幕間 狭間で

 トトランタから元の世界に戻る空間を上昇するような、下降するような良く分からない感覚に襲われる中、徹達を待っていたかのように佇む少女の姿を発見すると目の前で停まる。


 栗色のウェーブの長い髪を足下まで届かせる教師風の姿をした少女が微笑む。


 可憐という言葉がピッタリの小柄な少女であるが、アンバランスな程に胸が大きく腰が細いのが分かる。


 それに気付いたエマが会釈して話しかける。


「トオルは連れ戻しましたよ? ここで何をされてるのですか、ヨルズ先生」

「学年主任として徹を連行する為に待ってました」

「そんな分かり易い嘘じゃ、徹どころか私も騙せないの」


 澄ました顔でサラッと嘘を吐いてきたとルナが突っ込み、美紅がその隣でクスクスと笑ってみせる。


 そんな2人の様子にもビクともしない母性的な笑みを浮かべたヨルズが徹に視線を向ける。


「進路指導室に連れていく前に、先にお礼を言っておきましょう。有難う、私達、神族がしなくてはならない事をしてくれて……」

「いや、ミランダがいる世界だ。できる範囲は手伝いたい。だけど、俺が介入が許されるのはここまでかな?」


 肩を竦める徹にヨルズが初めて申し訳なさそうな沈痛そうな表情を浮かべる。


 徹の言葉に頷いたヨルズが目尻に涙を浮かべて頷く。


「はい、後は当事者達が乗り越えるべき事、いえ、当事者達でないとどうしようもない事なのです。それに彼も気付いてくれると良いのですが……」


 憂いを見せるヨルズは目尻の涙を拭う。


 徹達は部活という形で色んな異世界に行って世界に介入し続けている。トトランタでもザガンでの冒険者ギルドでの活動もその一環で雄一達は知らないが『ホウライ』の介入の邪魔をして遅延させていた。


「今回が最後という事ですが、ここまでやった事でどれくらい情勢が傾いたのでしょう?」


 今まで黙っていた美紅がヨルズに話しかける。


 美紅の言葉を黙考するように小さな顎を掴みながら目を伏せる。


「そうですね、楽観視して五分五分でしょうか?」

「あれだけやって、まだ五分五分なの!?」


 ビックリしたルナがヨルズに詰め寄るように言う。


 目を伏せるヨルズは首を横に振って肯定して否定してくる。


「はい、あれだけ尽力して貰いましたが、それ以上は無理でした。ですが、徹達が介入して彼がこちらの予測を上回る存在になった事の相乗効果でここまで持ち込めました」


 悲しそうに言うヨルズは、元々、成功率が1割もなかったと素直に吐露する。


 この案件は本来、シホーヌのような力も自覚も薄い神が担当すべき事柄ではなかった。


 確かに、本人の自主意思を重んじたという事実はあっても誰が担当しても1割を超える可能性を生む事はできなかったのが最終的に任せられた理由だ。


 まさに『シュートは打たないと入らない』の精神であった。


 例え、主神の妻、ヨルズの力を持ってしても大きくは変わらなかったのだ。


 そんな力もなく自覚もない女神、シホーヌは全ての可能性を引っ繰り返した。


 相方の選別をした資料も無視して自分で見初めた相手を相方として異世界へと誘った。


 双子を救いに行ったのも予定と違う行動を勝手にシホーヌがした結果で、伯父に殺されたところを魂だけを導いて転生させる予定であった。

 だが、事実は生贄前に救出されていた。


 そして、シホーヌが選んだ少年、雄一がイレギュラー化した。


 シホーヌが選んだ家に住んでいた子供達の無念が引き寄せたのか、子供が精霊化したのか分からないが、雄一が取る行動を支持するように協力する気運が生まれ、あの学校は一種の聖域になりつつあった。


 シホーヌに選ばれた雄一が世界を巡り、澱み終わりゆく未来を描かれていた国に漂う暗雲を斬り払い続けた。


 それが功を奏して、どんどん『ホウライ』が活動しづらい環境が出来上がる。


 そう語るヨルズにエマは首を傾げながら言ってくる。


「そんな大逆転をしてる状態であれば、勢いづいて優勢になるものでは?」

「いえ、シホーヌが双子の娘を救ったタイミングのせいで予定が10年以上早まりました。本来なら生まれ変わった2人が20歳になる頃に『ホウライ』に2人の存在を感知され、世界に介入してくる未来でした。それに……」


