第222話 最強の男の教えは何でもない日常に……のようです

「スゥお願い!」

「任せてなの!」


 ダンテの指示にスゥは盾を構えて突進する。


 当のダンテも位置を常に同じ場所にせずに移動しつつも戦局が見渡せる位置を押さえ続ける。


 ダンテの周りに水球を数十個生み出す。


『細かいところはお願い』

『任せて』


 と言ったやり取りを精霊とするとダンテは数個の水球を廻り込むようにして巴に発射する。


 突進するスゥに意識を向けていた巴の意識が水球に割かれる。


 半分は避けられ、残る半分はキセルで破壊される。


 だが、それでいい!


 ダンテの狙いは水球を当てる事ではなかったのである。


「捉えたのぉ!!」


 スゥは巴に盾を叩きつけるようにするとキセルの動きを封じる。


「そう、僕が出来る事はこれだ。ユウイチさんができると言った!」





「ん? お前がみんなの指示を出していると魔法の制御が甘くなる?」

「はい、ユウイチさんのように並列思考ができれば問題ないのでしょうが……」


 ダンテは、雄一が言うように指示を出す事を意識するようにしているが、どうしても狙いが甘くなったり、威力の強弱の調整が上手くいかない事に直面していた。


 苦笑する雄一が、「並列思考はコツというか使えるようになるのは難しいしな」と頭を掻くがたいした問題じゃないと肩を竦める。


「確かに並列思考できると楽なのは認めるが、これは時間をかければ出来るヤツは出来るが時間をかけても出来ない事をダンテ、お前はできるだろう?」


 固まるダンテから視線を外し、グランドで鬼ごっこに勤しむ駄目っ子の2人と子供達を見つめる雄一。


「精霊感応だ。そのお前の足りない部分を精霊に頼む事で補う事ができるだろう?」

「えっ! でも、精霊にそんな事をお願いしていいのでしょうか?」


 雄一は頬を指で掻きながら肩を竦める。


「大丈夫なんじゃないか? 精霊は総じて幼い精神のが多いようだし、遊んで貰ってるぐらいにしか思わない、と思う」


 ダンテも雄一が見つめる先を同じように見る。


 見てる先では、とても楽しそうにシホーヌから逃げるアクアの姿があった。


「今日も私は鬼になりません!」

「ぐぬぬぅ、2日連続は許さないのですぅ」

「アクアは、草陰で眠ってたのに皆に気付かれなかっただけだよぉ?」


 1人の子供が事実を暴露して、「だよぉ?」と子供達が面白がって連呼する。


「なんだか、いけそうな気がしてきました」


 目が泳ぎまくり、泣きそうになってるダンテの肩に手を置く雄一。


「ダンテ、心を強くだぞ?」





「大丈夫、僕は色々、現実を見つめる覚悟はできてます!」


 ダンテの心の叫びであった。



 一方、盾を叩きつける事で張り付いたスゥは……



「むぅ? 何故、わっちの力で弾き返せないのじゃ?」

「ユウ様の肩に背負わされながら何も聞いてなかったの?」


 スゥに挑発のような言葉で返されて鼻に皺を作ってしまった巴であったが苦々しく呟く。


「肉体強化の下半身特化と生活魔法による戦闘利用か……つくづく、ご主人の生活魔法の転化させるのが上手いのじゃ」

「そうね、きっと、主夫と自負するユウ様ならではなの」





「盾をする者は、ウェイトがあるほうが有利と言われている。まあ、俺もそれを否定する気はない」


 巴で薪割りをしてた雄一を見つけたスゥは盾になる者としての鉄則のようなものはないかと質問していた。


 そう言われたスゥは顔を青ざめながらフルフルと振ってくる。


 スゥの様子に少し楽しそうに笑う雄一は「安心しろ」伝える。


「まあ、ないより、あったほうがいいのは間違いないが、それは魔法がない事を前提とした場合だ。魔法の利用法でそれが簡単に逆転する」

「どうしたら良いのですか、ユウ様?」


 明るい未来を見出したスゥは目をキラキラさせて雄一を見つめる。


 そんなスゥを見つめて、やっぱりスゥは色んな意味で女の子だな、と苦笑させられる。


「肉体強化の下半身特化にする事と、生活魔法で作れる氷で靴裏にツララのようなモノを作る。そして、スゥは付与魔法もあるから、氷の強化、そして、それらを一瞬で解除する訓練をしてモノにできればウェイトの問題はクリアされる」


