幕間 パラメキ国の執務室で
パラメキ国の執務室に王と思われる武人寄りの赤髪の若き王の前に、歴戦の武人の風格を感じさせる黒い甲冑を身に包む30代の男とボサボサの長髪をそのままにした緑髪の少年が目の前の王に報告していた。
「どうやら、ゴードンは失脚したようですな。自分の組織を潰され、後ろ盾が無くなり、こちらに亡命を希望しておるようです」
「そのようだな。見返りに国の3割を寄こすと言ってきてるが、釣ってもない魚で商売しようとは厚顔無恥にも程があるな」
王は興味なさげに書簡を机の上に放り投げると広がった書面を少年が一読して鼻を鳴らすと興味を失くしたように辺りを見渡す。
それを見て、困ったように苦笑する王と甲冑の男であった。
「興味がないのは分かるが、もう少しはやる気を見せてくれてもいいんじゃないか? 君は一応はこの国の間諜のトップなんだから知っててもそんな露骨な態度は勘弁してくれないか?」
緑髪の少年に下手に出る王という不思議な構図が見せる。
王の言葉に不機嫌さを隠さない顔をして威嚇するように言う。
「あぁっ? オッサンがアンタに従ってなかったら俺はこんなとこに1秒たりとも居たりしねぇーよ。俺の仕事に不満があるならいつでも降りてやるから言いやがれ」
王は舌打ちしたい気持ちに耐えると目の前の黒い甲冑の男に目を向ける。
それに頷いた黒い甲冑の男は緑髪の少年に向き合う。
「セシル、お前がこの仕事に興味がないのは知っている。だがな、俺の事を思ってくれるなら俺の立場を少し考えてくれないか?」
黒い甲冑の男にそう言われた緑髪の少年、セシルはバツ悪そうな顔をするとかなり嫌々ではあるが頭を下げて謝罪を口にする。
「失礼な口を聞いた事をお詫びします……ちぃ」
最後まで演じ切れない幼さを見せるが、これでも素直に折れたほうだと理解する王は諦めて溜息を吐く。
気を取り直した王はセシルに今回の件をどう見るか聞く。
セシルは面倒臭そうに王の言葉に反応を見せる。
「あぁ―、あれだろ? 3割って言ってるけどそれで応じて貰えないのは向こうさんも分かってるから5割、最悪7割まで取られる覚悟はして交渉に挑んで来てるじゃねぇーかな」
「なるほど、疲弊しているナイファ国の軍などあってないようなモノで濡れ手に粟とはこういう事か」
その王のセリフを聞いたセシルは「はぁぁ?」と露骨に馬鹿を見るような目で見つめるのを横に居た黒い甲冑の男に注意される。
その様子を見て、何か自分は愚かな発言をしたらしいと気付いた王は苛立ちを隠さずに少年に言えと命令する。
「アンタ、馬鹿だろ? 戦う事にはそれなりに頭は廻るがこういう駆け引きはザルだな。その報告でも書いていただろう? ゴードンの組織が壊滅したと。つまりエルフを捕えて、ウチの国が買っていた事は筒抜けになってる。エルフが動くんだよ」
「エルフか……アイツ等がどう動くか次第で条件がだいぶ変わってくるな。ナイファから攻めるか、両国を同時に攻めてきた場合は問題ないが、ナイファと協力した場合は楽勝といかんな……」
やっと分かったかと言わんばかりの顔のセシルに苛立ちは感じるが文句が言えずに悶々とする王は咳払いをする。
黒い甲冑の男に視線を向けて命令を下す。
「ブロッソ将軍、最悪の想定をして軍の編成を、セシル、お前はゴードン達との交渉の席で俺の隣に居て、代弁という形で交渉に挑め」
黒い甲冑の男、ブロッソは、「ハッ!」と胸に手を当てて背筋を伸ばして返事をし、セシルは「あいよっ」と適当に答えるが笑みを見せる。
この王は自分にないモノをあるような虚勢を張らない所だけはセシルも認めていた。
2人は執務室を退出して廊下を歩いているとセシルがどことなく楽しそうにしているのに気付いたブロッソが声をかける。
「どうした? いつになく楽しそうだが?」
「楽しい? ああ、楽しいかもしれねぇな。オッサンに拾われて、鍛えられて戦うようになってオッサン以外で強いと思える相手がいなかったんだが、ちょっとだけ骨がありそうな年の近い奴と出会ったんでな」
セシルはナイファの視察に訪れた工場で出会ったアルビノのエルフのどことなく抜けた顔をする少年を思い出し、口許に笑みが広がる。
思い出し笑いを引っ込めると悪ガキのような笑みをブロッソに向ける。
「きっとアイツを鍛えた奴がいるはず、オッサンも歯応えのある相手と会えるかもな」
「それは楽しみだな」
セシルの言葉に武人としての喜びを溢れる笑みを浮かべる。
戦いにおいては師弟揃ってバトルジャンキーであった。
ブロッソが出ていくのを見送った王だけが残った執務室で背後から声をかけられる。
「失礼するぞ、リオ王」
王はビクッと体が反応して思わず腰の剣に触れてしまうが、聞き覚えがある声だった為、手を剣に添えたまま振り返る。
「扉から入ってこいと無茶は言う気は既に諦めているが、せめて、正面に現れてくれ」
振り返った先には剃髪のガタイの良い修行僧のように悟りを開いてそうな男が立っていた。
男は、「次からは善処しよう」と言うと手に持っていた剣を王に手渡す。
「どうやら、戦争をするらしいな。アグートから餞別に持っていけと言われたから持ってきた」
「新しい魔剣か? ありがたい」
男から魔剣を受け取る王は嬉しそうにする。
王は早速、剣を抜いて剣から発する力に驚き、子供のように喜ぶ。
更に感謝を告げる王であったが男は被り振る。
「気にするな、お前は最大の信者だからな。だが、リオ王はまだ知らないだろうが、ナイファにはパラメキ国の軍を単独で蹴散らして、お前の下までやってこれるような男がいる。その男にはそんな剣は気休めであろう」
「なんだとっ! そんな化け物みたいなのがナイファにいるのか、そんなのを相手にどうしたら……」
今ある軍では止める事ができないと言われて、あっさり信じたのは今までの信頼関係もあるが、目の前の男は精霊のギフト持ちであることを知ってた為である。
「だが、安心しろ。その男は俺が相手をしよう。どうやら、ウチのアイツにとっても因縁がある相手が向こうにいるらしいんでな」
不敵な笑みを浮かべる男に頼もしさを感じた王は、手を取って感謝を告げる。
「なんと心強い。お前が出てくれるなら安心だ」
「その男の相手はするが戦争には未介入を貫くからな?」
男の言葉に王は嬉しそうに「それで構わないっ!」と言いながら腰に新しい魔剣を下げる。
王は窓に近づき、外を眺めながら夢想する。
「パラメキ国、国王リオ。ナイファ国に攻め入り、領土拡大に成功。パラメキ国の黄金期に導いた王として歴史に語り継がれるだろう」
傲慢な王ではないが、やはり歴史に名を残すような王になる事には人並に野心があったようだ。
夢想してて、うっかりする。
せっかく男が来てくれているのだから色々と情報を引き出しておくべきだと思い、振り返るが既に男の姿はなく悔しげに舌打ちをする。
どうやら、リオ王の歴史に名を残すチャンスを逃し、いきなり座礁して先行きの見通しが厳しくなったようである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます