第226話 ソードダンスコミュニティ創設秘話 後編

「それからの俺達は破竹の勢いで依頼を達成していった。どんな依頼にも応えられると本気に周りに信じられる程に……」


 何かを懐かしむような顔をするノースランドは、「まあ、それでも頭を使うような仕事はできなかったのだがな……」と自嘲的な笑みを浮かべる。


 物事には、たった1つのファクターが絡み合うだけで、今までの事が嘘のように好転する事がある。また、その逆も然りだが……


「いつしか、俺達はザガン1のパーティと呼ばれるまでになっていた。事実、俺達以上に活躍出来てた冒険者はいなかった。そんなある日、この地域で昔から語られる日が近づいていた」


 先程まで、どこか懐かしい想いが滲んでいたが、この辺りからノースランドの表情には悔恨の想いしか滲まなくなる。


「20年に一度封印が緩み、10日間だけ開かれる洞窟がある」

「それが、『精霊の揺り籠』か?」


 雄一の言葉にノースランドは目を瞑って頷く。


 そして、腹の底から絞り出すような声を響かせながらノースランドは話を続ける。


「『精霊の揺り籠』と言われているが、実は土の精霊しかいない洞窟で、その最下層には土の精霊の秘宝、土の宝玉があると言われていた」


 その宝玉には大地を再生する力があると言われており、砂漠化が進むザガンの環境を良くする事ができるのではないかと騒がれたらしい。


 そうなると必然的に現、最強パーティと名高いノースランド達に期待が集まるのは必然だったようだ。


「俺達は、当然のようにその期待を受けて挑む事を決めた。確かに、ザガンの事を思えば、必要な事だったと思う。だが、俺は自分の力に自惚れていた。その驕りが全ての終わりで、俺達、夫婦の長い20年という月日を待つ事を決意させた出来事の始まりだった」


 悔恨が過ぎて、感情がマヒしたように無表情になってしまったノースランドの懺悔のような昔語りに雄一は耳を傾けた。



▼▼



「どうしたの、ノン。さっきから黙りこんでるけど?」


 シーナが、出会った頃と違って白で統一されたローブを纏う少女、ノンに食事をしながら声をかける。


 冒険者ギルドで指名を受けた依頼を受諾して、やってきた食堂であった。


 声をかけられたノンであったが2人を交互に見つめ、言葉を選ぶように口を開く。


「この冒険者ギルドから指名された依頼、お断りしませんか?」

「えっ? もう受けちゃった後で、できません、なんて言えないわよ」

「そうだ。しかも、この依頼を達成した時のザガンに及ぼす恩恵を考えれば、俺達がやるしかないだろう?」


 俯くノンを見て、シーナが困った顔をノースランドに向け、ノースランドは憮然とした表情を見せた。


 溜息を吐くノースランドがノンを諭すように口を開く。


「確かに、危険はついて回るだろうが、1度受けた依頼はやり遂げる。言い方は悪いがそういう見栄が必要な職業なのは、ノンも知っているだろう?」


 冒険者が臆病者のレッテルを張られると仕事に支障が出る。まして、ノースランド達ほど名が通る冒険者となれば露骨に表れる事を意味していた。


 ノンもそれなりに依頼をこなし、他の者達を見てきているので、それは良く分かっていた。


「でも、少し考えてみてください。どうして、20年に1度、封印が弱まって中に入れるのでしょうか? どうして、封印して入れないようにしてるのか、それを考えると……後、土の宝玉の力についても疑問を感じてます」


 顔を上げたノンの目力を感じたノースランド達は、姿勢を正してノンに向き合う。


「ノンはどう考えている?」

「私は、精霊は意地悪な存在だと思ってません。これを聞いたら気を悪くされるかもしれませんが、今のザガンの状況である必要な理由、もしくは、どうする事もできないのではないかと思っています」


