げる。
「嬉しい申し出ですが、僕にはまだ早いんじゃないかと思うんです」
「そうかしら? ユウイチが巴を手にしたのは今の貴方と同じ年よ?」
雄一と同じ年だと言われると悔しそうにするがテツが頭を下げてくる。
「もうしばらく考えさせてくれませんか?」
「ええ、いいわよ。でも、巴と違って気の長い子ではあるけど、何年も待ってくれないわよ?」
ミチルダにそう言われて難しい顔をするテツが「また来ます」と言って出ていこうとした時、後ろから声をかけられる。
「この娘、『梓』はテツをこれからも見てる、と言ってるわ」
「やっぱり、そうだったのですか……」
そう答えたテツはもう一度頭を下げるとこの場を後にした。
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