 雄一の説明を受けるスゥは首を傾げる。


「強化は分かるの。どうして解除?」

「移動する時に必要な事と弾かれ方次第では足を持って行かれるぞ? 後、この方法には大きな弱点があって……」





「その方法には弱点があるとも言っとったのじゃ!」


 巴はキセルで上手くいなして下から掬い上げるにスゥを盾ごと空中に吹き飛ばす。


 盾を構えて落下するスゥを今度こそ吹っ飛ばすつもりでキセルを叩きつける。だが、今度は空中のスゥと拮抗する。


「その後、ご主人が言ってた対策もクリア済みという事か!」

「当然なの! 私は足場を選ばないの」


 拮抗する巴にダンテが水球をいくつか放つと巴はビックリする方法で弾き返す。


 豊かな尻尾に紫色のオーラを纏わせたと思ったらそれで薙ぎ払ったのであった。


「この程度で、一撃は貰ってやれんのぉ」


 余裕の笑みはまだ健在の巴に動揺せずにダンテは指示を出す。


「ミュウ、お願い!」

「がぅ!」


 巴の上空で跳躍をし続ける。


「あのイヌは何をしようとしとるのじゃ?」

「がぅがぅがぅがぅがぅぅ!」


 跳躍を繰り返すミュウは徐々に速度を上げていく。


 その速度が止まる様子が見えない事に巴が初めて驚きの表情を見せる。


「なんじゃと! アヤツの動体視力を超える速度を出し始めたのじゃ。自爆する気か!」



 驚く巴を横目にアリアに治療を受けていたレイアのその場凌ぎが済んだのを確認してダンテは声をかける。


「レイア、さっきのヒースとの戦いに使った力、何秒使える?」

「いいとこ、10秒」


 歯を食い縛るダンテは被り振る。


「足りない、20秒持たせて!」

「ちぃ、分かったよ、やってやんよ!」


 ダンテは、レイアに何時でも使えるように備えるように伝えるとミュウの行動を見守った。



 空中を跳躍するミュウが的確に巴を狙いだす。


 キセルは今もスゥに封じられているので、尻尾で応戦しているが、驚愕の表情を維持し、余裕の笑みは既にない。


「明らかに、おかしいのじゃ。イヌの目で追い切れてる訳が……」


 ミュウが一番接近した時、ミュウの顔を見た瞬間、巴の瞑らな瞳は更に見開かれる。


「なんじゃと、目を閉じとるじゃと!?」





「つまり、どうやって動体視力を上げればいいか、か?」

「がぅ!」


 ロープで簀巻きにされているミュウが丸椅子に座らされながら、男前な顔をして聞いてくる。


 ちなみにお昼まで我慢できずに盗み食いに来たのを現行犯で捕まった為であった。


 ただ黙っているのも退屈だと思っていたら、前々から聞こうと思ってた事を思い出して聞いているところであった。


 雄一は、スープの味見をしながら、うーん、と唸りながら考える。


「とはいっても、慣れと体の成長でしか劇的な変化は生まれないからな」

「それだと、その時までミュウは本気出せない」


 お玉で鍋の中を廻しながら、「ミュウならできるかな?」と呟く。


「目が頼りにならないなら違うモノをアテにしたらいいんだよ」


 打開策があるのかと目を輝かすミュウが簀巻きにされた体を揺する。


「どうしたらいい、ユーイ?」

「目がアテにならないなら、鼻、耳を信じればいい。後はそう、ミュウの好きな……なんとなく、かな?」





 縦横無尽に巴に襲いかかるミュウを尻尾で応戦し続ける巴。


「がぁぁ!!!」

「くっ、生意気なイヌめ! わっちに威圧をかけるなんぞ、100年早いのじゃ!!」


 大きく薙ぎ払われた尻尾で吹き飛ばされるが怯まずに襲いかかるミュウ。


 キセルを押さえるスゥの表情に疲労を見て取ったダンテがアリアに指示を出す。


「アリア、スゥとスイッチ!」

「了解!」


 駆け寄るアリアとスゥは呼吸を合わせて場所を入れ替わる。


 アリアが巴にモーニングスターで殴りかかる。


 キセルで受け止めた巴が眉を寄せる。


「ガキタレ、お前、こんな馬鹿力……そうか、魔法によるブーストか。ちょこざいな」


 犬歯を見せながら舌打ちする巴。


 荒い息を吐くスゥを見てダンテが言う。


「スゥ、呼吸を整えて、いくらアリアでも君ほど持たせられない」

「わ、分かってるの!」


 その当のアリアは鍔迫り合いをするように徐々に巴を押し始めている。


「くぅ、飛び抜けて凄い所がない華のないガキタレだと思っておれば、思ったよりやるのじゃ」

「当たり前、私は皆のお姉さん!」





 雄一の部屋で巴の手入れをする背に背を合わせながらアリアも自分のモーニングスターを磨いていた。


「特色がない事を悩んでいるのか? 回復魔法が特色じゃ駄目なのか、レイア達にはできないぞ?」

「回復魔法、うん、それも悪くない。でも、私は常にみんなの次点」


 アリアは、攻撃力はレイア、ミュウの次、敵を押さえる事にはスゥの次、魔法を使った攻撃はダンテの次と悲しそうに口にする。


 雄一は、アリアの思いを聞いた瞬間、いけないと分かっていても苦笑を浮かべてしまう。


 背中越しでも、体が揺すれたせいか、心を読んだせいか分からないが笑ったのに気付いたアリアはブスッと拗ねる。


「悪い、悪い。だが、アリア、落ち着いて考えてみろ。それは万能型である事を指してる事に気付いているか? しかもアイツ等の次点である事の凄さに自覚症状がない事が面白くてな。今は無理かもしれんが、色んな人を見ていけば、いずれ気付くんだろうがな」


