第146話 それぞれの終着点らしいです

 一同、火の精霊獣と聞いて驚きを隠せないようであったが、その後のエルダ―エルフの2人が平伏した事で2度の驚きに包まれていた。


 雄一の登場で、色々、脱力状態であったホーラ達は割と冷静に辺りを見渡して嘆息すると雄一に向き合ったホーラが問いかける。


「精霊獣って言うから獣系だと思ってたけど、女だったわけぇ?」

「いや、出てきた時は頭が3つあるデッカイ犬だった」

「犬とは失礼な! いくらユウイチ殿とはいえ、言葉を選ばれた方が良いのではないか?」


 平伏していたロゼアが顔を上げると雄一を非難するように見つめる。


 だが、雄一に言わせたら大きさはともかく、犬と表現する以上の良い言葉が思い付かなかっただけである。


 ロゼアとカシアは立ち上がるとリューリカにもう一度頭を下げる。


「お久しぶりです。数千年前に一度、お会いしたきりでございますが、覚えて頂いておられるでしょうか?」

「んっ? わらわと会った事があるのか? すまんのぉ、わらわは獣の姿になってる時は大抵寝ておるので覚えて居らんわ」


 リューリカの言葉で固まってしまうロゼアを隣のカシアがポンと叩いて「ドンマイ」と励ます。


 いたたまれない気持ちにさせられた雄一は、辺りを見渡すと調子を取り戻し始めた面子の女王の冷たい眼差しを受けて仰け反る。


「それで、報告ではユウイチ様は精霊獣に認めさせて、火の精霊神殿に帰るようにすると伺っていましたが何故お連れに?」


 先程から雄一との距離感が凄まじく気に入らない女王、いや、ホーラもポプリも同じ事を思っているようで時間が立つ度に雄一への視線が強まっていく。


 その視線に晒された雄一は笑みを浮かべる。


 浮かべる笑みの裏では今すぐ、水龍を生み出して飛び乗ってダンガに逃げたいと思ってるがおくびにも出さない。


「テツ、後は任せて俺は帰っても大丈夫か?」

「大丈夫な訳ないじゃないですかっ!」


 激しく動揺するテツがノータイムで切り返してくるのを聞いた雄一は「だよな―」と諦めを滲ませる。


 そんな雄一を見たリューリカがドヤ顔をして雄一の尻を叩くように撫でる。


 後ろを振り返った先にいたリューリカがサムズアップして「任せておけ!」と言うので蜘蛛の糸を掴む思いで頼る事にする。


「つまりじゃ、わらわはダーリンと激しいせめぎ合いを繰り広げていると思っておったが、気付けば、ダーリンのごっつい(拳)ので一方的に蹂躙されて、足腰が立たなくまでガッツンガッツンされたのじゃ」


 何かを思い出すように頬を染めたリューリカが頬に片手を当てて熱い吐息を洩らすのを見ていたその場に居る者達の視線が集まる。


 雄一は誤解だっ! とばかりに首を力強く横に振るが、リューリカの熱の入った説明は続く。


「震える足でなんとか立ち上がった、わらわにダーリンはオスの匂いがする笑みを浮かべて、『自分の(底)だけ見られて納得できないか? 俺の(全力)を見せろって言いたいのか?』と言われて思わず頷いたわらわに……」


 両頬に手を添えてイヤンイヤンとするリューリカから雄一に視線を動かしたホーラ達3人が異口同音で「ナニしてたの!」と呟き、その場に居るテツ以外の男の大半が続きが気になり生唾を飲み込む。


 既に息もだいぶ荒くなっているリューリカが恍惚とした表情をして胸に手を添え、空いてる手を天に手を伸ばす。


「『いいぜ、いいぜ、お前の気位の高さは悪くない。(試されてやるから全力で撃ってきやがれ、)決めた、絶対、お前に俺が主と嫌でも認めさせてやる!』と叫んでから見せたダーリンの逞しい(筋肉)のが忘れられずに着いてきてしまったのじゃ」


