第155話 帰ってから考えるようです

 北川家庭裁判が終わり、ポプリが立ち直る為のインターバルを設けられた後、その場に呼ばれていなかった文官達を呼び寄せた。


 普通であれば、文官がいるのが普通なのであるが、ポプリがナイファ陣営にやってきた時の失態を取り戻そうと躍起になってるのが傍目でも丸分かりであったので暴走の危惧を感じた雄一が女王に要請して外すように伝えた。


 その時の礼を失した事を理由に皇女達の扱いの決める場に来るのを止めさせる事に成功した。


 本音を言うなら、益体もない事を延々と語りそうであり、追い払ったというのが真実だったりする。


 やってきた文官達は不満そうな顔を隠さずにやってきて、恨みがましい目で女王を見るが雄一の方には一切視線を向けない。


 おそらく、待たされている間に軍部が敵に回したくないと断言した雄一の事を調べてたのであろう。視線を向けないという態度がどういう判断に至ったか分かりやすかった。


 勿論、雄一も女王も文官達の思惑は透けて見えていたので呆れる思いだが、今後の事もあるので女王がイニシアチブを取りやすくする為に、ひいては新生ナイファ国の気持ちよいスタートの為に雄一は一肌脱ぐ事にする。


「交渉事を生業にする者として、妙齢の女性をジロジロ見るのは下策ではないのか?」


 雄一の言葉にうろたえる様子を見せる文官達であるが、ホーラに言い負かされた文官の代表が負けるかと意気込むように雄一に返事する。


「いえいえ、そんな気は毛頭もなかったのですが……交渉を生業にする者が交渉の席に呼んで貰えず職務を全うできなかったという思いが我らを駆り立てたのです。ですが、周りにそんな誤解を招く行動をとってしまったのは我らの不徳の致すところお詫びします」


 詫びてる形にはしているが、しっかりと責める言葉はしっかり噛ませる辺りがいやらしいが交渉とはそういうものだと理解している雄一は表情に変化させずに頷いてみせる。


「勿論、仕事熱心な貴方達だから行き過ぎる事はあるだろう。だが、今回は時間をかけるのは色々まずかったので俺の方から女王に貴方達が来るのを止めて貰った」

「理由を伺ってもよろしいか?」


 目を細めて圧力をかけて聞いてくる文官代表に雄一は臆せず頷いてみせる。


「答える前で失礼だが、こちらの質問に答えて頂きたい。今回の王女の背後などの情報はどちらから?」

「それは女王陛下から送られてきた資料からだ」


 それを聞いた雄一が「情報源はそれだけか?」と問うと頷く文官代表に驚いた顔を見せる。


 何故、雄一に驚かれたか分からない文官達は顔を見合わせる。


「俺が、皆さんを省くようにお願いしたのは、情報を持ち寄って誤差が生まれると相手に言い逃れさせるキッカケを作るのを恐れたからなのですが、何も調べておられなかったのですか……だったら、お呼びすれば良かったですね。居ても居なくても同じでしたから」