 雄一の言葉に目を白黒させるアリアは、嘘を言われてない事も分かり、戸惑いを隠せない。


「しかも、お前達はパーティだ。お互い補っていく以上、繋ぎができる者がいるというのは強みだ。それがアリア、お前ということだ」

「なるほど、分かった……つまり、私が皆のお姉さんということが!」


 ムフン、と鼻息を荒くさせるアリアが握り拳を作って完結させるのを後ろから覗き込んだ雄一は、まあ、いいか、と好きにさせる事にした。





「たいした馬鹿力じゃが、わっちには敵わんよ!」


 力づくでモーニングスターを払われる。


 両手で持っていた右手がモーニングスターから手が離れるが焦った様子を見せないアリアが言う。


「そんな事、初めから分かってた!」


 空いた右手で巴の顔を掴むように伸ばす


 その手を嫌って仰け反るようにする巴にアリアは叫ぶ。


「フラッシュ!!」

「ぎゃぁぁ!! してやられた! その手があったか」


 アリアの眼潰しが決まったのを確認したダンテは、スゥに指示を出す。


「決めるよ! スゥ、アリアとサンド」

「了解なの!」


 アリアが押さえるキセルと反対側から盾を叩きつける。


「シールドバッシュ」

「これは、ガキタレ達を甘く見てた、わっちの失敗か……じゃが、まだまだじゃ!!」


 空いていた右手で直接、盾を押さえるのを見たダンテが吼える。


「僕も巴さんがその程度で参ったしてくれると夢にも思ってませんよ!」

「なんじゃと? いつの間にそんなモノを!!!」


 ダンテの頭上には雄一の得物、そう巴の本来の姿そっくりな青竜刀を生み出していた。

 周りに浮かせていた水球を寄せ集めて似せたモノである。


「ふざけるな!! わっちの偽物なんぞ、こさえよって!!」


 初めて激昂する巴に正直怖くてちびりそうになるダンテだが、狙い通りと唾を飲み込む。


『お願い、みんなに当てないように、よろしく!』

『大丈夫、あの怖いお姉さんにだけを狙うよぉ』


 軽い感じの返事に一抹の不安は感じるが任せると青竜刀を放つ。


 近づく青竜刀を親の敵のように睨む巴が吼える。


「わっちを舐めるのも大概にするのじゃぁ!!!」


 紫色のオーラを一気に放ち、アリア、ミュウ、スゥ、そして、ダンテは吹き飛ばされる。


 吹き飛ばされながら、ダンテは描いていた絵が出来上がった事を確信する。


 飛ばされながら、後方で目を瞑り、気を練るレイアに叫ぶ。


「場は整えた! 後は、レイア、君の手で決めて!!」

「応っ!!」


 目を開いたレイアは全身に薄い朱色のオーラを纏うと巴を目掛けて駆ける。


 巴は大きな気を噴き出した余波で動きが緩慢になっており、駆けよるレイアに驚いた顔で見つめる。


 拳を振り被るレイアが後2歩というところで纏っていた薄い朱色のオーラが拡散する。


 はっきりと分かるほど失速するレイアを見つめる巴が笑みを浮かべる。