 貧血を覚えたようにふらつく雄一にトドメを刺すようにリューリカが雄一の足に胸の谷間を挟むように抱きつき、艶ぽい笑みを浮かべる。


「もう、わらわはダーリンに全てを捧げるつもりで来ておるのじゃ」


 ホーラとポプリは、信じられないとばかりに表情を歪める。しかし、どうやら女王は話の流れが若干強引さを感じたようで呆れたように嘆息する。


 疲れた顔をする雄一が足に抱きついているリューリカを見つめる。


「なぁ、ワザと誤解されるように言葉省いてるよな?」

「くっくく、すまんのじゃ。あんまり周りが良い反応をするので、悪戯心、出来心といったものじゃ、見逃せ」


 クスクスと笑うリューリカが雄一の足から離れるのを見たホーラとポプリがホッとするのを見て、間隙を突くように言葉を被せる。


「じゃが、ダーリンを気に入って全てを捧げるつもりで着いてきたのは本当じゃぞ?」


 それにいきり立ちそうになる2人を制するように女王が話に介入する。


「精霊獣様、多感のお年頃の子達をからかうのはそれぐらいにしてください」

「やれやれ、もうちょっと遊びたかったが我慢するのじゃ」


 ふてぶてしく言うリューリカが許せないとばかりに頬を膨らませる2人に女王は柔らかい笑みを浮かべて言う。


「大丈夫ですよ。全てを捧げるつもりだけで、ユウイチ様が受け取るかは別の話。貴方達が知ってるユウイチ様は、人を困らせて楽しむような人をどう思うかは良く知ってるでしょう?」


 女王の言葉を聞いたホーラ達は納得したようで、すっきりとした表情を見せるが雄一に向ける笑みが、分かってるよね? と口よりモノを言うと言われる目で訴える。


 逆にその言葉を聞いて驚愕な表情を作ったのはリューリカである。挙動不審になるリューリカに勝ち誇ったような笑みを見せる女王。


 恐れるように雄一を見上げるリューリカの瞳には、頬を掻きながら明後日の方向を見つめる雄一がいた。


「他人に迷惑をかけて楽しむ子は困るな……」

「わ、わらわが悪かった……もう、こんな馬鹿な戯れはせん……だから、毛嫌いせんでおくれ!」


 そう言うと、エーン、エーンと体面も気にせずに泣くので、苦笑した雄一がヨシヨシと頭を撫でると現金にも喜びを前面に出して泣きやむ。


 すると、頭のお団子からひょっこりと耳の先端らしきものが飛び出す。


 それを抓むとリューリカがイヤンと嬉しいのか、困ってるのか分からない声と表情を見せる。


「これは耳か? ミュウの耳とそっくりだな」

「むぅ! 逆だ、わらわの耳にアヤツの耳が似ておるのじゃ」


 どういう事だ? と質問するとリューリカは説明してくれる。


 要約すると火の精霊獣たるリューリカは元々はビーンズドック族と呼ばれる元となる種族だったらしい。そのなかで特異の力に目覚めたのがリューリカで、火の精霊獣として覚醒し、リューリカの妹が一族を纏める巫女の立場になり、ビーンズドック族が生まれたらしい。