 言い返しづらい皮肉を雄一に言われ、歯軋りをするように耐える文官代表。


 黙っていられないとばかりに口を開こうとする文官代表の機先を制すように雄一が口を開く。


「皆さんが見られている資料というのが私の方で調べさせて貰った情報でしてね?」


 いきなり雄一が口にした言葉が文官達には意外だったようである。


 文官達の調べる時間が足りない、甘いという事であろうが、文官達は雄一達が武力集団のように考えていたから、そんな細かい事までしてるとは予想外だったようである。


「それで交渉を生業にされる貴方達は戦争が始まる前から今まで何をされてました? まさか、交渉に事前準備は必要ないとは言われませんよね?」


 あっさりと雄一に完封を食らった文官代表は、歯を食いしばりながら足下を睨み付ける。


 そんな文官代表の肩を叩き、雄一は優しげな声音で伝える。


「文官ともあろう方がこの程度で感情を顔に出されないように。今までは今まで。今後はしっかりと職務を全うすれば良いだけです。ですが……」


 文官代表の肩に触れている雄一の手に少し力が篭るだけで、冷や汗を流して背筋を伸ばす。


「今までの仕事ぶりを貫き通される事があれば……俺が直接面会を求めに行く事になりますので覚えておいてくださいね?」


 震える文官達に笑みを浮かべながら、「家の者達は優秀なんですぐに伝わります」と脅しをかけるのも忘れない辺り、文官達から見れば雄一は立派な極悪人である。


 文官達の様子を見て、一応のクギはさせたようだと満足した雄一が振り返ると女王が柔らかい笑みを浮かべて目礼をし、文官達と一緒にきたゼクスとスゥが雄一に小さく手を振ってみせる。


 スゥはゼクスに釣られる形で振っているが、ゼクスは苦笑してる辺り、雄一の目論見に気付いているようである。8歳とは思えない聡さである。


 文官達に見えないようにサムズアップすることで返事とするが、女王と同じように座るポプリは、ツーンという擬音が聞こえそうな顔をして明後日に顔を向けている。


 どうやら尻叩きされた事が乙女的には許せないらしい。


 ポプリの機嫌はともかく、叩いた雄一はポプリの精神力に驚嘆を隠せない。


 叩いたから分かるがポプリのお尻はパンパンに腫れている。勿論、回復魔法はかけてない。かけたら罰にならない為ではあるが……


 なのに、ポプリは素知らぬ顔をして椅子に腰をかけているのである。絶対に座って痛いはずであるが、それを一切表情に出さない。


 女の見栄とはこうも業が深いのかと震える。テツなら歯を食い縛りながらも涙を流して情けない顔を晒し座ってそうである。



 場に大方の者達が集まったようである。


 ちなみに、エルフ関係者は罪人さえ引き渡されば後の事はどうでもいいと言い放ち、女王や雄一達に挨拶だけして既にエルフの国へと帰り始めている。


 無駄な事をしたがらないロゼアらしい行動で思わず、挨拶に来た時に笑ってしまった。


 女王は雄一に「始めても?」と確認を取ってくる。


 家の方では、いないのがリホウとレイアのみであるので「問題ない」と頷こうとした時である。


 弾かれるように雄一が天井、いや、その先の上空から何かがやってくるのを察知する。


「シッ! 静かに何か大きな力がこちらにやってくる!」


 真剣な表情をする雄一の声に一同黙って雄一を見つめる。見つめられている雄一が「1つ、2つ……3つか」というと女王達が驚愕の表情を見せる。


 なにせ、雄一が大きな力というものが3つもこちらに向かってると言われて平静を保つのは難しい。


 混乱が生まれそうな空気が張り詰め始めた時、リューリカも同じように雄一が睨む方向を見つめていると、素っ頓狂な声を上げる。


「ああっ!! アイツ等、今まで、わらわ達を見ておったな?」

「リューリカ、この力の持ち主に心当たりがあるのか?」


 そう問う雄一に答える時間も惜しいとばかりに空気を切る音が成るほど早く手を動かして複雑な印をきっていく。


 そして、両手を翳すとリューリカの足元の床にひび割れが入る。


 雄一は巴を握り締めながらリューリカを呼ぶ。


 呼ばれたリューリカは苦しげにしながらも必死に言葉を紡ぐ。


「今、来てるのは、わらわと同じ精霊獣じゃ。わらわとの戦いからアヤツら見てたに違いないのじゃ。そして、今、ダーリンを番の相手と見初めてここにこようとしておるようじゃ……」