「惜しかったのぉ。後少しじゃった!」


 悔しそうにするレイア達を余所に巴はキセルでレイアにトドメを入れようとする。


 それを見守っていたホーラが叫ぶ。


「この馬鹿キツネ、興奮して当初の目的を見失うな!」


 ホーラが忠告を飛ばすがもう止められるタイミングは過ぎていた。


 そんなレイアと巴の間、巴の足元に飛来したモノが穿つ。


 巴はそれにたたら踏む。


 すると、突き出していたレイアの力ない拳が巴の頬をペシリと乾いた音をさせて当たる。


 そのまま、倒れゆくレイアを不満そうに見つめた後、巴は遠いどこかを不満全開で見つめる。


 ダンテ達は何が何だか分からず、お互い顔を見合わせる。


 ホーラ達3人も苦笑しながら、巴が見つめる先を見つめると巴がいる場所へと降りていく。


「レイア達の勝ち、でいいさ?」

「ふんっ、わっちは負けておらんが……クソガキ、レイアか、コヤツが言ってた事はやり通したのじゃ。今回はこれぐらいにしといてやるのじゃ」


 ぶちぶち、と不満タラタラの巴に苦笑するホーラは気持ちは分かるので好きに言わせる。


 やっぱり、この子達に甘いあの馬鹿は最後まで見守る事ができなかったのだから……


 鼻を鳴らす巴は、テツの脛を蹴るとヒースを家に運んでおけ、とヤツ当たりをすると睨んでいた方向へと歩いて去っていった。


 涙目のテツが、ヒースを抱える。


 足腰が立たなくなっている弟、妹達をどうしたものかとホーラとポプリは顔を見合わせる。



 そんななか、疲労から意識が刈り取られそうになっているレイアの視界に淡いイエローグリーンライトのオーラがあり、それが弾けると、そこにはリンゴのヘタが現れる。


 それを見て、驚くように目を見開く。


「あのお節介の馬鹿野郎……でも、有難う。オトウサン」


 安堵に包まれたレイアは穏やかな笑みを浮かべて眠りに就いた。





 巴の指示でヒースを送り届けていたテツは、宿までの最短距離を行こうと郊外を歩いていた。


 すると、キツネの獣人の幼女にペコペコと頭を下げる大男の姿を発見する。


 身ぶり激しく、怒れるキツネの獣人の幼女に一生懸命弁明する大男であったが、ついに切れたらしいキツネの獣人の幼女が飛び上がり、旋回すると豊かな尻尾で顔に叩きつけて大男が引っ繰り返されるという現場にテツは遭遇した。


 それを見たテツは苦笑するだけで、胸の内に仕舞う事にする。


「やっぱり、お父さんって大変なんだな」


 いつか自分もティファーニアさんに、ああ、して頭を下げて怒りを治めて貰う日がくるのだろう、と苦笑いをする。


 裏側では情けなくとも、子供達の為に行動できるお父さんになれるようにテツは自分に戒めた。




  8章 了

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