第195話 私は騎士だから、だそうです

 ペーシア王国がナイファ国とパラメキ国に使者を送る準備が済んだ頃、北川家では、ある少女がシュン、と軽くイジけていた。


 シャーロットである。


 本来ならスゥの護衛という建前でやってきてるいるのでスゥが出かけるというなら着いて行こうとしたら、


「貴方がここに来てる理由はそれじゃないでしょ? もうバレバレなの。だったら、ここの人手が少ないから子供達の相手だけでもしてて欲しいの」


 スゥが出かけると言われるまで、その本来の目的すら忘れていてグゥの音も出ないシャーロットであった。


 そう、本来は雄一の意識改革、ミレーヌかスゥとくっ付ける為にやってきていたが、色々、カルチャーショックを受け過ぎて急に視野が広がり、この状況を楽しんでいた。


 来た当初は、歪に見え、訳が分からなくなっていた。


 だが、視野が広がるとここは楽園であった。


 学びたい者が学びたいモノを学ばせて貰える場所。


 シャーロットが行っていた学校など、教師達がこうと決めた内容だけを教えて、それをどれだけ理解、吸収したか確認するだけのモノ。

 確かに、それを必要とする者もいただろう。だが、それ以外の者も多数いたのは間違いない。


 授業の文句や真面目に取り組まない者など数えるのも億劫なほどいた。


 しかし、ここはどうだろう? 学びたい事を学ばせて貰えている子供達が、もっと、もっとと貪欲に学ぼうとしている。


 ここの子供達は協力し合う事を自然に行う。


 例えば、武器を作る子が魔法を得意とする子と合同で魔法を込める方法などを議論する姿が良く見かける。


 それこそ、薬草学を専攻する子供と料理人を目指す子などとの例を上げ出したら、キリがない。

 体を鍛える子達ですら、その議論に耳を傾ける。将来、自分で自活する時に体のコンディションを整える為に。


 学ぶだけではない。遊ぶ時は全力で遊び、小さい子の面倒を見ながら一緒に遊ぶ年長の子達の姿も良く見かけられる。


 よく食べ、よく遊び、よく学ぶ。


 言葉にすれば簡単だが、実現するのは難しい。


 それが為せてるこの場は楽園と言わずになんといえばいいのだろうか。


 子供達はここで培ったモノを外の世界で振るえる日を待ち遠しくしている。


 シャーロットが通ってた学校の生徒は早く学校から解放されて、約束された生活を得たいと笑っていた。


 同じ、学び舎から出るというのに、この差はなんだ、と思わされる。


 だが、シャーロットもその理由はおおまかに理解が進んでいた。


 子供達は、あの大男の背中を見つめている。


 時には、教育者として。


 時には、父親として。


 そして、1人の人間としての生き様を見つめている。


 だから、子供達は求めている。教師であり、父である雄一にこう言われたいと。


「頑張ったな」


 この一言が欲しい、それ一心に……


 シャーロットも亡き父にその一言が欲しいが為に色々、頑張ったからその気持ちが良く分かった。


 外に飛び出す時に不安そうな顔をされない為に子供達は自分達を磨く事を怠らない。



 シャーロットは、子供達が強い想いを向ける相手、雄一を知る為にやってきた。だが、言葉にするまでもなく、雄一がどういう人物かは、子供達の在り方が示していた。


 あれから何度となく雄一の事を考えると胸に温かいモノが宿っている事にシャーロットは気付いていた。

 その温かいモノが何か分からず、もどかしいと思うと同時に、もう少しこのままの状態でいたいと思う自分がいる事に苦笑を浮かべる。



 そんな事を考えながら子供達を見つめていたシャーロットの服の裾を引っ張る者が現れる。


 メリーであった。


 ジッとシャーロットを見つめるメリーを見て、陽を見つめると時間がきていた事を自覚する。


「すまない、もうそんな時間だったか。行こうか?」


 コクリと頷くメリーの手を取るとシャーロットは家を後にする。



 市場だけを避ける形で、メリーと散歩するのがこのところの日課になっていた。勿論、市場を避けるのは逞しい卒業生に掴まるのを恐れた為である。


 散歩の最終地点はいつも決まって、雄一が子供達に手ほどきをする北にある平原にやってくる。


 今日は、小さい5人組もパラメキ国に行ってる事もあり、誰も居ず、メリーとその場で腰を落ち着けて、青い空を眺めながら気持ちの良い風に身を任せていた。



 ジャリッ



 土を踏みしめる音に気付いたシャーロットは音のした方に顔を向ける。


「お、お前達は……」


 振り向いた先には、シャーロットと共にハミュに着いてきた使節団の騎士達、十数名がいた。

 しかも、完全武装の姿であった。


 その中の一人立派な格好する男、ドラドという隊長だったとシャーロットは記憶していた男に声をかけられる。


「良いタイミングであの家から出てきてくれた。ヨシ、中の配置と戦力を簡単に説明せよ」

「いきなりやってきて、配置? 戦力? 何を言い出すんだ!」


 シャーロットは立ち上がると怯えるメリーを隠すようにして、ドラド達の視界から庇う。


 質問をしてくるシャーロットを苛立たしげに見つめるドラドは声を荒げる。


「我らは宰相キシリ様の命令で動いている。余計な事を言わずに必要な事をさっさと述べよっ!」


 相手はシャーロットの言葉など聞く気がないようで唇を噛み締める。


 だが、完全武装でやってきて、話し合いという優しい展開ではないのは誰の目にも明らかであった。


 本国の命令というなら拒否権は、ペーシア王国に属するシャーロットにはない。


 だが、今も自分の手を握り、信頼を向けてくれているメリーの目を見て、自分の心が揺れる。


 父がこの場に居れば、自分になんて言うだろう、と考える。


 もし、あの家の主の雄一だったら、なんて言っただろうと想像する。


 難しく考えなくても、その2人はきっと同じ答えを出したであろう。


 シャーロットはメリーに離れるように伝え、腰にある剣をゆっくりと抜き放つ。


 それに目を剥くドラドに突き付けると心を強く持ち睨みつける。


「私は騎士だ。国の為に存在してる訳ではない。弱きを、優しい場所を守る為に戦う者、それが私が目指す騎士としての姿だ。そこを踏み躙ろうというなら私が壁となって立ち塞がるっ!!」

「な、なんだと、国を裏切るのかっ!」


 激昂するドラドを静かに見つめるシャーロットは勝てるとも思っていないのに不敵な笑みを浮かべる。


「先程言ったはずだ。私は守る者。国が守るべきモノを攻撃するのなら裏切りの誹りを受けようとも私の信念は折れない」

「その覚悟どこまで本物か見てやろう。抜剣っ!」


 ドラドの言葉と共に残る騎士達は剣を抜いてシャーロットに向ける。


 それを見つめるシャーロットは深く呼吸をして、無駄な力を抜くと叫ぶ。


「かかってこいっ!」


 強い意思の籠った瞳を宿らせて、母国の騎士達を睨みつけた。

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