 今度は違う意味でその場の空気が張り詰める。


 女王以下、雄一に好意を持つ者は冷たい視線をやり、その他の男共は呆れたような諦めたような顔を見せる。


 だが、想いはそれぞれ違うが、統一される奇跡が生まれる。


「「「「また、お前かっ!」」」」


 その場にいる雄一以外のメンバーが初めてした共同作業であった。


 みんなの熱い想いを受け取った雄一は微笑を浮かべる。


 そして、離れた場所にいたアリアとミュウを呼んで定位置に落ち着かせると爽やかな笑みを浮かべた雄一が女王に手を振ってみせる。


「悪い、ちょっと用事を思い出したから席を外す」


 そう言うと女王の返事を聞く前に滑るように足音もさせずに歩く雄一が扉に向かう。


 それを茫然として皆が見送ってるなか、テツが一番最初に我を取り戻す。


「ああ! ユウイチさん、帰ってこない気だっ!」

「いや、席を外すって言ってたさ?」


 テツの言葉に反応したホーラがそう言うがテツは力強く首を振って否定する。


「あのユウイチさんの雰囲気は放って帰る時のユウイチさんですっ!」


 ホーラが「まさか……」と呟く言葉を同意するような流れが周りに起きる。


 だが、テツは諦めずにホーラを説得する。


「何度となく放置されたり、置き去りにされた僕が言うんです! 間違いありません!」


 ホーラに対してこれ以上の説得力のある言葉はない。当然のようにホーラは信じた。


 遅れて、ポプリも「あり得る?」と首を傾げる。


「だとしたら、ユウが向かった先はレイアが寝てる寝室! 急ぐさ!」

「はいっ! 行きましょう!」


 そういうと2人も王の間から飛び出していく。


 それを見ていたポプリは慌てる。


「ユウイチさんに話さないといけない一番大事な話があるのにっ!」


 いつも通りに立ち上がろうとすると臀部から激しい痛みが走る。雄一に尻を叩かれて痛めている所を擦ってしまったようである。


 中腰の状態で止まってしまったポプリはロボットが動くようにぎくしゃくした動きで立ち上がると窓から水龍が飛び立つのを目撃する。


 窓に縋りつくようにして雄一を見つめるポプリが叫ぶ。


「ユウイチさんには大事な話がまだあるんですっ! 帰ってきてっ!」

「あははっ! また今度なっ?」


 水龍には、雄一に抱えられた双子と肩にはミュウ。腰にはホーラが捕まり、テツは水龍の尻尾に必死にしがみ付いていた。


 ポプリは困った。女王も困った。集まった一同も困ったであろう。だが、一番どうしたらいいか困っている人物は別にいた。そう、3人の進行を抑えているリューリカである。


「ううっ、ううっ……わらわを置いていくではないのじゃ!」


 そう言うと抑えてた力を霧散させると雄一が向かった先の窓から飛び出し、空中を走るようにして追いかけていく。


 リューリカが飛び出して、しばらくすると雄一が向かった方向に走る光の塊が3つ飛んで行った。







「ユウイチさん、とりあえず、どこに向かってるんです?」


 尻尾からなんとかよじ登って雄一の足元で水龍を股ぐテツが聞いてくる。


「勿論、ダンガだ」


 きっぱり言い切る。


 もう既に戻る気などないということを隠していない。


 言い切る雄一を呆れた目で見るホーラが問う。


「で、なんかユウの嫁希望が増えそうだけど、どうするさ?」

「そうだな、とりあえず、家に帰ってから考える」


 問題を先送りにする雄一に「優柔不断さ」とぼやく。


 雄一は聞こえないとばかりに笑い出し、ミュウは面白そうと思ったのか雄一の真似をして、ガゥガゥと笑い始める。


「長い外出だったが、帰るぞ、我が家へ」


 そう雄一が言うとテツが元気良く返事して、ホーラは呆れを隠さずに「あいよ」と返事を返し、雄一の腰にギュッと抱きつく。


 雄一の頭を叩きながら、ニク――! と叫ぶミュウの首元から鳴る優しい鈴の音に耳を擽られながら雄一は水龍の速度を上げた。



 5章 了

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