 エマの質問に答えつつ、言葉を濁すヨルズ。


 言葉を濁すヨルズの言葉の後を繋げるように徹が呟く。


「アイツの存在、いや、気質かな? それが可能性のストッパーになっていると?」

「はい、彼のおかげでここまでの可能性に引き上げる事に成功しましたが、今となると逆に彼が足枷になっています」


 困った笑みを浮かべるヨルズが「徹には隠し事はできませんね」と言うが徹は「ただのカン」と笑みを返す。


 2人だけで分かった空間にいるのを傍にいる少女達3人は不満そうにする。


 ルナは早々に考えるのを無理と判断して徹の服の裾を引っ張る。


「どういう事なの?」

「後で教えてやるよ」


 そう笑って返す徹に膨れてみせるルナだが、美紅とエマは意地でも自分達で答えへの手がかりだけでも掴もうと考え込む。


 考え込む美紅達を笑みを浮かべて見つめる徹がヨルズに視線を戻す。


「やっぱり、俺達が出来る事はここまでか? 見守る以外には」

「はい、ここから先は徹が出来る事はありません。同時に私にも……徹が出来る事は彼でも出来ますが、それが問題なのですけどね」


 徹が出来ないという事実と同時に神であるヨルズにも出来る事がない事実が彼女を苛ます。


 じゃ、しょうがない、とばかりに肩を竦める徹は歯を見せる大きな笑みを浮かべる。


「まあ、アイツ等なら帳尻を合わせるんじゃねぇーか? カンだけどよ?」


 そう言うと傍にいるルナ達に「帰ろうぜ?」と笑いかけると率先するように元の世界を目指して移動を始める。


 ルナとエマは徹に釣られるように向かうなか、最後に残る美紅が傍にいるヨルズに質問する。


「まったく関係のない話なんですが、前から思ってた疑問で、貴方達がこちらの世界で遊んでる皺寄せを部活と称して手伝わせてませんか?」


 一瞬の表情の変化も見逃さないとばかりにヨルズを見つめる美紅の瞳が赤く輝くが、まったく動じた様子を見せずに透き通った純真無垢な笑みを完璧に浮かべてくる。


 ほんの僅かの変化も見せないヨルズを半眼で見つめる美紅は露骨に溜息を吐いてみせる。


「まあ、これぐらい構わないんですけどね。和也さん達も気付いている様子ですし……何より、トオル君が楽しんでる事と自主的にやろうとしてるから私から文句を付ける気はなかったので」


 そう言うと美紅が遅れてる事に気付いた徹達が戻るのを止めて呼び掛けてくる。


 呼ぶ声に手を振ってみせる美紅が離れていくのを動かない純真無垢の笑みを浮かべたままのヨルズが見送る。


「あ~あ、色んな人に厚化粧がバレ出してるわね?」

「それは、事ある事に貴方が人前で厚化粧だとか、腹黒だと騒ぐせいでは?」


 誰も居なくなった場所にいるヨルズに話しかける声があり、それに驚く素振りも見せないヨルズが苛立ちを隠さない声で返事をする。


 ヨルズの背後から現れたのは、長い黒髪をポニーテールにしてワイシャツの胸元を大きく開き、肩を露出させる美女は徹の学校で英語を教えるノルンであった。


「そんな事ないわぁ。厚化粧では隠しきれない業が漏れ出してるだけよ、きっと!」


 教師とは思えない格好するノルンは短いスカートから大きく露出させる足を隠す様子も見せずにモデル顔負けのように優雅に歩いてくる。


「そりゃ、あの子達にしてみれば、「お前、何歳なんだよ! 孫もいるんだろうが!」って言いたくもなるでしょ? だから……アババババッ」


 悦に入って演説するように身振りも大きくして語るノルンが気付いた時には小柄ヨルズが女性にしては長身なノルンと視線の高さを同じくしていた。


 ノルンが反応する前に小さな手でノルンの顔を鷲掴みにするようにするヨルズが電撃を浴びせてくる。


「恋愛に年齢も過去も関係ないわっ!」


 涙目になるヨルズが口をへの字にする。


 神界においてもヨルズにこんな顔をさせる事ができる徹以外では唯一な存在、それがノルンである。


 電撃攻撃から解放されたノルンが死に体になりながらも訴える。


「アンタは少しは気にしなさい……」

「くっ! 気分が悪いです。今日もバカ息子の屋台に集合ですからね? ちゃんとミドリとリルに声をかけておきなさいよ!」


 負け惜しみのように鼻を鳴らすヨルズが徹が向かった先に移動を開始するのを意地の悪い笑みを浮かべたノルンが手を振る。


 今日も女神が4人揃ってヤケ酒を煽る日常の始まりを告げるラッパの音がしたような気がした。

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