 4属性の魔法を使いこなすノンは、時折、精霊の声が聞こえる事があるそうだが、その時の感覚からして、意地悪をしてるとは思えないらしい。


「そんな精霊が封印する場所、しかも20年に1度だけ緩む結界。試練なら何かしらの伝承なり残ってるでしょうが、少なくとも私は知りませんし、そのような話も出回っていません。私達が間違って入ってこないように力を割いて封印してるのではないかと思うのです」


 ノンの考えが合っているなら、自分達がやろうとしてる事は、無駄に藪を突いて精霊の優しさに泥を被せる事になる。


 それに腕を組んで唸るノースランド。


「そして、本当に土の宝玉にそのような力があるなら、土の精霊は力を貸してくれると思うのです。なのに、しない……つまり、できないのか、まったくの別物、私達、人の空想の産物なのではないでしょうか?」


 唸るノースランドは、シーナに一度、視線を送った後、自分の判断を口にする。


「ノンの考えは分かった。だが、それが正しいと証明する術はない。勿論、俺達が思っている事についてもな」

「そ、そうですね……」


 ノースランドの言葉にノンは力なく頷く。


 それを見て、少し心の呵責に襲われるノースランド達であったが、折衷案を伝える事にする。


「どちらが正しいかは行ってみない事には分からない。例え、最下層に行って土の宝玉があったとしても、精霊とコンタクト取れるなら話も聞くし、取れないなら調べてから行動する。それでどうだろうか?」

「は、はい、有難うございます、ノースランドさん!」


 ノースランドが自分の言葉に耳を傾けてくれた事に喜びを見せるノン。


 ノースランドもシーナも碌に我儘1つ言わないノンがこうやって訴えてきてる以上、耳を傾けたいという思いがあり、その結果、明るい表情を見せてくれるノンに苦笑を浮かべる。