「その流れだと、リューリカがピーンズドック族を護る立場なんじゃないのか? 少なくとも過去の虐殺事件に関与はできただろ?」


 気付くべき所に気付いた雄一が指摘すると周りの者達も過去の事件は知っていたから同じように思ったようである。


 それを言われたリューリカは凄まじく言い難そうな顔をするが、雄一の視線を無視する気にはなれなかったようで渋々答える。


「その……そう、盟約じゃったのじゃ、干渉しないという盟約じゃ」


 リューリカの説明に不信感を感じた一同がリューリカをジッと見つめる。


 その視線に耐えれなくなって雄一を見上げると呆れた顔をされてショックを受ける。


「で? お前達、精霊達が盟約を嘘吐く理由にはしないのは分かるが、そんな盟約する意味がビーンズドック族には普通ないよな?」


 雄一の言葉で観念したらしいリューリカは白状する。


「妹と喧嘩して、売り言葉に買い言葉で盟約を結んでしまったのじゃ……」


 その続きも聞くとくだらなく、妹も意地を張って、誰にも盟約の事を話さなかったので破棄する事もできずに得れるはずの加護を手放して生きて来たらしい。


 リューリカも同胞が虐殺されていくのを悔しい思いで見つめていたと呟く。


 バカバカしい話だが、近しい者との喧嘩というのは意外と根深いモノがあるとなんとなく理解する雄一は責める気を失う。


 だが、違う事に気付いた雄一はリューリカに問いかける。


「なら、この場でミュウが破棄すると言えば破棄できて、ミュウは加護を得れるのか?」

「うんむ、ただ、この子は巫女ではないので種族全体は無理じゃがな」


 そういうリューリカの言葉を聞いた雄一はしゃがみ込み、ミュウとリューリカの視線の高さを同じにする。


「ミュウ、このお姉ちゃんに盟約を破棄する、と言ってみ?」

「がぅ? メーヤク、ハキする」


 その言葉と共にミュウとリューリカの間に激しい光が発生する。


 落ち着いた雰囲気を漂わせるリューリカがミュウの額に人差し指をあてる。


「盟約の破棄を受理する。汝の封印の鍵を解く」


 触れた指先に生まれた光が吸い込まれていく。全てを吸い込んだ後、指を離したリューリカは一息吐くように大きく息を吐く。


 不思議そうに額を触るミュウと力を探るように神経を集中する雄一は仲良く首を傾げる。


「リューリカ、ミュウから加護ぽい力を感じないぞ?」

「それはそうじゃ。ダーリンのようなものじゃないのじゃ。正確にはビーンズドック族達が本来持っている強力無比と言われる力の封印を解除するものじゃからな」


 心優しいビーンズドック族達の力を恐れる者達に歩み寄る為に封印をリューリカに頼んだそうである。


 それが仇になり、全滅寸前まで追い込まれる未来があると知らずに……


「そんな強い力があるようには感じないが、リューリカが嘘を言うとは思わないから信じるが、今のミュウに制御できるのか?」

「まあ、制御不能に陥るじゃろうな。だから、封印解除は完全にはしてないのじゃ。この子の命の危機、もしくは、心の底から誰かの為に力を欲した時に解けるように封印し直したのじゃ」


 リューリカ曰く、心も体も共に真っ当に育てば問題ないらしい。


 それを聞いた雄一はミュウを立派に育てると気持ちを新たにし、ミュウを撫でてると甘噛みされて苦笑いを浮かべる。


 そんな感じに家族の団欒をする雄一達に咳払いする者が現れる。女王、その人であった。


「ユウイチ様、そろそろ、本題に戻っても良いでしょうか? 精霊獣たるリューリカ様の興味も尽きませんが、今はなるべく早めにパラメキ国、その象徴たる城を落とす必要があると思います」

「すまない。そうだな、城を落とす事でパラメキ国を無力化してゴードンを捕まえないとな。今から考えると小物過ぎて忘れそうになってたがな」


 そう馬鹿にするように口にする雄一であったが、勿論、まったく忘れてなどいなかった。


 今、肩に乗るミュウの両親を死なせた男がのうのうと生きていると思うだけでハラワタが煮え返りそうである。


 雄一の殺気を感じたのか、やっと立ち直ったロゼアが忠告してくる。


「ユウイチ殿、ゴードンは私達が引き取るとのお約束をお忘れにならないでください」

「ああ、忘れてない。だが、顛末は必ず知らせてくれ」


 一度、目を瞑ると自分が始末できない悔しさを飲み込む。


 そんな雄一の葛藤を理解してか、ロゼアは静かに頭を下げる事で了承を伝えた。


「時間を置いても良い事はありません。すぐに動けますか? 団長」

「はい、いつでも軍を動かせられるようにしてあります」

「我ら、エルフは待ちくたびれてる」


 団長とロゼアの言葉に女王は満足そうに頷くとパラメキ国の王都が一望できる丘で集合と伝えて出発を告げる。


 それを聞いた者達は我先とばかりに出ていくのを見送った雄一達は、遅れて出る。振り返った雄一は女王に告げる。


「さっさとこんな下らない事を終わらせよう」

「ええ、本当に。こんな事をしてる無駄な時間などありはしないのです」


 女王の返事をきいた雄一は後ろ手を振って天幕を出ていった。




 天幕を出て、そう荷物らしい荷物はないが、ホーラが雄一のカンフー服姿のままだったので着替えに行くと言うので待つ事になったのだが、そのホーラが雄一を見上げて問いかけてくる。