 2人にとって年の離れた可愛い妹のように思っていた為であった。




 それから、しばらくの準備を念入りにしていると結界が緩んだという報せを受けて3人は『精霊の揺り籠』に出発した。



 『精霊の揺り籠』の洞窟の攻略は、想像以上に大変だった。


 普段に受けている1流の依頼の相手が雑魚として出てくるような難度の洞窟であった。


 だが、ザガンで1番と言われるパーティだったノースランドは、ゆっくりとではあるが前に進み続けた。



 潜り始めて9日目、ついにノースランド達は最下層、20階に到着した。


 最下層の奥には大きな金というより黄色の大きな宝石が飾られていた。


 それを見たノースランド達は、それに近づいていくと目の前に霞むような姿から実体化するようにして栗色の長い髪のノンより幼く見える少女が現れる。


 ノースランド達を通せんぼするように泣きそうな顔をしながら両手を広げる。


 何やら、口をパクパクさせるが何を言っているかノースランドもシーナにも分からないが、どうやらノンには聞こえているようだ。


 その少女と言葉を2,3交わしたノンが振り返って説明してくる。


「彼女が土の精霊のようです。この先には、土の宝玉で封印している魔物がいるから近寄ってはいけないと言ってます」


 驚いた顔をするノースランドとシーナはノンに詰め寄るように聞く。


「魔物を封印? そんな話、一切なかった事よ!」

「そうだ、どういう事なんだ?」

「ちょっと待ってください。まだ何かを言っています」


 詰め寄る2人に掌を差し出して、待つように言うとノンは土の精霊に向き合う。


 何やら話をしていくとノンの表情が悪くなっていく。


 そして、ノースランド達に顔を向けたノンは真っ青な顔をしていたが何かを決意した者の表情を浮かべていた。


「落ち着いて聞いてください。この洞窟の結界が緩むのは10日間だけのようです」

「ちょっと、待って! 私達がここまで降りるだけで9日間かかってるのよ! 出るのが間に合わないじゃない!」


 ヒステリックになるシーナを横目にいつも以上に難しい顔をするノースランドがノンに聞く。


「落ち着け、という事は何か手があるという事か?」

「はい、私が土の宝玉を使えば、一瞬で外に出る事ができます。1度だけ使う許可は貰いました」


 ノンの言葉にホッとした様子を見せたシーナは座り込みそうになるが耐えて、しっかりと立つ。


「では、使わせて貰ってきますので、そこを動かないでください」


 そう言って、土の宝玉の方へ歩くノンの後ろ姿を見つめるノースランドは、何か引っかかりを感じるが、その理由が分からずにいた。


 土の宝玉に触れたノンがこちらを向く。


「では、発動させます! 無駄な力は入れないでください」


 そう言われた2人は深呼吸をして土の宝玉を扱うノンを見守る。


 するとノースランドとシーナの身の廻りに金粉が舞うように発光し始める。


「成功しました。もうすぐ、2人は地上に出れますよ」


 そうノンが言った言葉を聞いた2人は硬直する。


 良く見ると自分達のようにノンの廻りには金粉が舞っていない。


「2人? ちょっと待って、ノンも一緒よ。私達はパーティでしょ!!」


 どうしたらいいか分からなくなっているシーナは手をあたふたと動かしながらももどかしいのか、地面を踏み始める。


「ごめんなさい。土の宝玉の力は魔物を封じる為に一杯一杯なんです。そこで私が精霊化する事で生まれる余剰の力でしか2人を飛ばす事しかできない……」

「駄目だ、そんな事は容認できない。パーティリーダーとして、そして、何より……」


 そこで口を噤むとノースランドはノン目掛けて駆けより、後一歩のところで体が硬直する。


 硬直すると同時に舞っていた金粉が激しくなり、視界を奪われていく。


 ノースランドの視界には涙を流すノンの顔が何故かはっきりと見えた。


「ノースランドさん、シーナさん。短い間だったけど楽しかったです。こういうと怒られるかもしれないけど、お兄さんとお姉さんができたみたいで私は幸せでした」


 硬直しているのは口もしてるようで、無理矢理動かして捻り出すようにノースランドは、たった一言、ノンの名を絞り出す。


 声が出ない以上、ノンの顔をギリギリまで見つめる為に瞬きもせずに凝視続ける。


「幸せになってくださいね、お兄さん、お姉さん」


 その言葉が最後に2人は光に包まれて、気付けば、洞窟の外に放り出されていた。




▼▼




「俺達はもう一度、『精霊の揺り籠』に突入しようとした。だが、既に結界は強化された後だった。そして、俺達はザガンに戻り、コミュニティを作った。いつか、『精霊の揺り籠』に挑戦する為に」

「今、聞いた話だけであれば、もうノンという少女を助けるのは無理ではないのか?」


 非情だとは思うが、正論をノースランドにぶつける雄一。


 雄一の言葉に何の感情を見せないノースランドは頷いてみせる。


「ああ、ノンは精霊になってしまっているから、人には戻れないだろう。だが、俺が最後に駆け寄った時、はっきりと分かった事がある」


 そこで初めて、恐怖が滲むノースランド。


 黙りそうな空気を感じた雄一が、ノースランドに続きを促す。


「……ノンが言った事は事実だ。土の宝玉で封印される魔物は実在する。実際に見た訳ではないが、ノンに駆け寄る動作で意識を向けられただけで、俺の意思を越えて体が恐怖で動かなくなった」


 当時の事を思い出しているのか、体を震わせる。


 その震えは恐怖からくるモノか、それとも、悔恨からくる自分に対する怒りなのか雄一には判断が付かなかった。


「あの魔物は単純の強さ以外に心の強さがモノを言う。息子達が連れてきた者達は力はあるかもしれんが、その恐怖に打ち勝つ心の強さは持ち合わせない。だが……」


 ジッと雄一を見つめるノースランドは祈るように手を組む。


「お前なら打ち勝てるかもしれないと思っている」

「過大評価は止めてくれ。何事もやってみない事には分からん」


 獰猛な笑みを浮かべる雄一は既に関わる気な癖に自信なさげなセリフは吐く。


 雄一が求める土の精霊が絡む話なうえ、20年という歳月をかけて、たった1つの目的、おそらくノンの解放をする事だけを念頭に生きてきた。


 こんな馬鹿野郎が雄一は嫌いになれそうになかった。


 そんな雄一の腹の内を見透かしたノースランドは嬉しそうに鼻を鳴らす。


「お前が来た大陸の情報は聞いている。かろうじて、信じられそうな情報だけでもお前以外の適任者はそうはいないだろう?」

「噂は噂だ。で、結界が緩むのは、いつだ?」


 ノースランドの賛辞を聞き流す雄一は、「10日間しか入れないのだから、初日から行きたいからな?」と肩を竦める。


「1週間後だ」

「分かった。その日までに準備は済ませておく」


 そう言うと雄一は後ろ手を振って、ソードダンスを後にした。





「まあ、だいたいは予想の範疇ですが、ノースランド殿が思ったより、男臭い方だったようですね」


 ウィスキーグラスを揺らしながら、煽るエイビスは手酌で注ぎ直す。


 確かに、最初の印象では何を考えているか分かりにくい、感情が希薄な男かと雄一も思っていた。


「では、私の方からミラーには依頼の発行を止めるように伝えておきましょう。後、どの程度、新しい情報が出てくるか分かりませんが時間が許す限り、調べておきましょう」

「すまん、無駄足踏ませるかもしれんが頼む」


 雄一に礼を言われて嬉しそうにするエイビスに余計な事を言ったとばかりに顔を顰める。


 そして、出て行こうとしたエイビスが振り返る。


「そうそう、ユウイチ殿の商売敵になる2人はどうでしたか? ユウイチ殿と同じ異世界人である2人も変わった力があったのではないかと思いまして?」


 帰り際に不意打ちされた雄一は表情を驚きで固める。


 そんな雄一の素の表情を見れて嬉しかったのか微笑むエイビス。


「いつから気付いていた?」


 エイビスに素の表情を引きずり出された事が不満な雄一は、不貞腐れるように聞く。


 雄一自身、無理して異世界人である事を隠す気はなかったのでバレたらバレたぐらいにしか思ってなかったが、余りにも上手い不意打ちで驚いてしまった。


「薄々、気付いたのは王都、キュエレーでの騒動の後でしょうか? さすがにパラメキ国との戦争後には、ほぼ確信してましたよ」


 笑みを浮かべるエイビスは、過去に数例だが異世界人が現れた記録があると伝えてくる。


 となると、ミレーヌぐらいであれば、雄一が異世界人である可能性に行き着いていそうだな、と嘆息する。


「まあ、記録にある異世界人は特別な力を持っていましたが、大変、厄介な方が多かったようで、ほとんどの人が色んな方法で殺されています」


 雄一が少し警戒したのに気付いたエイビスは首を横に振り、苦笑してみせる。


「勿論、最初はユウイチ殿の心根に注意を向けた時期はありますが、今はまったく疑ってませんよ。貴方といると私達はとても楽しい」

「俺は楽しくないけどな?」


 鼻を鳴らす雄一に楽しげに笑みを浮かべるエイビスは珍しく声を弾ませる。


「これだけは覚えておいてください。ユウイチ殿がユウイチ殿である限り、私はいつでも貴方の味方である事を……いつまでも私達を酔わせる貴方でいてください」

「私達? さっきも言ってたが、前々から思ってたけどミラーもか?」


 雄一の言葉にクスクスと笑うだけで答えないエイビスは宿の扉に触れながら雄一に言ってくる。


「ユウイチ殿が異世界人と知ってる人物はユウイチ殿が思うより多いかもしれませんよ?」


 そう言葉を残すとエイビスは宿から出て行った。


 出て行ったエイビスを睨むように扉を見つめる雄一は嘆息する。


「人を勝手に酒みたいに言うな。この酒飲みが!」


 そう言うと雄一もグラスに残った紅茶を煽ると朝まで仮眠を取る為にベッドがある男部屋を目指して歩き出した。

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