「ねえ、ユウ。聞きたい事があるさ」

「ん? なんだ?」


 静かに見上げてくるホーラに雄一は視線を合わせる。


「ユウは、どうやってポプリを助けるつもりだったさ?」


 そう問いかけてくるホーラから視線を一旦切って、空を見つめた後、もう一度ホーラを見つめて笑みを浮かべる。


「きっと、『死んでもアンタ達の首元に噛みついてやるさ!』って言っただろうな」


 そう答える雄一の鼻を撃ち抜けとばかりにホーラの拳が刺さるが、それに堪えた様子を見せない雄一は更に言葉を繋げる。


「でもホーラ、この場合、首元というより、喉元じゃないか?」


 そう笑みを浮かべて言うとホーラが黙って飛び跳ねるようにして距離を取るのを見たアリアとミュウは速やかに雄一から飛び降りる。


 雄一も危険信号を感じ取り、舌打ちをする。


「勢いで生まれる言葉の綾ってのがあるさっ!」


 顔を真っ赤にするホーラは、怒りのせいか、恥ずかしさのせいか、どちらかと判断が着かないが、きっと両方だろうと雄一は判断する。突進してくるホーラを見つめながら雄一の近くで馬鹿面を晒してる少年の襟首を掴む。


「えっ?」

「耐えてっ! 俺のテツバリア MK-Ⅱ!!!!」


 うろたえるテツが「またこのパターンですかっ!」と叫ぶ。


 テツを翳して、ホーラから身を守ろうとするがホーラが飛び上がり、蹴りを放ってくる。


 それを見たテツが慌てた様子で叫ぶ。


「ホーラ姉さん、パンツが丸見えですよ! 白ってはっきりと分かるレベルで!」


 叫ぶテツに額に血管を浮き上がらせるホーラも負けずに叫び返す。


「家の男共は言わないでいい言葉をペラペラとぉ!!」


 ホーラの足裏がテツの顔面にヒットする。


 雄一の腕にしっかりとした衝撃が伝わり、笑みを浮かべる。


「初めて、テツバリアが機能したぞ!」


 用を成したテツを横に放り投げる。


 テツが「ヒドイ……」と呟いたような気がするがきっと気のせい。


 今回は無事に済んだと正面にいるはずのホーラを捜すが見当たらない事に気付いた雄一は、まさかと思いつつ上空を見つめて驚愕する。そこには更に高さを得たホーラが滑空するように雄一目掛けて落ちてきていたのだから。


「なんだと! テツを踏み台にした?」


 空中で一回転して勢いを付けたホーラが踵落としを狙って落ちてくる。


「必殺、踵落とし!!」

「今、必殺って言ったな? マジで殺す気かっ!」


 そう叫ぶ雄一の脳天を狙い違わず捕えたホーラが雄一を地面に叩きつける。


 地面で蹴り倒された馬鹿2人を見つめて、いくらかすっきりしたようで鼻を鳴らすと着替えをする為にホーラは去っていった。


 倒れてピクピクする雄一とテツをツンツンとするアリアとミュウがお互い見つめ合って首を横に振る。


 それを眺めていたリューリカは首を傾げる。


「ダーリンだったら避けるのも迎撃も簡単だったはずなのじゃ?」

「ふっふふ、これは北川家のコミニケーションなんですよ」


 まだ分からないという顔をするリューリカに笑みを返すポプリは、地面で倒れる2人を見つめて、雄一達にとって戦争は終わっていると判断しているのが分かる。

 でも、とポプリは思う。


「私の戦争も終わらせないとね……」


 ポプリは自分が考える戦争の終着点見つめるようにパラメキ国の王都がある方向を目を向けた。

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